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潜在能力を引き出す『メタ身体感覚』- 脳と身体をリンクさせて限界突破!マインドフルネスを実践

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「脳」と「身体感覚」を使いこなして、人生を一変させませんか?今回のエピソードでは、身体感覚を通じて潜在能力を引き出す具体的な方法を解説。大谷翔平選手の例を引きながら、知識だけではなく、実際に身体で「感じる」ことがいかに重要かを掘り下げます。 シリーズものとして観ると更に理解が深まります↓ [英語バージョン] 🎥 https://youtu.be/_49iqc8jo6c [メタ認知の身体感覚の補足動画 Vol.2] 🎥 https://youtu.be/vYQUAqRQdak [メタ認知の身体感覚の補足動画 Vol.3] 🎥 https://youtu.be/iiodmFZenxU [
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今回は私たちのこのマインドや体これらを潜在意識を含めて持っているポテンシャルを最大限に引き出すための身体感覚の操作について解説をしたいと思います今ちょうど私がこの収録しているタイミング

ではメジャーリーグで大谷選手が全人未党の記録を打ち立ててえそしてメンタル的にも身体的にも今までの多くの挑戦者たちが得られなかった長いメジャーリーグの歴史の中でも彼唯一が達成できた依頼なる記録

というものを私たちは当たりにえすることになりましたそれによって私たちは本来持っている能力これはマインドも身体的な能力もあらゆる可能性というものをもう1度再度よりその可能性というものを

引き出してえもっと望むような人生望むような生き方というものがもっとできるはずというまそういった思いを持つことになる人も多かったんではないでしょうか彼のその活躍を見てこれはある種の自己投影

かもしれませんが自分もやればもっとできるんじゃないかという気持ちにさせられるまそうした数少ない依頼なる選手の偉大なる記録これが私たちを今新しい挑戦へと駆り立ててくれるようなそうしたま

素晴らしい瞬間に私たちは立ち会いたそういう意味では非常に貴重な瞬間だったと思います私たちのこの持っている能力やこのマインドというものは実際には眠っている力というよりはその使い方をうまく

捉えられないことによって本当はもっと有効な使い方もっと自分の成し遂げたい目標だとか目的をうまくこ遂行するために使えるはずの使い方を私たちはそれを知らないせいによってあまりうまくそれらの

実行が行えないといったようなことがありますこれは私たちが見ているこの世界というものがありのままの世界を捉えているわけではなく私たちはあくまでもこの世界を自分たちが感じ取りたいように解釈して

いるにしかす以ないといったようなこの認知的な限界それほどこの世界にある情報や私たちのこの感覚期間というものから入ってくる入力される情報というのは膨大であってえそれらを一瞬にしてリアル

タイムにえ処理をしていくというのはすごくエネルギーがかかるわけですねなのでそれらを全てえ処理していたのでは脳の処理を追いつかないので私たちは必要のない情報は捨ててそして必要だと思う情報

だけを取り出して処理をしていくしかしそれ自体そういうことをやっているということ自体も脳はえうまく錯覚を起こすことによってえそのような処理をしているということも気づかせないという仕組みが

あります私たちのこの目は色を感じる色彩を判断する細胞というものは目のこの中心にしかありませんでその周辺は実は色を感じる細胞がないんですねにも関わらず私たちはこの世界を見る時に真ん中だけが

色があって周辺は白黒に見えているという風には感じないですよねこれは中心しか本当は色が見えていないんですけれども周辺の色は脳が勝手に色付けをしているわけですねなので私たちは周辺が白黒で

あるということにすらも気づかないということが起こっていますここからも分かる通り私たちのこの体や脳というものは私たちに対してありのままの世界を見せているわけではなくてありのままに非常に

近いシミュレーションの世界というものを私たちに見せているということになりますとなるとその前提を理解しているかどうかによってえ私たちのこの体の使い方とかマインドの使い方というものが変わってき

ます本当にこの世界をどう捉えてこの世界をどう変えていくかっていうのもそうですしあと私たちの体を使ってえ思うような動きをしたりとかコントロールしていくという際にもそのメカニズムを知っておく

必要がありますでここが多くの農科学者とかここについて研究をして述べている人たちはこのメカニズムについては説明ができますしえ多くのその情報というものはありますがメカニズムが分かっていると

いうことと実際に操作ができるというものは別なんですねこれはまままたちょっと分かりやすくするために野球の世界で言いますけれども野球で例えば大田選手の体の使い方メカニズムについて解説できる人は

たくさんいますが実際にじゃあ彼のようなパフォーマンスが出せる人はどれだけいるのかと言うと実際にいないわけですよねそれはなぜかと言うと彼のような体の使い方をすればいいというそのメカニズムの

ことが分かっていてもそれをどう感覚としてどう再現するかということが分かってる人がいないということですこれはこの脳の使い方や身体え感覚の使い方に関してもそうなんですけれども多くの農科学者や

瞑想だとかマインドフルネスを実践してる人との違いはここにあります実践者は実践の中で感覚としてどうすればいいかというものを捉えているのでそれらを実行に移して具体的にえそれらを元にして世界を変え

ていくということをしていくいるわけですけれども脳科学者はそうではなくてそのメカニズムだとか仕組みに対して興味があって詳しくはなるんですけれどもじゃあ実際にそれによってその脳の仕組みが

分かったからといってじゃあがそれを利用して何か自分自身のマインドだとかメンタルを変えられるかそうではないんですよねこれ皮肉なことに農科学者とかあるいは心理学者とかの多くは実は精神

疾患を患っていたりもします自分たちの脳だとか心理というものが分かっているようであってしかし実際にそれを乗りこなせないということですこれは車の整備が大好きで車のメカニズムだとかあそれを

修理をするというような行為に関しては得意なんだけれども実際に運転をするのに関してはF1ライバーとかの方がよっぽどうまいと実際に車を運転するというそのえ操作に関してはメカニズムを知っている

整備士よりもメカニズムはよくわからないけれどもどのように反応してどのように乗りこなせばいいかというその感覚を知っているドライバーの方が優秀なわけですそういう意味では私たちはメカニズムが

分かったからと言ってそれをそのように実行できるとは限らないこれは裏を返せば実行ができてしまっていて感覚がそれをうまく捉えられているのであれば実はそっちの方が大事だったりするわけです

しかしえ現実には感覚を得てうまくいっていたしかし例えば車であればその車がダメになったりとか調子が悪くなってきた時にその車のなぜこの調子が悪くなったのかメカニズムが分からないのでうまくいか

なくなってきた時に元に戻れないってことが起こるわけですねなので理想的なのはメカニズムも分かっていてかつ実践もできるその実践の感覚を得ているこの両方があるというのが最も安定的に

パフォーマンスを出し続けられるわけですもし感覚に頼ってその実践をしていく中でそれがうまくいかなくなってきたという時になぜうまくいかなくなってきたのかというメカニズムを知っていればそれをどう

対処すればいいかという発想その着眼点も持っていることになりますし今度はそのメカニズムを元にして色々感覚をまた調整をして試していきながらまた新しいえその状況に合わせた新しい感覚というものを得

られることができればまたそこから実践ができるわけですねなので大谷君のように自分の理想的なバッティングフォームだとかあその実践の仕方というものを両方を知っていることによってバッティング

フォームが崩れたりとかあるいは結果が出なくなってきた時に何が問題なのかというメカニズムの方をまた見直してということをしながらまた感覚をまた調整をしてえ戻していくということができるわけですね

なので高いパフォーマンスを出そうと思った場合にはメカニズムだけを知っているでもダメですし実践をして感覚だけでやっているというのもダメなわけです両方があるのが望ましいわけですねでその中でもじゃ

どっちの方が重要なのかというと感覚の方が重要なわけです感覚によって実践できるというのが重要なわけですなのでメカニズムを知るということ自体はあ多くの人がまこの私の今の話している内容の

ようなことをYouTubeなりポドキャストなり書籍なりとかでいろんな方がいろんな語り口で話をしていると思いますが大事なのはそれらを皆さんが実践できることですね実践をして感覚を得ることです

ですので今日のこの場ではじゃあその身体感覚というものをどう得ればいいのかそのヒントやその感覚のイメージの仕方というものを中心に解説をしてみたいと思いますこれはスピリチュアル的な観点のそういっ

た視点の表現も使いますそれはなぜかと言うと私たちの感覚というものを得るには具体的にはどういう感覚を持てばいいのかとその感覚の比喩表現をする時にどうしてもそのスピリチュアル的な要素を用いた方

がイメージがしやすかったりするのでなのでイメージとしてこういうイメージで描くといいですよというところに関しては少々オカルト的なあスピリチュアル的な表現が含まれしまいますのでむしろまそういうの

積極的に今回私は使いますのでえなのでえ今回の私の話は科学的な観点に基づいたメカニズムの説明とそれをどう身体感覚として持ち込むかというスピリチュアル的な感覚というものこれらが生きすることに

なりますので全体を通じてもしま途中から聞いた人であればそのスピリチュアル的な表現を用いてるところから聞くとちょっとま大垣がスピリチュアル方面に走っちゃったなともしかすると誤解するかもしれませ

んのでえそういった意味でちょっと前半あのこの話をする際にあらかじめその注意点としてお伝えしておきたいと思い[音楽]ますではまず脳ですねに関してのざっとし

た解説これは私が今まで話してきたエピソードの中でもま脳がどういう仕組みなのかとか冒頭言いましたが目の仕組みえ真ん中しか色が見えないといったようなところからも私たちがどのようにして世界

を捉えているのかということをちょっと比表現を使いながら説明をしておきたいと思いますまず私たちはあのままにこの世界を感じ取っているわけではありませんこれは見るということもそうですし触った時の

食感とかもそうですしあとは痛みとかで感情である悲しみとか苦しみとか喜びとかあこういったものも実際にこの世界にあるわけではなくて私たちがそのように感じ取るようにこの体が進化をしてそして

その感じ取ったものを脳がそのように処理をしているということで最終的には脳が再現しているわけですなので私たちはこの世界を生きているというよりはこの頭蓋骨の中にある脳の中で生きているわけです

これはどういうことかというと私たちは絶対に出れない映画館の中にいてそしてその映画のスクリーンの前に座って映画をただただ見ている観客のようなものです私たちはこの映画館から出ることができ

ません私たちはこの脳をこの頭蓋骨から出すことができませんなので私たちは直接世界を見ることはできなくてスクリーンに移ったその映像やあそこから入ってくる処理された感覚の結果だけを私たちは眺め

ているわけですねなのでこのスクリーンに写っているものは世界ではないなくこのスクリーンに投影している投影器がどこかにあるはずなんですなので私たちはまずこの世界を見る時に映画のスクリーンの前

に座っている観客というのイメージしてみてくださいでそこに座っている観客があなたですしかしそのスクリーンに移ってる映像はどこかで作られて投映されてるわけですよねするとその映画のスクリーン

に投映されているその映像はあなたよりも後ろで投影器があってその投影器から投影されているわけですするとその投影器が実は本体なわけですねでその投影器はそれもあなたなわけですこれが考え方の1つの

ポイントなんですけれどもこの投影器が何かというとこれが実はあなたの潜在意識でありそしてこの仕組みに気づくことこれがメタ認知なわけです私たちは潜在意識によって多くのことを自動的に処理している

わけですけれども私たちは潜在意識っていうものと顕在意識要は自分で自覚ができる意識というものをなんかうまくこう切り分けてるように感じるかもしれませんけどけれども実際には切り分けているわけ

ではなくてあらゆるものが実は絡み合ってるわけですなので潜在意識ですとか顕在意識ですという風な表現で区別していく私たちの脳の認知機能というものを区別していくのは実あんまり適切ではないんです

ねただ分かりやすいので多くの人がそのように説明することもありますしかつては本当にそうだと思われてた時代があるのでなのでその名残りとして未だに潜在意識これは私たちが意識できない領域そして

顕在意識というのは私たちが意識できる領域という風な形の分類のされ方で説明されることがありますが正しくはないんですねただ分かりやすさを優先するとそのような言い方をすることが多いと思いますし

実際にそれでえ理解ができて実践ができるんであれば私はそういう表現を用いる人をそれで効果が出てるんであれば別にそれはいいかなと思いますが今回はその潜在意識と顕在意識みたいな切り分け方ではなくて

スクリーンとそしてそのスクリーンにの前に座ってえ見ている観客それとさらにその後ろにある投影器A写機ですねこれをイメージまずしてみてくださいで大事なのはこの東映液の方ですこの映像を作って

いる映像をそのスクリーンに移し出しているここが本体なわけですねでここが実はリアルタイムにこの物語を作ってそこに投映しているわけですねで最近であれば例えば先生AIがどんどんとリアルタイム

に物語を作ったりとか動画をどんどん作っていくってことを生生AIがやってしまう時代が来ましたなのでイメージ的にはそういう感じですね東駅に繋がっているところに映画を作る監督だとか制作スタッフだと

かがいて脚本家がいてでリアルタイムに脚本を作っているわけですしかしそのリアルタイムに作っている脚本だと言ったとしても大半はその脚本とか内容映像というものは過去に自分が1度使ったものを

何度も再利用していますのでなのでほとんど実はもうその投影器の中にはこれから映るであろう映像だとかこれから投映されるであろうものというものはほとんどがもう実はストックとしてあるわけですな

のでそれを単に再現として再利用して使っているにしか過ぎないということで実は新しい物語とか新しい映像というものは実はほとんど出てこなくなります子供の頃世界を全然知らない見るものが全て新しい

という状況であればあ次から次に投映新しく投影されていくわけですけれどももう私ももう40過ぎてますがあある程度の年齢になってくるとそうではなくほとんど再利用して使っていきますなので

その方が省エネですね新しく物語を作るよりも過去にえ貯めておいたストックしたものを再放送した方が効率がいいのでほとんどがそのようになりますこれが私たちが新しいことに挑戦できない理由で

あったりあるいはが私たちが新しいことを学ぶことを阻害する要因でもありますそしてこの投影するイメージがあった場合ですねこの仕組みにまず気づくこと気づけるかどうかこれが単に気づくという

のはあメカニズムとしてそうですよということを理解するではなくて実際に本当にそうなんだと感じ取ることができるかどうか今皆さんがこのまYouTubeの動画を見ている最中でも今たった今でもいい

ですが自分の今のこの目の前に写ってる景色風景あるいは身体感覚全てがあくまでもスクリーンの上で再現されているものこれをリアリティのあるものだと錯覚している観客というイメージがまずできます

でしょうか皆さんはただ実は映画を見ているだけにしか過ぎないなので映画の中でえ主人公は登場人物が痛い思いをしたり悲しい思いをしてもそれはあなたがしているわけではなくて映画の中のストーリー

がそうなっているだけそこにえ自分の身体的な痛みだとか肉体的な痛みみたいなものが自分自身でえそう感じてしまうというそれほどスクリーンとあなたはすごく近いところにいてしまうわけですねでもっと

具体的なイメージをしたいのであれば映画館ではなくてVRgoleとかARメガネですよね最近であればAppleからAppleビジンProみたいなものが出ましたしあとはメタ車から出ているものと

かもありますがこういったGoogleをつけてそのGoogleの内側で映像が投映されていてでそれを通じて見ているとなのでえ観客であるあなたとスクリーンがとても近いところにいるイメージですねな

ので目の前にあるそのスクリーンの映像が客である自分と距離がある実際の物理的な距離が多少あるということこれも分からない生きてきたここが今回えこの私の話を聞いたことによってそこに実は距離がある

んじゃないか距離があるというイメージが持てるかどうかですねでまずこれがあスクリーンを見ている観客であるということにまず気づくそしてそれが実際にイメージできるそうなって初めて気づくと

いったことを言える状態になりますそしてその次にですがそのスクリーンに移っている映像は皆さんよりも後ろ側にいるところから投影されているわけですということはどこから投影されてるのかというと

その投影器も実際には実は私たちの頭蓋骨の中の脳がその統液があるわけですから脳の中のどこかにあるわけですよねそれはこの頭蓋骨でいけば一番後ろ側っての後頭部ですからその後頭部が1番後ろだとして

1番後ろに引き下がったとしてもそこから投影しているということになるわけですけれども実際のイメージはこの統器は私たちの体から出た方がいいですなぜなら観客であるあなたと投影器は当然ですけど

観客よりも後ろにある必要があるわけですよねなのでイメージですがあなたのこの後ろ後頭部よりもさらに後ろに糖液があるイメージを持ってみてくださいどこがいいのかという具体的な場所ですけれどもこう

背筋を伸ばした状態で右と左の肩甲骨この間でこの肩甲骨の間のちょっと上ぐらいですが真後ろからこう線を引けばちょうどこの肩と肩この方のラインを引いたこのラインのところのえ肩甲骨肩甲骨の間の

ところの背骨ですねこの辺りが実は東液をイメージするのに最適な場所ですこの東液はえ私たちのこの体の中にあるというイメージよりも体の外にあった方が望ましいのでイメージはですねイメージは

後ろにあった方が望ましいので日頃はこの体の背中にくっついた場所背骨にあるけれどもそれを姿勢をグっと伸ばしてそして顎を引くようなイメージで体から離してみてくださいでこの時にどういう

イメージをするといいのかというとこれいろんなあの実はイメージををひ表現で使われてる人がいますがま1つは三編みという表現を使ってる人がいますこれはあのバチムゼランドという人がロシアのあの

サッカーがあ用いたヒですけれどもこの後頭部から三編みが垂れていてその三編みの先に東液があるイメージを持てとそうすると私の今のこの後頭部からあ肩甲骨にかけて普段は垂れていて背中にへりついて

いるとしかしそれを引き離そうと思った場合にはえ背中を胸を張ってかつ顎を少し引きますよねででそこから背中から少し離れますでその背中から少し離れた状態のその投影器からスクリーンに向かって投影

をするとするとスクリーンはこの額の辺りにありますからこの額に対して背中の肩甲骨から投影をしているという状態をイメージしてみると私たちのこの身体感覚の感じ方というものが変わってきます今

まではそうではなくこの自分というものがちょうどこの境界線皮膚の内側が自分で皮膚の外側が外側下界だったいう風にそのような認識で生きてきたところからそうではなく私という概念は実はこの皮膚の外側

にもあるんだと特に今の例えだと東液というものが背中よりもさらに後ろにありますのでこの後ろから私たちのこの世界というものを映し出してるものがあるとでマインドフルイーティング

風にイメージするとイメージしやすくなる場合もあればこれがあの守護心とかえ守護霊とか守護天使とかといった形で自分の後ろ背中に自分を守ってくれる存在がいるといったようなえ表現の方がしっくりくる

人もいるかもしれませんのでこれどちらでもいいですけれども自分のこの肩甲骨の真ん中の背骨よりも少し後ろここから投影するとえそしてここを投影器としてやろうと思った場合には三つ編みのように普段は

垂れて背中にへばりついてしまうのでそれを何度かしてグっと背中から引き離すためにも背筋を伸ばして胸を張ってそして顎を少し引くとそうすると一瞬ふっとこの三編みが背中から離れたような気がします

よねえそうなるとその先が当液なのでそこから世界をスクリーに対して移しているといったような感覚をイメージしてみてくださいでこのイメージができたらようやく初めてここで自分の今の状態と

いうものを気付けたとなるわけですねこれがマインドフルイーティングに生きるというその今の自分の身体感覚だとか今この瞬間に味わっているもの全てに対して注意を払っていきましょうなのでえ

まだ起こっていない未来とか過去に起こった出来事のような自分でコントロールできないものに注意を向けるのではなくてたった今この瞬間の状態に気づきましょうということですよねしかしこの気づき

ましょうというのはあくまでも私たちがどのように世界を認識しているかに関しても気づく必要があるわけです私たちの現実今私たちが今ているこの世界見えている景色にしてもこの感覚にしてもあくまでも

投影されたものにしか過ぎないということを身体的な感覚としてちゃんと再現できるかどうかこれが本当に身のマインドフルになっている状態ということですねでこれによってようやく何ができるかというとメタ

認知というものが今聞いていることになります自分を客観視しているそしてそこには自分も含まれているわけですこのメタ認知というのが実は人間の大きな特徴で他の動物にはできないことなんですがメタ認知

をいかに鍛えるかメタ認知を発動させている状態というものをいかににえ維持できるかこれが実はこの私たちのマインドだとかこの体身体操作というものを最大限え発揮するためには重要になってきますな

のでメンタルトレーニングもそうですし日頃のそのスポーツのトレーニングもそうですけれども自分がどんなフォームで振っているのかとかあとはその試合の場面だとかというものを自分も含めて客観視でき

ないと正しく判断できないわけですよねえなのでその客観視をする時の客観というその視点というものはその対象には自分も含まれてるということはその視点は自分の肉体から離れたところにないといけない

わけです外側にないといけないわけですよねメタニチというのはあそうしたものをイメージえする必要がありますので今の投影器という概念これが自分の体から離れた外側にあるとでできれば自分の背中が

いいわけですなぜかと言えば私たちは目が前に向かってついてますので見る世界っというのは常に前を向いて見ているわけですよねということはこの前を向いて見ている世界というものが何らかしら投影されて

ないといけないのでそうなると自分よりも後ろに投影器があるというイメージをすると私たちが見ているこのの前だけが世界ではなくて実は後ろ側にも当然世界があるということもイメージすることができると

思いますするとその東駅が背中にあるというイメージは背中側の世界背中側の状態というもの感覚にも注意を向けることができるようになりますすると私たちは体から入ってくる入力されていく刺激に対し

ても敏感になっていきそして逆にえその刺激が入ってきても全てを信用する必要はなくてほとんどのものはもう統器で作られている刺激ですのでその刺激に対しても疑うことができるわけです要はその刺激に

対して流されなくていいこれは感情が湧いてきたあり感覚が出てきた時にもうそれをそのまま真実だと思って受け取ってしまってそれに流されてしまうではなくてその感覚ですらも投影が再現したものであると

いうことを意識することができればそれですらも眺めてここに自分がどういう反応をした方がいいのかという1個メタな視点というものを維持できるわけですこれがマインドフルな状態なわけですねなので

メタ認知をいかにきえられるかそして日頃の瞑想している時だけではなくてむしろ瞑想している時以外でメタ認知をいかに発動させ続けられるかメタな状態メタ認知という状態のままで日々過ごすことが

できるかこれが大事になってきますメタ認知ができるのが瞑想の時だけですではダなわけです毎日瞑想していて1日20分とかそれそれこそ長い人であれば1時間とか毎日している人いるかもしれませんがそれ

その瞑想の間だけしかメタ認知がうまく発動しないマインドフルトもったいないわけですよねしろ別のことをやる瞑想ではなく別の仕事だとかまスポーツでもいいですが何らかの作業や

活動をしている際に本当のマインドフルな状態やあメタ認知というものを持ち込めた方がいいわけですのでなので今回はその瞑想の仕方に関してはこの中では話しませんが日頃の活動としてえ積極的に何か活動

しようと思っている状態の時にいかにメタな状態メタ認知の機能をさせた状態でいられるか操作について1つイメージを持ってもらえればいいんじゃないかなと思います

でえ私たちのこのま作ってる物語ですがこの物語は結局は私たちが理解しやすいようなものが選ばれます私たちが理解できないものというものはあ本当はこの現実リアリティのある現実これは作りに投影さ

れたものではなくてこの作りに投影されていないものも含めた本当のこの外界の目から入ってくる情報という意味でのこの外側の世界というものは実は物語というものはそもそもないんですねえ何の物語も

なくただただ現実としてえそれらが淡々と流れていろんなものが動いているだけなんですけれども私たちはそれをなんとかして理解してそして自分たちにとってより生きやすく何か意味のあるものとして解釈し

たいがために物語を作っていくわけですでその作っていくのはどこが作っていくかというとこの統液が作っていくわけですけれども物語りのバリエーションだとかパターンというものを無限に作るわけでは

なくてある程度その見ている観客が理解できるもの観客が物語りとして認識できるレベルのものしか作りませんなのでそういう意味では私たちの物語というものはあくまでも観客であるこれも私たちですが

この観客が理解できるものしか物語として作りませんのでなので私たちが見る世界というものは常に同じような似たような物語を見ているわけですねなのでこれは人によって結局その物の見方が違うという現象

が起こるのは人によってはもうその物語が見られた物語が違うからですねなのである現象を見てもそれが悲観的な悲しいシーンだという風に受け取る人もいればそれが奥深い興味深いものだと感じる人もいれば

これはその人がその目の前で投映されたスクリーンにどんな物語が投影されているかというものが実は同じ光同じ風景を見たり同じ感覚を得たとしても違ってくるわけですそれをどのような物語として投影

するかというのが違うからですねそれは見ている観客であるあなたがその物語をどんな物語として見たいのかでどんな物語であれば解釈ちゃんとできるのか理解できるのかによって防衛されるものが

変わってしまうということになりますしかし相にくその観客であるそのスクリーンの前に座っているあなたは直接物語を変更することができません観客であるあなたが今目の前で写っているそのえ

ストーリーに影響を直接与えることはできないわけですただ流れているものを見るしかないという状態になりますしかし自分が見たいストーリーだとかあるいはこのストーリーを変えたいと思った場合はじゃ

どうすればいいのかと言うと観客であるあなたが何かをするんじゃなくてその投影器に対して働きかける必要があるわけです投影液はこの目から入ってきた情報や入力された感覚というものを元にして物語作っ

ていく物語を作ったものを投影していくわけですけれどもその得た情報を物語を作るここに実は私たちの干渉する余地があるわけですここでこの東映器が物語を作ろうとしている映し出そうとしている際

に何を物語として変更するのかあるいはどのような情報を元にしてモアルを作るのかというその情報を拾ったり捨てたりする時にどんな情報を捨てるべきなのかどんな情報を拾うべきなのかということを決める

部分で私たちの選択の自由がまだ残されているわけですしかしかし投映されてしまった後では私たちは観客ですのでえ観客としてはもう何もすることがないわけですそれこそそっと目を閉じて見なかったことに

するみたいなことぐらいしかもできないわけですけれどもそれでも私たちは強制的に映画を見せられている観客ですので席を立つこともできなければ目をつぶったとしてもそのスクリーンから流れてくる映像を

断ち切ることはできないわけですなので東映液の方を変える必要がある統液で作ろうとしてる時に変える必要があるわけですねなのでよりも外側にあるイメージでイメージをし

ていくと実は今まで見えてこなかったものとか大事だと思っていたものが見え方が変わってきたりしますそれほど大事だと思えなくなってきたり逆に今まで見過ごしてきたものが大事なんじゃないかという風

に新しく拾い上げるようなことが起こりますすると投影されるスクリーンに投映される物語がちょっとずつ変化してくるわけですね今までであればあ解釈がそのような解釈をしなかったものが新しい解釈が

生まれたり新しいえストーリーというものが作られたりするわけですこれは今まで拾ってこなかった情報というものを拾うようにになったり捨てるべきだったものというものを捨てるべきじゃないという風に

え変えたりえするのを同役側が反応し始めますのでえそうなるとメタ認知私たちがその中でどう振る舞っていくのかということの行動にも変化が起こりますで行動が変化を起こると当然入力から入ってくる

情報も変化しますしそしてそれを行動が変化するとことは私たちこの世界に対して働きかける働きかけも変わるわけですねするとそれによってまた世界が私たちに何らかの反応を返してきますこれが今までと

は違う反応が返ってくる当然行動も変わってますのでその行動による結果も変わってくるこれによって私たちの人生というものが今までとは違うストーリー今までとは違う物語がこう展開されていくきっかけに

なっていくわけですねこういう意味でマインドフルであるというのは私たちの人生をより豊かにして楽しむためにもま面白い世界の捉え方でもありますしあとはメタ認知というものこれが他の動物には

ない人間特有の概念ですのでいかにこれをフルに使うかこのメタ認知というものを日頃から鍛えておくかメタ認知は鍛えれば鍛えるほどこれそれらを実践しやすはなりますそれでも限界がありますので脳が極端

に疲れているとかエネルギーがないとかあ消耗してしまってる場合ですねえはあ注意が必要ですメタニチはかなりのエネルギーを必要としますのでえメタニチをし続けているとかなり疲れますしかしそれをやって

いるとだんだんとそれもできるようになっていきますこれは筋トレと一緒でえ鍛えれば鍛えるほど強くなっていきますのでえそうなるとメタ認知の状態を維持できるそしていつでも再現できるということに

なりますのでこれを日々の生活の中でえ常にトレーニングのつもりでやっておくといいんじゃないかなと思います瞑想自体も私は推奨してますしあのその瞑想自体の効果も私は理解していますなので瞑想その

もうな否定しませんしむしろ積極的にやった方がいいと思いますが瞑想している時以外活動している時に私たちがどのようなイメージでまその活動をしていけばいいのかこれはメンタル的にもマインド的にも

身体的にもどのような状態で世界を捉えるというのが最もこう効果的なのかというそのヒントになるそのえ身体感覚のコツみたいなものを今回はお話しました最後にまとめますと私たちがこの見ている世界は

この私たちの額あたりにあるスクリーンに投影されたものであり私たちが私だと思っているものというものはそのスクリーンの前に座っている観客です私たちがあこの観客であるということにまず気付けるか

どうかで気づけたらまず1歩1歩目ですねということはこのスクリーンを投影している元があるそれが投影器Aシでさらに進んだ言葉で言うんであればコントローラーですねこれコントロールと

いうのはこのスクリーンに写っているものが映像だけではないので実際にはこ感覚とか痛みとか悲しみとかそういうものも投影してますのでなのでこのいろんなものをこの投影するものを色々決めて管理して

調整しているわけですなのでコントローラという方がより適切な表現ですがこのコントローラーがあってで実は大元の私たちをより客観視してえそして世界に対してより効果的な動きやそして自分自身

にとってより有益な生き方とか有益な感覚感じ方これらを得るためにはこのコントローラーにちゃさせる必要がありますでコントローラーを起動させてでコントローラーの存在をまず認識して

コントローラーの存在に気づくことそしてそのコントローラーに対してえどう働きかけるかという風に世界を見ること行動することこれが私たちのメタ認知というものを鍛えるその1つのコツになり

ます自分を客観視するその自分というものはあこのえ世界を認識する中にも自分は含まれていますのでえそれを含めてひっくるめて自分というものも客観視するためには自分の体の外側に自分がいるえ

ここでまどの場所でもいいんですですけれども私がえ1番効果があると思う場所は肩甲骨の間ちょうど三つ編みを背中に垂らした際にえ大体えその背中にくっついてくるであろうその高さですね1でここを

ちょっと離すためにちょっと胸を張って背中をちょっとそらしてみてでその状態で顎をグっと引けばちょっとだけ三編みの先がこう浮きますよねえその状態で世界を見てみるそしてその時にその投映されている

ところから世界が映されれているんだという風に見るとこの目から入ってくる風景の景色の見え方というものがちょっと変わってきますこれは特に散歩中だとか何か作業して目の前に集中してる時は

難しいですけれどもぼーっと散歩ができる時とか電車の中からあその風景を見ていることができるような時などにちょっと試してみると今までとは違った世界の見え方感覚の受け取り方というものに気づいて

もらえるんじゃないかなと思いますそうなってくるとその感覚が変わったということはその行動も変わってきますで行動が変わるということはまたその世界から入ってくる入力も変わってくるわけですね今

まで行かなかった場所に散歩してみるようになったそれとまた風景が変わるわけですからその風景によってまた気づくことがあるとするとまたその行動が別の行動に変わったりするわけですという風に連鎖的

にいろんなものが変化していくことによってえ皆さんのその生活の中でえ自分が成し遂げたいこととか手に入れたいことみたいなものにも新しく気づけるなのでこの今やっている

マインドフルネスだと思ってるものあるいはこの世界がどういうものなのかそして自分がどう振る舞っているのかということに対して新しい視点というものを得られることができるのでそうなると自分

を含めたこの世界というものをどう捉えてどう自分が振る舞っていけばいいのかそしてあくまでも自分はえその映画を見させられている観客にしか過ぎないとなると何か作用させられるのはあくまでもこの

世界をどう投影しているかというコントローラーだけしか実は作用できないとなので何かを強く望んだり必死になって何かをすれば世界がうまく自分の思い通りになるとか自分の成長が進むんだ

ではなくで所詮えこの世界である程度作用させられるところというのはそのコントローラーが何とかできるところぐらいしかないということも気づけることができればしかしそれだけであったとして

も確実に解釈だとか物見方視点というものを変えることができるなので調整できるのは世界を見た時にその世界の中から得られる情報の何が自分にとって重要でえ何が重要でないのかというのを今までは自動

的に捨てて拾ってってやっていたものを意識的にこれを拾うんだとかこれを捨てるんだということができるようになればこの額に投影された映像も今までとは違った映像が投影されることができていくわけ

ですという意味で私たちはこの世界におけるその自由というものはそこに投影するものをどんなものを投影するかということを選択するぐらいしか実は自由ってものはないということですねしかしそれであった

としてもそこに気付けるばその選択だけでも最大限やっていけばかなりそのストーリーや投映されるものが変わってくるするとそれに影響を受けた行動というもの変わってくるこれは馬鹿にできない

わけですその少しの変化しか自分たちの自由がないにしてもそれらを意識的に選択的にやっていくことによって長い時間をかければかなりの変化が起こりますのでなのでありもしない出来もしないま引き寄せ

の法則といったようなただ願えばいいんだとかあるいは努力をしたらその努力分だけ世界が変わるんだみたいなある意味希望的な理想的な楽観論ですがあそういったものを信じてやってみたけれども大して何も

変わらなかった失望するよりもよっぽど現実的ですのでなので私たちに変えられるものはわずかしかしそのわずかでも実は効果的にちゃんとと選択的にやっていけばかなりのことが変わるといったことを理解

してもらえればいいんじゃないかなと思いますあなたの世界は変わります変わりますが簡単には変わりませんしそして劇的にドラスティックにいきなりは変わりませんしかしわずかな部分しか自分たちには自由

がないにしても全くないわけではなくその少しの選択の自由が積み重なるだけで長い目で見ればとても大きな変化になりますのでえそこを理解しながら意識して最大限のま努力をするんであればそのわずか選択肢

に対して行うといったことを現実的に捉えてやってもらえればいいんじゃないかなと思います私の著作公有技術えまだえ読んでない人はAmazonでポチって買って読んでいただければと思いますでそれ以外

にもいくつか書籍を書いていますのでもしよければ読んでいただければと思いますしまだ執筆中のものもいくつかありますのでそれら出されましたまたこうした形で告知しますのでえ勝手読んでいただければと

思います本日もお疲れ様でしたDET

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