今回は持っているポテンシャルを最大限に引き出すためのメタ認知を操作する身体操作について解説をしたいと思います私が今この話しているタイミングでは
大谷選手が驚異的な成績を出してそしてかつこのシーズン終盤においてとんでもない圧倒的なハイペースで安打やホームランを量産しています通常はシーズンの後半というのは疲労や
後は精神的な疲れもあって普通は成績が落ちてくるわけですけれども今回のパターンでも大谷選手のライバル選手とされるような選手たちは軒並み成績をどんどんと落としています
この直近の短い期間の間での数字というものは本当に圧倒的なもので野球をしている人であればそれがいかに異常なことかというのがわかると思います私も野球をやってきましたので大谷選手の驚異的なパフォーマンスの凄さというものは
もう重々分かっていますので私があえてそのような説明をするまでもなく多くの人がすでに解説をされていると思いますなので大谷選手の成績の凄さという部分に関してはそういった解説に譲るとして
今回私が話しますのはその皆さんも思っているこの身体的なポテンシャルそして脳もこの身体の内の一つですのでこの脳が持っているポテンシャルというものを最大に引き出すための身体操作
今まで私たちは体の操作をするということと脳で何かを考えて認知的な作業をするといったこれらを切り分けて社会的に分業をしてきたというそうした社会的構造の影響もあってか肉体労働と知的労働というものは基本的には別だとなので
運動ができる人と勉強ができる人というのは生来的に切り分けられるとなので勉強ができるけれども運動ができないとか運動ができるけど勉強ができないこういったものというのは
お互いに相互的な作用というものがそれほど重視してこなかったことによって私たちはもうそういうもんだと思い込んでいる節があると思いますしかし実は私たちのこの身体も脳も一つの器官として私たちの体を構成する部品としては
この肉体の中に宿るものとして繋がっているわけですかつこれはお互いに相互的に作用しますので両方の能力を高めるそしてこれら一つをうまく繋げて潜在的なパフォーマンスを上げるということをやった場合に
きっと彼のような潜在的な人間が持っているポテンシャルを最大限に引き出すということが可能になるのではないかと思いますこれは誰しもが大谷翔平選手のような偉大な選手になれるという意味ではなく少なくとも今あなたが持っているその肉体
それから逃れられないわけですからその持っている肉体そして脳のポテンシャルというものを最大限発揮すればアウトプットとして出せるパフォーマンスはさらに上がる可能性は十分にあると思います
その方法について今回は解説していきたいと思いますまずここ最近2回ほどのエピソードでメタ認知をどのようにしてこの身体的な操作によって引き出すかということを解説してきました
まずメタ認知というのは何なのかというのをまず初めにおさらいしておきますと私たちは何かを考えていますそしてこの考えている自分というものをさらに考えることができるわけですこれがメタ認知というやつですね
「私は今数学の問題を解いている」というこの文章これはメタ認知を聞かせた文章なわけですね本来であればその数学の問題のことについて考えているはずです問題の中身ですね
算数だとしたら「1+1=2」ともし小学生で初めてこうした四則演算の初級をですね取り組むような学生であればその算数を解いている時に考えていることというのはその算数の中身の問題を考えているわけですね
しかしそこに文章として「私は算数をしています」と文章にした瞬間にメタ認知が効いてますこれは算数をしている自分を客観的に捉えているわけですねこれは考えている自分を捉えているという意味においてはこれがメタ認知ということになります
私たちが自分自身と他者を区別したりそしてこの世界というものを中に自分がいるといったことを認識する際にはメタ認知が必要になってきますのでどんな人であれメタ認知を持ってますメタ認知がことによって私たちは
社会生活を営めたり自制したり協力し合ったりということが可能になるわけですねそして時間軸を超えて未来の自分そして過去の自分というものを同一視することができるのもメタ認知のおかげになります多くの動物はメタ認知がありませんので
そうなるとそのメタ認知がない状態で自分自身をどう捉えるかというと自分という『自我』という概念が人間ほど強くありませんですので鏡に映った自分自身の姿を見ても犬だったら吠えてしまう
これが自分だと認識できないのでついつい吠えてしまうチンパンジーでもメタ認知が効く個体がいたりしますのでそうなると鏡を見て自分と認識して歯に詰まった何かを指で取ろうとしてみたり鏡を見て自分の毛づくろいをしてみたりという形で
自分と分かっている個体が出てきたりしますそれでも全てのチンパンジーがそうではなくて多くの動物多くの生物というものはメタ認知といったような機能が強くありません人間はメタ認知というものを強力に発達させてきたおかげで
社会生活が営めるようになりそして集団生活を送れるようになりました自分と他者というものが違うと認識できるしかし人間という種としては共通しているとこれは抽象的な概念を用いる時に必要になってきます
ですので自分が考えていること自分が悲しいなと思っていることが他人も悲しいと思うであろうというふうに自己投影をする際にもそれでもそこで一つ疑いが入って
いや相手はもしかしたら悲しいと思っていないかもしれない私は悲しいと思っているけれども他者の視点から見ればそれは悲しいというシチュエーションではないのかもしれないというこの自分が見ている世界と他人が見ている世界
これが違うということもメタ認知が効くと考えられるようになりますとなると私たちがこの世界を見る上で一番重要なのは何かというと実はメタ認知なわけですメタ認知が効いていれば
この世界をどう捉えるかという時に自分を含めたこの世界というものを広く捉えることができるわけですねそうなるとこの自分というものをうまく捉えることができそしてこの自分を取り巻く世界というものを
できる限り広く捉えることができるこの視界に映っている物質的なものだけではなくて今見えていないけれども地球の裏側とかあとは過去の自分とか未来の自分とかそれこそ他者の未来とか他者の過去とか
そうした様々なその世界観というものを私たちは当たり前のように認識できるこれがメタ認知を効かせる際にメタ認知が強ければそれらをリアリティを持って認識できることができるわけですね
しかしこのメタ認知というのは脳のリソースを多く使いますので脳が疲れている肉体的にもエネルギーが枯渇していてエネルギーを十分使えないという状態ですとメタ認知は効きにくくなります
とかく大幅にエネルギーを使うシチュエーションこれは感情的になった時ですね生命の危機だとか怒り悲しみ苦しみこういったものを強く感じた時というのは脳のリソースを一気に食います
そうなった瞬間にこのメタ認知が効かなくなるんですね自分の視界がグッと狭まって目の前にあるものだけに反応するようになるこれは私たちが野生で暮らしていた時に危機的状況になった時にすぐに動けるように
考えていたらやられてしまいますので考えるまでもなく反射的に動けるようにするための生存戦略上をそのように進化したわけですけれどもその進化の名残として私たちはつい感情的になってしまった場合には
メタ認知が効きにくくなるメタ認知をするという方のスイッチがオフになってしまう反射的に何かをするということしかできなくなってしまうですので日々強いストレスを浴びている人ストレスが強い環境にいる人というのは
メタ認知が効きにくくなってしまうことによってうつ病になったり精神疾患のある人というのはその強いストレスをずっと浴び続けているとメタ認知の方にリソースを避けなくなるそれとメタ認知が弱まってくる
メタ認知も筋トレと同じで鍛えなければ使わなければどんどん弱まっていきますのでそうなると反射的な行動や反射的な行為しかできなくなってくるとなると考えることのその思慮深さ考える深さというものが十分取れないとなると
すごく表面的な浅い思考しかできなくなってくるこれは現代のホワイトカラーの仕事の職場環境はまさにその状態が問題となるわけですけれども私たちは常日頃から期限を迫られてそしてこれだけの問題をその期限内により早く
より多くのアウトプットを出した人が偉いというふうに評価されるような職場環境であったその状態だとより深いアウトプット深く考えたアウトプットを出した方が評価されるしかしそれを迫られる期限だとか
アウトプットのボリュームだとかというものに対するプレッシャーが強すぎると十分に考えられない要はメタ認知が効かなくなってきますので感情的になってしまいます
ストレスが強すぎてそれそのストレスを嫌がるそのストレスを怖がってしまうことによって十分なメタ認知が効かないすると思考が深まらない
するとアウトプットしたものが浅いものしか出せないそしてボリュームも大したボリュームが出ないとなると評価されないわけですよねするとよりそのストレスやプレッシャーを自分は感じるようになります
何とかしてもっとちゃんとやらないともっと成果を出さないともっと評価をもらわないとという風に焦るわけですそうなるとさらにそれが自分へのストレスとなってよりまた認知能力に負荷をかけて
メタ認知ができにくくなってくるという悪循環に入ってくるわけですそうなるとそのストレスは実は自覚できない自分がメタ認知を持てなくなっているということに本人も気づかないので
これがメタ認知のちょっと厄介なところでメタ認知を効かせている人と効かせていない人の違いは何かというとメタ認知を効かせている状態というのは自分の身体だとか自分の感情だとか自分の思考だとかというものを客観的に見る自分がいますので
なので観察力という意味で自分が今何を考えていて何をしようとしていて未来 - 過去こういった時間的なつながりも含めてこの世界を取り巻く中の自分という状態を客観的にそして正確に観察しようとしているわけですね
しかしメタ認知が効かない人メタ認知が効いていない人というのはその視点がなくて自分の内側に視点がありますのでそうなると
自分が今どのような状態になのかとか何をしているのか自分の思考だとか感情がどうなっているのかすらもわからないそこを見ていないということになりますのでそうなるとメタ認知が効いていないということも気づかないわけです
これがある種のそのメタ認知の難しいところでメタ認知が効いている人からすれば私の今のこの会話とかこの話というのはすごく当たり前のことにのように感じるかもしれませんが逆にメタ認知が効いていない人は全く私の話がわからないと
私の言っていることの要点だとか伝えようとしていることが全く感覚的にもわからないということになります幸い私たち人類は少なくともメタ認知が効いた瞬間というものは必ずあると思いますのでなので1ミリもわからないということはないと思いますけれども
日常的にメタ認知を意識しているメタ認知が効いている状態の人とそうでない人 メタ認知がめったに出てこない滅多にメタ認知が効くことがない生活をしている人とでは私のこの話 私の説明の受け取り方というのは
解釈はかなり変わると思います前回までのエピソードでは私はあえてスピリチュアル的な視点スピリチュアル的な身体操作というものの感覚を伝えるようにしました
というのも論理的なこういった構造だとか論理的な繋がりというものを言葉でこのようにして形を説明したとしても感覚としてそれらを得られていない人は理解できないその私が言いたいことを伝えたいこと自体も解釈の中でどんどんずれていきますので
なのでまずは感覚の方でどのような考え方なのかというのを捉えてもらうそういったアプローチとしてスピリチュアル的な表現スピリチュアル的な視点からの説明というものを試みてみましたなので引き続き今回はまとめとして
どういうことをすれば身体操作というものをメタ認知を効かせる状態に持っていけるかそしてその効かせた状態は一体何をどのようにすればそのメタ認知が効いている状態をより有効に使えるのか
それは皆さんが持っている身体的なポテンシャルもそうですし認知的なポテンシャルもそうですけれどもどう活用すればそれらを皆さんが望むような人生に好転することができるのかどうか効果的に使えるのかどうかというものを今からちょっと説明していきたいと思います
内容の大半は前回、前々回のエピソードの中でも触れているところがありますのでなので重複するところもあると思います説明が今までできなかったところに関しても後半で説明しますのですでに前回・前々回のエピソードを聞いているという人であれば後半の方から聞いていただければと思います
まずはメタ認知を聞かせるための身体的な感覚の得方ですけれども私たちは世界を見ている時にありのままで見ているというふうに思いがちですけれども現実的にはそうではありません実は私たちの脳というものは
この目から入ってくる感覚目から入ってくる光やあと手指や体から入ってくる全ての信号を一応 脳として受け取っているわけですけれども意識には上げてきません
これはなぜそうかというと私たちがこの感覚器官から受け取る入力する情報というものはあまりにも膨大に多いので全てを処理しているとリアルタイムにそれらを処理するには間に合わないんですね
エネルギーを膨大に食うことになりますので相当な量を食べ続けないといけないわけですこれは研究で試算をされた方がいますが私たちのこの手指や目や耳や鼻やすべての感覚が入ってくるその情報
入力される情報を全て平等に情報として捨てずに全てリアルタイムに処理したとしたら原子力発電所1基分の電力というものが必要になるくらい実は私たちの入力する情報というものは膨大だということです幸い私たちはそんなに大きなエネルギーを必要としません
成人男性でも1日の必要なカロリーの摂取量というのは3000キロカロリー程度で済みますなので原子力発電所の発電エネルギーに比べるとはるかに小さなエネルギーで活動できるわけですねその大半は身体活動として胃や腸や後は血流だとかあと体の代謝に使われていきますので
全てがこの認知機能に使われるわけではありませんがそのエネルギーのうち6割から7割は脳が使っていくわけですねとなると私たちのこの脳というものは膨大なエネルギーを消費しているわけですしかし膨大なと言ったとしても
原子力発電所ほどのエネルギーは使わなくてもいいとなるとどういうことをして私たちの脳を処理しているかというと大半の情報は捨てているわけです厳密には捨てているというよりは予測に必要なものを取捨選択して
予測に使えそうなものだけを持ってきて予測に使えなさそうなものは捨てていくということをやりますこの予測のためにというのがミソでなぜ私たちの脳が発達したかと言いますと予測するためですね
私たちの脳というものはこの体を動かす際に常に予測をしていますですので私たちは実はこの世界を面白いことにありのままのリアルタイムで実は認識しているわけではないんです実は目から入ってきてそしてこの世界を認識するのに私たちの脳というものはだいたい50ミリ秒ほど遅れています
そしてそれを意識できるのは500ミリ秒ぐらいなわけですということは無意識反射的に反応できる速度というものが50ミリ秒後そして意識で見たとか分かったというふうに意識が捉えられる見たという風に自覚できるのにだいたい500ミリ秒
これは1000ミリ秒が1秒ですので500ミリ秒というのは0.5秒50ミリ秒ということは0.05秒なわけですということは現実よりも私たちが認識できるのは遅れるわけですそれは当然ですよね
入力された光を脳の中でガッと脳のニューロンを伝ってそれに対して反応していく反射として反応していくわけですからそれらの遅れというものは当然発生しますがそれを統合して今それらが起こったというふうに認識できる意識というものはさらにそれを統合しないといけないので
さらに時間かかるわけですけれどもそういう意味では私たちはリアルタイムではこの世界を生きていないわけですしかし私たちはこのリアルタイムの世界に対応できますよねその瞬間その瞬間反応できるわけですなぜかというと予測しているんです
脳は実はその50ミリ秒の遅れを取り戻すためにあらかじめ50ミリ秒前の世界というのを自分のイメージの中で自動的に作っているわけですすると現実とそのイメージとどっちが私たちにとって重要かというと
このイメージの方が先行するので私たちは常に日頃はイメージの世界を生きていかないといけないということになります前回・前々回で使った「私たちが見ているのは映画である」と脳の中で投影されたスクリーンを私たちはずっと見ていてその映画のスクリーンを現実だと思っているという
比喩・例えを用いました私たちは実は現実から遅れた認識しかできないしかしリアルタイムの世界を生きているかのように錯覚できるのは脳があらかじめ予測をして先に世界を作ってしまうこれがにわかに信じられないと
なんか胡散臭いなと思うのであれば一つの例を言いますとこの私たちの目これは目の真ん中にしか色を感じる細胞がありませんこの真ん中以外の周辺の細胞というものは光を感じるだけで色を認識する細胞がないんですね
しかし私たちはこの世界を見る時に真ん中だけに色がついていて周辺は色が付いていないとは思わないわけですよねこれは脳が勝手にこの周辺の色も予測して合成しているわけですこの視界の中に様々なものが映る際に色の認識は当然真ん中の部分でしてますから
この部屋の中をずらっと眺めた際に脳が色というものを一旦記憶して認識してそして勝手に色をつけてかつ正確な色がわからなくても脳は自分を騙して色がついているという風にして勝手に自分自身にフィードバックを送ってしまうわけですね
そうすると実際には私たちの細胞は色がない色を感じることができないにも関わらず色があるような世界が見えるこれは真ん中だけではなくて周辺ですねこれをすることによって私たちの脳はズルができるわけです
いちいち全ての入力された情報を全部処理するわけではなくてあらかじめ作ってしまった世界観脳にとってのバーチャルの世界を作ってしまった中を処理した方が楽なわけですなのでこれは脳が省エネ
エネルギーをなるべく使わなくても思考できるように生きていけるように進化したその結果としてこのように錯覚を起こすわけです私たちのこの判断や考え思考というのはほとんどが実はその錯覚からの産物なわけです
この錯覚が実は私たちが生きていく上で十分に機能する十分に役に立つので私たちはこの錯覚をどんどんと利用して錯覚の産物というものを活用しているわけですねなので私たちはこの現実のありのままを
リアリティのあるものをそのまま処理しているというよりも一旦受け取ったものをこの背中にある映写機から私たちが見ているこの前のスクリーンに対して投影しているという風に考えてもらえると私たちはあらかじめ用意したシナリオや
あらかじめ用意したそのイメージ(予測)をもとに実は生きていてそしてそれと現実が一致しなかった時に修正をしているということを繰り返しているわけですこのスクリーンに投影された現実が現実だと思っていますがそうではなくて
スクリーンに投影された現実はリアルタイムのようであるが実際に私たちが見ているのは遅れて見ているしかし現実の世界と私たちのイメージの時間差を埋めないといけないので実はここに投影されているものはあらかじめ予測されて
あらかじめ作られたものが投影されているわけですそして現実とギャップがある現実とそのイメージが一致しなかったところだけを修正するという風にして微調整をしていくわけですねですので私たちは物が動くと注意が向きますよね
それは物が動くと私たちの予測から外れるわけですなのでその動いているものに注意が向くのはそれを見ないとその私たちの予測のエラーの修正をしないといけないということで注意が向くようになってます
私たちは予測ができなかったもの予測しないといけないのにできなかったものに注意が向くようになっていますのでなので私たちはその自分たちの予測がいかに強力か予測している通りに現実が動いていけば注意を払わない
注意を払わずに自動的にやれるということになりますこれが私たちが映画館で席に座って見ている観客でその映画館の中で投影されている映画というものはもうあらかじめ作られたシナリオであり予測として作られたシナリオであり
そのシナリオを変更しようとすることは観客であるあなたはできないとどうするかというと背中にある投影機から投影されているその投影するシナリオを作っている人たち
に対して働きかけをする必要があるどういうシナリオを書こうとしているのかそのシナリオがどういう映画なのかということここに対して働きかけをすることで私たちが見ているこの予測というものを変更していくと
そして予測というものを変更していくのに一番大きいなポイントは先ほど言いましたが予測のエラーを起こすことですねもともと予測していたものと違う現象が起こったらそこに注意が向いて予測を修正することになります
なので私たち慣れ親しんだことを何度も何度もやっているともう常に予測どおりのことが起こりますので注意が向かなくなるなので私たちのシナリオは変更されないわけですしかし自分が予測したものと違うことが起こったら
そこの修正をしないといけないのでなので私たちがこの自分のシナリオを変えたいと思ったら 動く自分自身で動くのもそうですし自分たちの予測が外れるところに行く外れるような行動をとる
外れるような仕事やプライベートを過ごしてみるなので慣れ親しんだったことをやるのではなくて新しい行動、今までないことの行動をしましょうこれがその映画の中のシナリオを変えるのではなくてあなたは映画の観客なので
立ち上がって別の映画を見てくださいといった比喩を使った理由なわけですね予測ができるものではなくて予想外のこと予測ができないことをより多く求めていくことによって
シナリオがどんどん書き換わっていく世界の見え方が変わっていくということが起こるというそういった比喩で使ったわけですねここまでの説明をまとめますと私たちは世界をありのままに見ているわけではありません
私たちは映画のスクリーンに座った観客ですそのスクリーンに投影されているものが現実だと思っているそうではなくそのスクリーンに投影された映画は背中の映写機から投影されたものですね
この「背中が」というのはこれは比喩です私たちはメタ認知を使う際に自分を含めた世界というものを認識しようと思った場合にメタ認知を発動させるコツは映写機が体よりも外にあるというイメージを持つとメタ認知を発動させやすくなります
私たちはついつい考える時にこの額のところで考えようとしてしまうきらいがありますこの額のところに力を込めてうーんと考えてしまうわけですけれどもそれはメタ認知が発動しにくくなります
自分のこの頭蓋骨の中に自分がいる(視点がある)という身体感覚になりますのでそうではなくて自分の外側に身体感覚(視点)がある方が望ましい右と左の肩甲骨の間の骨(背骨)付近に視点があるそしてそれは背中から少し後ろに離れている身体感覚としてどういうイメージがいいか
三つ編みの先に投影機があるそしてそれから自分も頭を通過して目の前のスクリーンに投影されているといったようなイメージを持つとメタ認知が効きますすると自分の体の感覚も少しずつ変容をしていきます
自分の手を見ていただいた時に見慣れた手かもしれませんがメタ認知が効いている状態で手を眺めてみてくださいいつもと違って見えるそして指を動かしたり
そして表を見たり裏を見たりとしているうちにまるで自分の手ではないような感覚がだんだんと出てきたりしますこれは乖離という現象で自分が当たり前のようにできている感覚というものに対して注意を向け続けるとだんだんとその感覚自体を疑えるようになる
私たちの感覚というものはいくら速くても50ミリ秒遅れるということは実際にはこの指を動かしてから50ミリ秒後に私たちは知覚しているわけですしかし脳はそれを騙す形で予測をして
50ミリ秒後にはこうなっているはずという感覚というものを内部で作るわけですするとどうなるかというと私たちのこの手を動かしている感覚と脳の中で作った感覚というのは実はずれていて
その修正を常に実際にしているわけなんですけれどもここに普段は注意を向けないのでそれが錯覚であってかつそれらを常に修正しているということも無意識のうちにやってしまっている注意を向けていないということです
しかしこれに注意を強く向けてみると実はずれているということになんとなく気づくわけですするとまるで自分の手が自分の手でないような感覚がだんだん生まれてくるたった50ミリ秒ズレるだけ
これによって私たちの感覚というものが揺らいでいく私たちの体はもしかして私たち自身がこの瞬間リアルタイムに感じていると思っているけれども実際には遅れた感覚というものを感じ取っていて脳が勝手に先走りして50ミリ秒後の世界というものを
予測して感覚として生み出している私たちがこの感じ取っている感覚というものは実はこれ自体も脳が先に作っている可能性があるまだぶつけていないボールが足にぶつかりそうっていう時にまだぶつかってもいないのに「痛い」という感覚があったりとか
映画の映像とか、実際に本当に映画館で映画を観ている時に登場人物が切られたりとか殴られたりしたシーンを見た時に「痛い」と思ったりあるいは突然ゾンビがドーンと出てきた時などには本当に自分がゾンビに襲われたかのようにして
ドキッとしたり「痛っ」となったりすることありますよねそれは脳がそのような痛みという感覚を生み出しているわけです私たちが感じている本当の身体的な痛みと脳が生み出している痛みというものは実は脳にとってみればほぼ同じ状態ですのでイリュージョン
脳が生み出したものなのか身体的な入力として入ってきたものなのかというのは私たちにはなかなか分からないわけですしかしじっくりと注意を向けて観察してみるとこれは身体的な感覚だなという風にわかる瞬間というのが出てきます
これが自分の本当の体の動きというものを理解していく上で重要になるわけですね大谷選手のバッティングフォームをこういうフォームで打っているということを解説できる人はいるけれども実際に大谷君のようなバッティングはできないとそれは体の使い方
メカニズムを分かっているというのと感覚として分かっていると別だということですね脳は遅れた情報を受け取っているしかしそれらあらかじめ作られたものであるものを先に使うことによって私たちはこの現実の世界に対応できる
このメカニズムが分かっている脳科学者や神経科学者あとは心理学者実際にそれを感覚として知覚している感覚としてそれらが体現できるというのは実はむしろ少ないわけですねこれが昨今のマインドフルネスといったようなそういったブームの中で
実際にマインドフルな状態を体現できるチベットの修行僧だとかの方が実はそれらを体でも使えてしまうので分かっているけれどもできないというのとできるんだけどよく分からないと
この違いですねそれほど理屈を十分に吟味してそして科学的な確証を持てなくてもそれらを体現してやれてしまうことがあるということなのでこのマインドフルであるそしてメタ認知を効かせる
そして身体感覚というものがどれほどのものなのかというのをこれらを日々の生活の中で特に高いパフォーマンスを出したい時スポーツだとか語学だとかあとは音楽だとか
あとはアートセンスを問われるような場面ですねとか空間認識をしないといけない時とかなどに使えたりするわけですトレーニングをする際に自分たちの身体感覚というものをことをいかに正確にそして鋭敏にそれらを捉えることができるか
これによってパフォーマンスが変わってきますのでこのメタ認知そしてマインドフルであるという状態これらをいかに作れるかというのがコツになってきます乖離というその身体感覚と自分が感じている感覚というものに
だんだんと乖離してくる現象これを催眠の世界では「トランス状態」と言いますこれがどんどんと深まってくるとその感覚をどんどんとずれてくるわけですねそれはたった50ミリ秒なんですけれども
その50ミリ秒が長く感じることによってどんどんと身体感覚が遅れてくるように感じるわけです実際には遅れているその秒数は変わらないわけですけれども感じ方が変わってくるわけですねどんどんと自分の身体的な入力というものが遅れてくる
という風になってくるとトランス状態が深まってくるそうなると体はほとんど動かなくなってきて感覚が遅れてくるような感じがありますので自分の動きが自分が思ってる動きになってないわけですよね
体が遅れているように感じるこれを催眠の世界ではそれを術者(催眠をかける人)が意図的にその催眠をかけられる人に対して「トランス誘導」といってトランスの状態に導いていくわけですけれどもそれを自分でやってしまう 自己催眠ですね
自分自身でそのトランス状態に持ち込むということをするようになるとその状態になるとその感じている知覚しているものと脳が作り出しているイメージというものがかなりの時間差ができるようになりますので
脳が生み出しているイメージが何なのかというのがかなりはっきりとわかるようになりますするとほとんどが実は自分がイメージとして作ってきた世界なんだなという風になりますするとそこを書き換えるということができるわけですね
トランス状態を作ると目から入ったものだとか耳から聞いたことというものをリアリティがあるものとして解釈することができます要は現実とのギャップを埋めるためのエラー処理というものにかなりの時間差があるように感じますので
なので現実のものをどんどんと取り込んでいくということが可能になっていくわけですねこの辺は理論的にちょっと難しいかもしれませんのでトランス誘導によってトランス状態に入ることができれば皆さんの潜在意識と思われるようなですね
自分では変えられないと思っているところこれらを変えやすくなるということですねこれをやってみるためにメタ認知やトランス誘導というものを使ってみると良いかと思いますトランス状態に入ると
学習するということが容易になります語学、運動そして姿勢だとか音楽、芸術、アートのセンスとか空間認識能力手順化ができて繰り返し行うことが可能な領域に関しては比較的容易に習得しやすくなりますそれによって身体感覚が変容しているという状態になりますので
一流のアスリートや芸術家はこれが他の人にも当たり前に起こっていると思っていたりしますのでわざわざこれを語ったりすることはほとんどないわけですけれどもそうした感覚を持っていますこれをゾーンだとかフロー状態だとかと呼んだりします
言い換えればこれがトランス状態となる脳波はハイガンマ波とあとシータ波これらが同時に出ている状態でこれは高度な瞑想をし続けているチベットの修行僧の方の脳波を調べると
相当な熟練した瞑想を行ってきた人であればこれらを同時に出すことができるといったようなことでこの状態になっているこれがゾーンやフロー状態というものに関係しているんじゃないかという研究結果もあります
これらを外的に作ってしまおうという手法もあったりします1つはバイノーラルビートという耳から聞いてそしてその耳の左右の周波数の違いによって脳波というものをそれに合わせて調整していくという手法これをさらに発展させたのがアイソクロニクルビートと言って
これは左右の周波数を変えるわけではなくて音楽自体を揺らがせるとその揺らぎの周波数が求めている脳の周波数になるような音楽というものを聴き続けるということによって脳波が影響を受けて
その脳波の周波数がだんだんとそこに合うようになってくるみたいなテクニックですねそのようにして脳波を高めていくそして低い脳波も同時に起こすというそういった状態というものがいわゆる変容をしている状態(トランス状態、変性意識状態)というものになります
ここにメタ認知というものを使う背中に投影機があってその投影機から目の前に映像を映し出されているというこの感覚これをやるには姿勢をぐっと そして胸を張って
背中からその三つ編みを少し浮かせるというこういった身体感覚これがあるとメタ認知が効きますので皆さんの常に日頃の行動の中に入れてもらえればいいんじゃないかなと思いますもし興味がある方は前回の2つのエピソード概要欄に貼っておきますので
そちらも見ていただければと思いますより理解が深まるではないのかなと思います私の著作『超える技術』まだ読んでない人はAmazonでポチって買って読んでいただければと思います他にも小説いくつか書いています出版ももうすぐ20冊になるかと思いますので
そちらの方どれか興味があれば読んでいただければと思いますでは今日もお疲れ様でした
