今回は共感の持つ危険性について解説したいと思います共感力他社に共感をしそして同上的になるそれによってえ他者の置かれている状況や他者の感情というものを自分の中で再現し相手の気持ちになると
いったそういった能力として共感力というものが昨今必要であるという風にえま書籍やメディアを通じてえより多くそうした情報を受け取るようになりました私たちは社会的評価として力的であるそして
助け合うこういった援助者としての立ち振る舞いというものを求められるようになりそしてそうした能力を高めていくことがこの社会を良くすることだということでえ共感力というものをみなで身に
つければ世界は良くなるんじゃないかといったことでえ共感力というものを高く評価しそしてそれらの能力を鍛えていくあるいは求めていくということを推奨していますしかしこの共感力共感というこの
能力に関しては実はメリットだけではなくデメリットもあります危険性についてえきちんと理解をしていなければこの共感力というものを手放しに評価することはあ実はかなり危険であるといったあそういった
ことを今回は解説をしておきたいと思いますプロ野球選手教育者エンジニアスタートアップ企業家コンサルタントそしてエグゼクティブコーチとして他方面に渡る経験を持つ私がこのポッドキャスト
で皆さんにお届けするのは人生の様々な局面で直面する挑戦に対処し自己実現を果たすための具体的なアドバイスや[音楽]インサイトログイン
にも共感力やあ共感性を高めましょうといったようなえそうした共感力を高く評価する文脈で書籍が売られているものもえ多く目にするようになりましたこの共感という能力他者の感情や他者の感じ方他者の
価値観を理解して自分のことのように捉えることができるというこの共感力ですがこの共感力のデメリット危険性について理解されている人というのは意外に少ないなという印象がありましたのでえま今回は
それらに継承を鳴らす意味でもその危険性についても解説をしておこうと思い今回テーマとして選びましたこれはまどういったことかと言いますとまず共感ですがこれはあ優しくなり協力的になりそしてえ味方
を守ると味方を優先するとそういった能力にえこの共感というものが使われますがこの共感を感じる時の脳の中のホルモンというのがオキシシというホルモンがこの共感力を高めるのに人っていますでこれは
進しした女性の中では特にこのオキ都心というものが優位に高くなりそれによって子供を守ろうというそういった感情が生まれえ協力的になりますこれがオキス心が高まれば人々はもっと助け合うように
なり協力的になるのかという風に拡大解釈するのは危険なんですね実はこのオキシ心というのは共感をするということのその感情や能力というのを高めるんですけれども一方でこの教官の対象はじゃ一体どう
なるかと言いますと実はは同族内だけ要は身内だけを優先して優しくなりそれ以外に対してはむしろ逆に攻撃的になるというそういった特性があります私たちはある特定の人やグループ自分たちと似た価値観
を持っているグループに対しては共感を示しやすくなりますが逆に異なった価値観や違ったグループに属している人に関してはその優先度を下げるといういわゆる不平等な決断を返って助長することになり
ますをすると平等よりも共感した対象を優先するということですねで赤ちゃんを対象にした実験でもえ強力的であるということよりも自分と価値観が似ているキャラクターを好ましく思うというそう
いった実験結果もありますので私たちは生来的にえ協力的であることよりも自分と価値観が同じいわゆる同族だというえ考え方同族だという捉え方の方がその協力的であるということよりも優先されやすいと
いう事実がありますこれはあの共感を高めたことによって平等性がなくなってしまうという1つの実験の例を説明いたしますとえこの実験ではですねえま手術のウェイティングリストこれがあある中でえ
ある特定の女の子が同じような手術を受ける必要があるしかしウェイティングリストの1番下に入ってしまうえこの女の子をウェイティングリストの上に上げるべきかどうかということをま冷静に
評価して判断してくださいとでこのウェイティングリストに入っている他の子供たちは皆同じようにえ重度の病気でありえ即手術をしないと命の危険命は保障できないといったような状態で誰もがえ
重徳な状態でえそのウェイティングリスト自体に何らかの順番を入れ替えるみたいなことをすれば当然それによって順番を下げられた子供は不利になるとえそういった説明を付け加えられてできる限り客観的に
え公平に考えた上で評価してくださいリストの順番を考えてくださいと言われた場合はでその女の子の手術リストのウェイティングリストの順位を特に変更しなかったといったえ実験結果になりました
が一方でこの手術リストウェイティングリストにえ1番下に入った女の子の具体的な状態パーソナルな情報というものを具体的なストーリーで語りましたこの女の子があこの10歳という若さでこの10年間
どんなことをしてきてそして今まだ手術も受けられない状態でウェイティングリストで待っている時のこの女の子のえ心境ですねこれを日記形式でえある特定の期間に書いた日記を読み上げてえこの女の子が
日頃からどんな気分でウェイティングレストを待っているのかといったことを説明しましたえそれによってえこの実験に参加した被験者たちはま道場的になり共感をしたことによってこのウェイティング
リストの順位というものを上げた人が約半数いましたあこれによって何が意味するかと言いますと共感をしたことによってま平等性が壊れたわけですねこの女の子に同情をしたことによってえ共感をしたこと
によってそれ以外の共感されなかった人たち同情されなかった人たちがないがしろにされたわけですそしてじゃあこのウェイティングリストに入っている人たち全員に共感していけばいいんじゃないかと
考えるかもしれませんが全員に対してストーリーを説明したとしてもその中でもより共感できる人や道場的になる人というものでも差がつきますよね全員にえ同じ程度の平等な共感ができるということは
現実的にはありえないわけですからそういった意味では共感をするということによってえこういった平等性が壊れてしまう優先順位が変わってしまうということはある特定のグループを優先するその優先
する条件が実は共感であってえで内がしにするその内がしにしてしまった原因も共感が原因で内がしろにしてしまうといったことが起こりやすくなりますなのでえ差別をなくすために共感能力を上げましょうと
いう形でえ共感性を強調すればするほど実はあある特定の部分に関してはもしかすれば共感を得られるかもしれませんがあそこで共感ができなかった集団やその教官を強調されなかった人たちに関してはむしろ
逆に差別的になる可能性があるわけですね不平等をえ助長してしまう可能性がありますですので実は共感をするということに頼るえ差別をそうという運動というのはあそういったリスクを並んでいますでななぜ
差別がダメなのかという背景を説明したりしたとしても人間からその共感するという能力をオフにするそれを消し去ることはできませんのでどこまで言っても私たちはあ人間である以上この共感してしまうと
いう感情感覚に関してはスイッチオフにできない以上私たちはあ自分たちの価値観やあ自分たちと同類であるというそういった意識によってその影響を受けてしまいえ同にえ判断をしたつもりでもどこかそうし
た教官がその結果を歪めてしまうということは避けられないわけですねでこのま同族以外に関して強攻撃的になるとこのサイたる例というのは戦争状態かと思いますでこの戦争状態になった場合にその
攻撃的になる度合ですねえどれぐらい攻撃的になるのかということでえその攻撃的になる私たちのそのアル攻撃的になってしまった極端な姿は私たちがあま相手を殺戮し合うといったあそうした非常に凶暴
な種であるという風にえ思う人もいるかもしれませんでそのように実際にメディアによってえ印象を形作られた時もありますま嫌エイプ仮説というやつですねえしかし実際に私たちはそれほど実は攻撃的では
ないというま事実もありますま他の死よりも少し攻撃的ぐらいということでそれほどえみんながみんな殺戮を好んでいるわけではない攻撃をしたいと思ってるわけではないという事実もありますこれは戦場で銃
を打ったことがある兵士というのは実は全体の13から18%程度と言われてます他の兵士は銃すら打たないということであるいは打ったとしても相手に当たらない位置に向けてわざと外しているというえ
そういった研究結果もありますなので私たちはできれば暴力は古いたくない攻撃はしたくないということでえなるべく相手を攻撃したり傷つけたりすることを避ける傾向にありますこれは相手に対して共感を
ししてしまう場合があるわけですね特にえ相手が自分たちと全く違う姿をしている場合であれば共感しにくいんですけれども相手にも家族があったり守るべき仲間があったりえあるいは戦場に来ている理由が
あ自分たちの欲のためではなくて国に対するロイヤリティから戦場に出ているとなると共通点が多いわけですねで兵士と民間人といった対立構造の中で見れば戦場に立ってる兵士は実は同じ兵士なのでえ
兵士同士として共感し合ってしまうという場合もありますなので戦場にいってえま銃を持っていたとしてもそれを使って相手を殺戮するということがそんなに実は積極的にできるわけではなくてほとんどの兵士は
攻撃をためらうえあるいは攻撃すらしないといった行動を取りますえこれは目の前の人目の前にいる人間を人間としてえ見てしまった場合にはそれらを攻撃するあるいはま殺戮するというのが非常に困難
であるといったこれはま少し希望の持てる研究結果かなとは思いますが私たちはやはり協力的でありそして共感能力があるでその共感能力の発揮できない相手には攻撃的になるしかし攻撃をいざしようと
思った場合にはその相手をえ見てその相手が自分と同じようだというのをやはり感じるとなった場合にはやはりそこにもまた共感をするのでえ共感の補先が移動しそして特に戦場になるとそこにはあ兵士
同士の戦いになりますのでそなると兵士を見ると自分たちも同じ兵士だといっていう風に共通点を見つけた場合にはそこに共感を持つことになりより攻撃はしにくくなるということになりますなのでこの共感能力
というのは相手に対して自分たちと共通するところは何かというのを見つけるとそこが共感する対象となりえ変化しますのでそうした敵対関係にある相手に関しても私たちはあ共通点を見つけてしまえば共感
してしまうということでえ攻撃的に今からなろうとと思った時にもいざ攻撃をするまでの間にですねえ引き金を引くまでの間に共感という作用が発生した場合には実際に攻撃には至らないということがあそれが
私たちの実はブレーキになっているわけですねその中でも最も攻撃が難しい実行が難しいというのは視察です刺し殺すという意味ですねえナイフを持って相手の近くまで行ってそして自分の力を込めて相手を
刺すというのは相当な心理的なハードルがありますかなり近づかなければならないのでその近づく中で相手の表情だとか相手の動きだとかを見ると同じ人間じゃないかという風に感じるわけですねえなので物理的
な距離が近ければ近いほど人は攻撃をしにくくなりますなのでSNS上やあるいはメッセージアプリやあそういった相手が見えない心理的距離が遠い相手には簡単に攻撃的になりそして実際に攻撃をして
しまうわけですが目の前にいる相手に対して何か攻撃的になろうというのはかなりのためらいがあります実際には近ければ近いほど共感を示しやすくなりますのでえ攻撃はしにくくなりますですので建設的な議論
をするにはやはり物理的な距離というのはすごく大事でそれによって心理的な距離というのも近づきやすくなりますえ共感ができるえ状態を持つことによってなるべく建設的な議論にしましょうという形でえお
互いの人格攻撃や本来え議論の対象にならないようなところに対してただ勝つためだけの議論をするみたいなことになりにくくなるということですねでえこれが戦争で用いられた場合どうなるかと言い
ますと過去の殺戮行為戦争によって出た被害の大半というのは遠隔攻撃ですね相手の姿が見えない状態で例えば空爆もそうですしえ最近だドローンもそうですし相手の姿というものを表情や姿を全く認識し
なくてもボタン1つで相手を攻撃できてしまうでえライフル銃とかで遠隔から攻撃することもそうですけれども物理的な距離が離れたところからの攻撃ですねがまもとも支障者数が多いえ攻撃になりますなので
えこの人間が持っているブレーキというものをうまく発動させるには相手の姿が見える状態であればお互い攻撃的な感情や攻撃的な部分っていうのは緩和されますのでもしちゃんと話し合いをしたいあえ件が
大きく総意していて何らかの建設的な答えを出したいというのであればやはり物理的な距離を近くしてえ目の前でえ離すその席もなるべく近いえ距離で話すことによってえそうした過度な批判や攻撃的な態度や
原泉というものが出にくくなりそして相手の人格を攻撃しやくような不毛な議論というものが起こりにくくなるという効果が期待できますなので相手の姿を直接見ない状態を長く作るとどうしても攻撃をえ加え
た加えたくなってしまうとこれは共感ができないからですね共感能力が下がるので共感をしないゆえに逆に言うとこれは先ほどの沖し心の時にも言いましたけれども同族だと思えないとなると同族以外に
攻撃的になるというその攻撃的になる対象になってしまうわけですねでかつこの攻撃的になっているというのはこれ本能レベルで反応してますので自分自身は攻撃的になってることにも気づかない場合が多い
わけですですのでXやFacebookYouTubeのコメント等でもなぜか相手に対して攻撃的なコメントをしてしまう攻撃的なメッセージを投げかけてしまうしかし本人はそれを攻撃的だと自覚
していないなのでそれを攻撃的あるという風にえ反論されるとそれもそれでえその攻撃的であるという反論自体が攻撃的に感じてしまいまたそれに対して反論をしてしまう攻撃的な反論をしてしまうといった
ような場にえ人格否定の攻撃を両方が繰り広げているしかし自分はそのように攻撃的になっているということに対してえそれほど自覚していませんのでこの議論というものがどんどんこう不毛な形にえ展開
されていくわけですねそして私たちはこの共感をする際に同族であるかどうかということを気にしますそしてこの共感というのは実は自分たちが認識をしている対象者をある程度のカテゴリーにくってしまうと
共感をする対象と共感をしない対象という風にくるわけですねなのでそこにいる全ての人間に共感を示すというのは一時的には可能ですけれどもだだとその中でも自分の中でカテゴリ分けをして共感するべき対象
とそうでない対象というものをまた自動的にえ自分の中でえ無意識のうちに区切ってしまうわけですねなので共感の範囲を全人類だとかあるいは自分が配慮するべき全てのメンバーに対してえ教官というもの
を示そうとして努力をしたとしてもえそれらが実現できるのは一瞬だけでまたその後その中でも無意識のうちのカテゴリ分けがされていきえ共感をするべき対象とそうでない対象という風にこう分れていって
しまうわけですね決断が必要な場合ある特定のグループを優先してそうでないグループを犠牲にせざる得ないというリソースが限られている場合は特にそうですね食料が限られた分しかないとか
さっきのウェイティングリストもそうですけれども時間的なリソースが足りないとなった場合に誰を優先してしないのかといった決断が必要になりますリソースが潤沢にあって全員を救えるのであれば
そもそも決断は必要ありませんのでそうしたシチュエーションではそもそも共感というものは必要ないはずですねえ自動的に全員に割り当ててしまえばそれで問題解決するわけですがリソースが限られている
そのリソースを優先的に誰かに配分して逆に誰かの優先度を下げなければならないという決断をする際にはそれによってこの共感力がある性によって合理性が損なわれてしまうと先ほどの例でも言いました
けれども平等にリストを作ったにも関わらずある特定の人に対して共感をしてしまった同情してしまったせによってそのリストを変更してしまう恐れがありますよねなのでそうなると共感されやすい人が優先さ
れるという事態が起こりますこれぞ共感ハックというやつですね共感しやすい設定のストーリーを作りそして目のつきやすいところにえ出し続けるえ候補をし続けるということをするとその共感を得たことに
よってその対象者は優先されるされやすくなるわけですねで共感やこの道場までを用いてえ資本主義の中に取り込まれていくという恐れえそうした使われ方をすることによってえ共感や道場を煽るような形でま
広報的なメッセージというものを発信することでそれを受け取った人が共感したり同上することによってある特定の商品だとかある特定の人カテゴリーが優先されるそれによってえ力を得ていくということが
可能になるわけですねなのでえ共感だとか道場を煽るような広報的メッセージを受け取った場合はなるべく元の情報源を辿ってみてくださいそれがある特定の団体や特定の思想を持った人が何らかの利益を
得ようとしているやそれらを誘導することによって何かのメリットがその彼らに対してもたらされるのであればそのメッセージ自体があ過度にえ皆さんの共感や道場を煽っているだけの場合がありますので注意
をしてください皆さんが合理的に考えようとするそのスタンスをねじ曲げてえ共感や道場でえその優先順位を解させようとしてくるえたみかもしれませんそしてその共感や道場に対してえ過度に突き動かされて
しまうということにも理解をしておく必要があります表現が得意な人はえ共感や道場を得やすいそしてそのメッセージを発信できるそうしたメディアや媒体に近ければ近いほどその状況というのをより多くの人
にそしてより詳細に伝えることができてしまいますのでそのストーリーが嘘でない真実だってあったとしてもそれがあ優先されるべきことなのかどうかというのはまた別の問題ですねなので本当に共感や道場を
必要としている人はニュースにもならない見えていない人かもしれないという風に疑ってみてください日やニュースに流れてくる人というのは特にこう目立つセンセーショナルで多くの共感や道場と
いうものを引けそうなものを優先してますなぜなら皆さんが注目するからですねですので注目される人というのはその時点でその共感や道場を得られる優先者優先される人となる可能性がありますが実際に
本当に教官や道場が必要な人というのはそのニュースにも拾われない人え注目を集められそうにもない人こうした人の方が実は本当は助けが必要だったりするわけですねなので見えていない人の方があ本当
の助けが必要なのにも関わらずより見える人共感や道場をうまく伝えることができる人はま有利ではあるもののその人が優先されるえ合理性がない場合もあるそうしたことを意識してもらえればこの教官という
ものを悪用されないようにそして私たちもこの教官というものに過度に頼りすぎないようにえそしてできる限り合理的に考えるそしてこの共感性には限界もありそして共感性ゆえに共感できなかった対象を排除
してしまうそして共感をする対象も実は私たちはとても限られていてそして簡単に移りゆくといったような特性がありますので私たちはその注意が向いた保先の範囲しか私たちは共感ができないという共感
能力の限界私たちの認知の限界えこうしたものも理解しておくことによってえ簡単な共感の煽りや道場の煽りにえ左右されずに冷静に合理的に振る舞うそうしたこともできるようにえなるんじゃないかなと思い
ますえ完全に共感をしないというその共感能力をオフにすることはできませんので少なくともその感情の可能性を完全なる0にすることはできないとしてもしかし1度え下した決断であったとしても訂正できる
ことができるのであればあその後にえ少し考え直してえ先ほどの決断を取りやめてえもう少し合理的な決断の方に変えますといった形でもいいですのでえあまりにも角にえ共感するという能力を過信しないよう
にしてその危険性も理解しておいてもらえればいいんじゃないかなと思います私たちはあこの相手の姿が見えないということの怖さあこれが私たちが角に攻撃的になってしまう理由でもありますのでえ
できれば直接顔が見えるそして相手のパーソナリティが分かるそうそれぐらいの距離感までえ近づいてえそしてお互いの意見を買わせるようにコミュニケーションが取れる距離というもの物理的な距離を
縮めてみててくださいしかしえ特定のグループや特定のま貴族意識を持つような集団とばかり接しているのも危険ですので手にえ全ての配分全ての割合を同じような割合にするというのは現実的ではないかも
しれませんが日頃属している人たちだけじゃなく自分たちとは違う貴族の人たちとも接してみてえそして直接会ってえ距離を縮めてみてえ話をするということも日々の生活の中に入れてもらえればいいんじゃ
ないかなと思います私たちは地球の裏側にいる人たちとも直接物理的に会うことはできなくてもまオンラインで顔を合わしたりそしてま少し話をする中でえ相手のこ背景だとか相手のパーソナリティを知って
いくということもできます決して140文字の短いえ文字数の中で相手を知ることはできませんしまししてやあ姿形も分からないバックグラウンドを全く分からない相手に共感を示すというのはかなり難しい
ですですのでえできる限り私たちはあこのリアリティのある世界の中でえ自分たちの顔を見せそしてえどの人間なのかということを十分に理解できるほどのえ会話コミュニケーション時間というものを十分
に取ってその上で何らかの決断をしていけばしていく必要があるかなと思います様々な天才や様々な災害そうしたものに対してえ助けが必要な人たちの議論を決して140文字のような短い中でえお互いの
意見を言い合ったり議論を展開するのは私は特策ではないと思いますそこで見られるものは単なる人格否定や個人攻撃ばかりであり本当に助けが必要な人たちに対して建設的な議論が展開されてるとは思えない
です所詮は共感する対象をえ自分たちと他者といったようなその線引きが鮮明になるだけで建設的な話はそこから生まれませんのでえですのでえ私はそうしたコミュニケーションというものの危険性を
このようにして発信しながらあ少しずつコミュニケーションの短さあこれから距離を置くようにしてますえワンメッセージワンセンテンスえ1つのスライドや1つの図で示せといったようなあ
コミュニケーションにできる限りえ省力化や節約を求めるというのは私は結果的に危険な議論危険なコミュニケーションを生むと思っていますので十分な時間をかけてそして物理的な距離を縮めてえそして
私たちはより合理的に判断をできるそういったコミュニケーションのあり方が今後は問われるんじゃないかなと思いますそれほど複雑でないコミュニケーションをを発生するにはとても便利にはなりました
しかし重要な課題や重要な議論までもそのようなインスタントなあ媒体を使ってえやり合うというのはあちょっと怠けすぎじゃないかなと思いますのでこうした意識というものを私たちが心がける必要がある
かなと思いますのでえ今回テーマとして取り上げたこの共感の危険性共感が示せなくなってしまうようなあ遠隔からの攻撃え今回え継承としてえメッセージとして伝えようと思いましたえ私の著作超技術
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