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感動はなぜ必要か?現代が失いつつある感情の価値とは [ ポッドキャスト 社会学 進化論 自己啓発 成長 心理学 脳科学 podcast 人間関係 成功 潜在意識 ]

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今回は感動について解説をしたいと思います皆さんは最後にいつ感動したでしょうかそしてその感動は一体どのようなもので感動したでしょうか私たちのこの感動という感情ですが一体なぜ私たちはこの感動

という感情を持つように進化したのでしょうかこれは生存戦略上感動という感情を持つ集団方が生き残りに有利だったと考えるのがま妥当な見解かと思いますがこの感動というメカニズムこの感動という

感情が私たちにもたらすメリットそしてそれらが一体私たちをどのようにして強くしえ集団として生存に有利なように働きかけるのかについて解説をしてみたいと思いますプロ野球選手教育者エンジニア

スタートアップ企業家コンサルタントそしてエグゼクティブコーチとして他方面に渡る経験を持つ私がのポッドキャストで皆さんにお届けするのは人生の様々な局面で直面する挑戦に対処し自己実現を果たす

ための具体的なアドバイスやインサイトログイン[音楽]によってもどのような感覚というものがそれぞれで想起されるか人によって少しの

違いはあるかもしれませんが感動する時というのは自分たちの考えているそのイメージ想像を超えた現象についてえ何かあ刺激を得た時例えばあ壮大な宇宙の映像を見せられて自分たちがその地球という

この私たちが今住んでいる惑星が非常に小さくちっぽけでそしてえその地球があるこの宇宙というものがいかにえ広く大きく壮大で私たちの存在というものがあ非常に小さなものなのかといったことを具体的に

えリアルな映像や音楽で見せられた時に感動にも似たような感覚というものを感じたりえする場合が多いかと思います私たちの理解を超えた何かを知った時そして私たち自身がより大きな何か集団やあ概念

に対してえ私たち自身があその大きな概念の一部であるといったことをえより強く意識するようになった時こういった時にま感動という感覚が生まれますこの感動という感情は実は単体で起こっているわけで

はなく様々な感覚が混ざったことによって結果的にそれらを総称して感動という風に私たちはラベル付けをしているということが様々な心理実験で分かっていますこの感動という感覚ですけれどもえ詳細にえ

どんな感情が混ざっているのかという風にま分解をしていきますと共感え感謝愛そして楽観的感情まポジティブな感情ですねこういったものが早期されてでそれぞれがそれぞれのこ感情をさらに刺激して相互

にま相互作用していくような反応を起こしながらあ強まっていくということによってえその感動というものがより深まったり強まったりするというそういった現象でえ私たちのこの感動というこれらの総称に

つけたラベルの感情というものがま増幅されたりそれによってさらにえより強く共感や感謝愛といったものも増幅されていくといったことでこの感動というある種のまえ感情の詰め合わせみたいなものが私たちの

人生をより豊かにましていくということでえま感動のない人生というものがいかに味ないかと考えると私たちはその感動というものによりえ飢えていよりえ求めていきながら生きているということにも理解が

できるんじゃないかなと思いますでこの感動ですけれどもえまどうういったメカニズムでこの感動するのかというそのメカニズムのところを先ほどお話ししましたがこれによってじゃああ生存戦略上何が

有利なのかと言いますとこの感動という感覚を得た時というのは個人がより大きな集団や環境に対してえ一体感を感じていくいわゆる自分自分自身というこの境界線ですね自分と他者とか自分とこの周りの

環境というこの自分自身をどこからどこまでが自分自身かということを意識するま自我の教会線ですねこれがだんだんと曖昧になっていってえそれよりも大きな集団だとか環境というものにより一体化していく

まこれはいわゆる自我超越ですねえ自我を超越してえ自我を超えた感覚感情というものを抱くより大きな目的の一部であるということを体感していく幸福感を高めていくということなんですけれどもこれは

集団生活をする上でえ集団にとって有益なこと集団にとってプラスのことを個人がそれぞれが果たしていくというようなことによって集団が幸せなこと集団が有益なことも自分個人のプラス有益であることと

いう風に感じられれば集団にとって有益な判断有益な行動というものを個個人が取ることができますねこれはあのある種の集団に対するロイヤリティとも取れますがこれは決して自己犠牲というよりも自分の快楽

自分が嬉しいと思うことを追求していった結果が集団にとってえ望ましいこと有益なことになるという意味では自発的なロイヤリティ自発的な自己規制でこれは自己犠牲そのものを本人は犠牲だと思って

やっていないという意味では内発的な自発的なあ自己犠牲であるといったことが起こるわけですねそれを促すメカニズムというのが感動であり感動をより多く感じている集団というのはその集団が生き残る

ためにえ一部犠牲にしなければならないことに関してもそれが苦痛というその感情よりも感動という感情でえ喜びやあ集団が得ようとしている幸福とえ自分自身の事故の幸福というのが一致するといったことに

よって団が生き延びやすくなる集団として生存しやすくなるということをえま個個人もそういった行動を取ることができますもし感動がない集団あるいはこういった感動という感情がない種族であれば個人が

古個人の集団に対しての一体感というものを感じないので集団でどのようにして意思決定をしたりどのような望ましいことになるかということよりも個人が個人として生き残ることのみに自分の関心が向きます

ので全体で戦おうとするよりもも個人が逃げまったりま隣のものを出し抜いてでも自分が生き残ろうとするみたいなことが起こってしまうので最終的にはそういった集団というのは弱いわけですねなのでえ

個々人が個々人の事故の利益を追求しすぎるがあまりにその集団は全体として弱くなってしまうということが起こりますのでえ感動をするという感覚感動をするという感情をより強く持っているえ首そう

いった集団ほど生き残りやすかったということになりますとなると私たちはは今この生き残りの末裔と考えますと私たちは感動しやすいえ性質を持ってえこのように生まれてきていると言えるとも思いますが

この現代の現代社会の中では感動しにくくなってきていますこれは社会的構造やメカニズムがそのようににえなってしまっていてえ決してえこの今の現代社会の設計社会としての構造はあ決してこの感動と

いうものを優先してませんのでなのでえこの辺りが危機的な状況にあるということで私はちょっと今回テーマのとして感動というものを上げさせていただきましたでこれはあのえ別のエピソードであの友人に

ついてお話をした時のエピソードの中ともまた繋がるの繋がるんですけれどもこの事故と他者の繋がりの感覚というものがよりえ強く感じるようになりえ自我と他者の教会というものが曖昧になっていくあの

友情というものの性質というのがまさしくこの状態で自分と友人の境界線というものが曖昧になり友人が事故の一部であるように感じるえま一体化していくこれによって友情というものがより強固になり強くなる

となのでえ友情という感覚というのは他者と事故の一体化を拡張していくわけですね相手も含めて自分だと感じることができるその逆でえ自分の一部も相手の一部であるように感じることができる要は自分とえ

相手その友人がオーバーラップする状態ですね拡張していくという感覚になりますがこれがさらにえもっと大きな集団だとかもっと大きな概念これが例えば国だとかあるいはえ宗教であれば神ですねえといっ

たものやあ同じえ思想を持ったあ人たちといったところまでどんどん拡張されていくとこれがいわゆる感動のメカニズムの中に取り込まれていくわけですねなので人は感動するという感情があることによって

他者との一体感やより大きな概念に自分を属させることができるということになりますでこれはどちらが先かはあのままだ研究においての結論は出てないんですけれども感動するからからあ全体としてえ

その一部として感じられるのかたまた全体の一部として感じられるようになるために感動という感情が生まれたのかこれまあの可能性としては両方がそれぞれえより強化されながらその性質というのを強めていっ

たという形なのかなとは思いますが様々な集団があってえ集団の中で生き残っていった集団は全体としてええ感動をよりしやすいえ個体が多かった集団が生き残るようになりえそしてえそれをよりえ強めて

いくえ個体がえその中でも生き残りという風にこう繰り返していけば最終的にはあの感動しやすいえ性質を持った個体が多いえ集団というものが生き残るといったことになるかなと自然動作されるという意味では

はあそのように強まっていったんではないかなとは思いますでこの辺りはまだあの結論は出ていませんのであくまでも私のえ1つのま仮説ですけれどもあのこの感動というものの捉え方としてえ感動することに

よって私たちは集団的な強さを獲得することができたということですねでこの他者との繋がりを感じる感情としてえこの感動というものをきっかけにしてえ他者と繋がりを感じるあるいはあの自我を超越し

た感覚というものが誘発されるこれらはあの相互作用的に反応しますのでこれが感動というなんだかよく捉えどころの分からないえ感情であったとという風にこう捉えるよりもより具体的にえ自分が

どういった面から感動しているのかあるいは他者がどういったえ感情どういったメカニズムでえ感動をしたのかといったことも気づきやすくなるんではないかなと思いますでま1つつあの具体的なあの

エピソードとしてこの友という友情だととロイヤリティだとかというところに関してえ1つえ具体的なエピソードをちょっとお話しますとこれはえアメリカの兵士の研究ですけれどもま戦場で英雄的な戦いをして

え生き残ってきたま兵士のエピソードを色々研究していくとえその選挙としては非常に不利な状態え例えばえ奇襲をかけられてえ敵から一方的に攻め込まれえ味方がま大きなダメージを受けてしまってえ

味方の数が撃に減ってしまった中でその中でも少数で何とかして戦って生き延びたというケースとかですねまそういった英雄的な戦いをした兵士のエピソードをいくつかピックアップして研究したものでなぜそう

いった英雄的な戦いができたのかその時にその兵士は一体何を考えてどういう心理だったのかといったことを研究したあところほとんどの兵士と言いますかまほぼ全員ですねの兵士が何を考えて戦ったのか

という答えに対して友のために戦ったという風に答えたというそういった研究結果がありますで多くの研究者はその調査をする前は国のために戦ったんだと思ってたわけですね兵士ですからアメリカという国

に対して中性を誓っていますそれでえ戦場に行ってえ攻め込まれてもなんとかして自分の国を守るために戦うんだといったようなロイヤリティで戦ったのかなという風に思ったみたいですけれども外なく全て

の兵士は友のために戦ったとそれもすぐ後ろで打たれて倒れて血を流して今今にも死にかけている友がいるとでもうすでに死んでしまった友もいたりえそしてこれからもしかしたら死んでしまうかもしれ

ない友がいるその友を守るためにも無が夢中でえ戦闘し続けたと戦い続けたとでその結果気がついたら戦闘は終わっていて自分は生き残っていたなのでその時には国のことなど考えずそして自分がが死ぬかも

しれない自分の命が危ないかもしれないという恐怖心よりも友のためにという一心でもう自我を忘れてえ無心でえ攻撃をし続けていたら生き残っていたとなので具体的なその攻撃の途中の家庭っていうのは

ほとんど覚えていないということで気がつくと戦闘が終わっていたというようなあことこういったエピソードも共通してました人は自分よりも大きなものの一部として戦った場合はそういった本来もっいる極限

的な力というもの発揮するというえ1つの例かなと思いますもし自分のためとか自分の命のためにと戦った場合であればきっとこのような英雄的な動きというのはできなかったと思いますえこれがあ人間がです

ね何を大事にして生きていくのかという1つのま考えるきっかけを与えてくれるかなと思いますえ自分はより大きなものの一部でありそしてその大きなものには友であり家族でありそしてえ国の仲間でありそして

同じえ心ざしを持ったより多くの人間であったりそういったより大きな集団あるいは大きな概念の一部であるそしてそれによって自分の自が自分自身というものが曖昧になっていき薄れていきその

集団の中で自分がどうあるべきか振る舞うべきかえその集団の利益が自分の利益でもあるという同質化そのように感じるという感覚ですねによってえ人は楽観的になりそして英雄的になりそしてで幸福感は向上

しネガティブな感情にも打ち勝てるとこういった効果があるということですねこれがま感動のメカニズムで人は感動するという感覚を持つことによってえそういった英雄的な働きができる自分自身が持っているえ

能力を最大限発揮することができるというこういったまあの能力が身についたわけですでえ他他者との繋がりそして社会との繋がりそしてより大きな集団あるいはあ環境や概念とつがっているというこの感覚

これが私たちをより強くするわけですねしかしこの現代は個人がこの人との繋がりというところを日頃から感じるチャンスがどんどん減ってきていますそして社会との繋がりというものもより弱くなってきてい

ますそしてより大きな集団というものに関しても私たちはイメージができにくくなっています私たちは個人の自由や権利というものをよりえまアピールするべきだと自分たちの権利を主張するべきだといった

主張にえ私たちはよりえ影響を受けることになり集団としての自分よりも個人としての自分というものを優先した方がいいという風に駆り立ててえそのような行動を取りがちですでえこれはあの友人のところ

のエピソードでも言いましたけどもこの現代はあ友情を育めなくなってきていますし友人を作りにくくなってきています私たちは他者と繋がるあるいはより大きな全体の一部と感じるようなあそういった

心理的なあ状況というものはより作りにくくなってますこれは私たちが個人としても弱くなっていきそして自分たちが持っている能力というものを最大限に発揮しようというそういった状況にもなり

にくくなるわけですね私たちは個人の権利や個人の能力を他者よりもより優れてるものとして見せつけたい要は競争に勝ちたいえそして自分がより他者よりも多くの恩恵を手に入れたいという風にやきになる

せいで自分たちが本来持っている能力を引き出すというチャンスを不意にしているわけですねこれはある種のパラドクスでえ他者を押しのけて他者よりも自分が優れていると主張すればするほど自分の本来の

能力が発揮できなくなっていくそしてえそういったことを主張し続けている集団というのは集団としても弱くなってしまいますのでその集団そのものが衰退していくということになります私たちは隣の人

あるいは友人と競争をすることによってえ自分たちのアイデンティティというものを発揮しろという風に駆り立てられていますで決してそれは個人として自分たちのアイデンティティをより強固にするよりも

その逆ですね私たちのアイデンティティをより脆弱にしていきますそれによって私たちはこの人との繋がりや社会から分断されていき自分たちが全体の一部であるということを感じにくくなる感動しにくく

なるそれによって私たちが本来持っている幸せ幸福感や個人としての潜在的なポテンシャルこれらも発揮しにくくなる私たちは果たして他者と競争してえ自分の力が認められ自分が他者よりも優れている

という風に認められたとして果たしてそれが幸せなのかどうか集団としての一体感や感動をするというそういったことからどんどん遠かっていきながから果たして私たちはその先に手に入れられるものは

幸せという名のついたあもしかしたらイミテーションかもしれません私たちは感動する全体の一部であるという感覚を持つ自我を超えた感覚を持ちそしてえ自らの最大限ポテンシャルを最大限引き出した

行動活動を取ることができるえこういった形で私たちは生き延びてきました生存戦略上生存してきたわけですけれども今まさしくこの私たちが得てきたこのスパイラルがあ打ち砕かれそして私たちは

あ子としても弱くなり集団としても弱くなるというサイクルに入って行っているような気がします私はあの別のエピソードでもえ人間関係というものがあ最も人生にとって幸福をもたらす特にそれは友人で

あるとそして私は今回のエピソードではえ人生がまし幸福がどうかというのはこの感動できるという感覚え感動をするというま心のあり方がこの幸福感に最も大きな影響を与えるんではないかなとそれは全体

の一部であるという感覚これは他社と自分まいわゆる友情や家族合こういった他者やより大きな集団の一部であると感じられる感覚えこれらが私たちにとってみてえ1番大きな幸福感にとっての影響の1番大きな

要素かなと思いますのでえそこがあこの現代社会ではどんどんと小さく切り刻まれるることによって感じにくくなっていくといった状況が起こってるのではないかなと思います日本は今人口がどんどん減って

きてえ他者とのつながりというものもより気迫化しそしてえ個個人があま孤独の状態これは心理的な孤独も含めてですがあ人と繋がれなくなっているえ人と繋がることを恐れるようになっているそして人と繋がる

と不利になるといったようにえ駆り立ててえ駆り立てられているのでえより孤独になって戦わなければならないという風にこう競争を煽られてえきてますで私たちはその状態に対してなんとなくの違和感を

感じながらも社会構造自体があ私たち個人1人1人があ何か声をあげて戦えるようなもうサイズではないので私たちはあより個個人としてえ力が弱い状態でえ1人1人では何も対応ができないような状態に今突入

しようとしています私があのこの状態でえ皆さんにえまそれぞれ声をあげて戦いましょうという旗振りをするようなほどの対処れとことは私はできませんがこの私がエピソードを通じて皆さんにえま伝え

続ければならないと思いますのはあの人生における本当の幸せ本当の成功というものはこの私たちが生きている今の社会全体で提示されているものとはかなり違うということに気づいて欲しいということですこう

なれば成功だとかあこうなれば幸せだと社会全体が提示しているものと本当に私たちが求めている幸せ幸福感動こういったものはかなり異なってますなぜなのかこれは別のエピソードで言いましたが感情

資本主義のメカニズムにとって都合が悪いからです私たちはこの資本主義のサイクル自体を都合よく回し続けるためには私たちはより弱くなりでより小さく切り刻まれ私たち自身の幸せや幸福感みたいなものを

どんどん吸い上げられてえその自己増殖に使われるわけですねなので私たちがえ自分たちのために感動を持ち自分たちのために幸福を用いるようになるとこの資本主義市場というものは回らなくなるわけです

なぜかと言えば私たちが自分たちでえ自己消化をしていくことになりますので自分たちのえ幸せや自分たちの感動というものでえ自分たちの人生の目的というものを自己達成することができてしまえば資本

主義というもののメカニズムはもう回らなくなっていくわけですでこれが資本主義の崩壊につがるわけですので決してこの資本主義のメカニズムはそれを許さないわけですなのでえ今うまく回っているかの

ように見えるこの資本主義のサイクルの中では私たちが本当に追求している幸せ幸福感今回のエピソードでいう感動のようなものは特に警視されむしろ逆に適しされそんなものがあるから成功しないんだとか

そんなものがあるから危険なんだという風に駆り立ててきて私たちからそういったものを取り上げてそして私たちを分担させていくという風に向かっていくわけです社会はよりリベラルになり個個人が権利を

主張し個人が幸せになる権利を持つべきなんだという風にえ社会的な風潮はそのような形で予想ってきますがその実はあ私たちは決して平等にはなっておらずそして私たちは幸せにもなっておらずそして

私たちはより弱体化しそして本来の幸せと思えたものですすらも取り上げられそしてその幸せになるための距離というものはどんどん遠ざかっていき私たちが一体何に向かって走っているのか何を求めて動い

てるのかも私たちはもう見失いつつありますこの状態があ一体何を意味するのか私たち自身が作ったシステムで私たち自身があどんどんと崩壊に向かっている私たちの意思や意図私たちが本来成し得たかった

こと私たちが本来手に入れたかったものがそれを手に入れようと思ったためにえ用意したシステム用意されたシステムがシステムそのものが暴走していてそしてシステムそのものによって私たち自身があ

その求める方向ではない方向にどんどん向かっているしかし私たちはそのシステムの中でこぎ続けなければならないえその工具の方をやめてしまったら私たちは即死してしまうわけですねこのえシステムから

降りるということは社会的な死を意味しますのでえそういった意味では私たちはこのシステムから降りることすらできないという状態で私たちは突き進むしかないわけですけれどもあこの状態でえ私たちは

一体どのようにして幸せというものを感じ続ければいいのか求めればいいのかということをま私もあのこれといった結論が未だに出せていないというのはあそのそれぞれのエピソードでも言いましたがただヒント

となるもの皆さんが考えるきっかけ行動をえ決める際の判断の基準として1つこの考え方新しく今まで持ってなかった別の考え方としてえ持っていただければいいんじゃないかなと思います今回はこの感動と

いうメカニズム感動という感情がいかにえ私たちを強くしてくれているのかそして私たちの現代ではこの感動というものが感じられにくくなりそしてこの感動という感情をもっと豊かに私たちは大事にして

いくべきでエンターテインメント産業だとかあるいは最近だとまスポーツですね大型スポーツえなどでえなければもう感動しないとそういったものでなければ感動を感じられないといったぐらい私たちの感動

に関するえ感度は鈍ってきています日頃の些細なことでも感動しそしてえ些細な出来事でも私たちは本来感動ができるはずですそれぐらい感動に関する感性感度というものはもっとするとかったはずです

ですのでえそういった商業的な側面を持った大型イベント大型スポーツやあたくさんのの予算をかけてえ作られた長対策の映画などを見なければあ感動ができないといったぐらいその感動という感情に対して貧困

になってしまった私たちはこの感動という感情を取り戻すべきですえ私たちがこの持っている本来の感覚感情というものを取り戻すためにもえ小さなこと些なことからでも感動できるような姿勢え感動

できるものを少しずつでも見つけ出してえ日々え感動を味わにえその感覚完成というものをより鋭くしていければいいんじゃないかなと思いますはい今日も長くなりましたけれども本日もこの辺りで終わり

たいと思いますえ私の著作コル技術まだ読んでない人はAmazonでポチって買って読んでいただければと思います今日もお疲れ様でした

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