今回はIQを上げる身体操作メタ認知の領域を広げる身体感覚のイメージの仕方について解説をしたいと思いますここまでシリーズ的にメタ認知というものがいかに大事でそしてそれらは日頃から意識をしてメタ認知というものを働かせ続けるそのためのテクニックや
メタ認知がいかに有効でそしてまたそれを維持するのがいかに難しいのかこういったことを回数を重ねるごとに説明をしてきましたここまで一連の私のエピソードの聴いてくださった人にはその重要性やメタ認知の取り扱いこれらについて理解が進んでいるかと思いますが
今回このエピソードから初めて聞く人のために簡単なおさらいをしておきますまずメタ認知とは自身に対してもう一つ上の存在として自分自身を認識することができるこれは考えている自分というものをさらにもう一つ別の自分が捉えることができるというもので自分を客観視する
その対象が自分だけでなくもし誰かと話をしているのであればその相手そしてこの自分と相手のこの関係性やさらにもっとメタ認知の対象を広げるとその話している環境そして2人の歴史それぞれの持っている価値観の蓄積これは自分も含めですが
こうしたものを捉えることができそしてここにいない誰か対象者と自分自身が関係の上で参照するべき相手や歴史、文化などの背景こういったものもその捉える対象として眺めることができる
こういった思考の仕方認知能力というものがメタ認知というものですこれは人間特有のもので他の動物にはできないそうした特殊な能力ですけれどもこれを私たちはある程度は発動させることができるんですけれども
それをもっと強めたりそれをもっと広げたりそしてそれをフルに使い続けるということはなかなかできません私たちには感情というものがあり即時的に反応するといったそうした考えなくてもできる潜在意識こういったものによって自動化された日々を過ごすことによって
私たちは日々の生活を楽に送れると同時にこの潜在意識が働きやすい状態というものを生み出すことができれば多くのことが習慣化されていきます私たちは習慣の塊でありほとんどのことを自動化して習慣として成し遂げることができるようになってきますが
しかしそれは何度も繰り返したことが習慣化されただけであって自分が何かを成し遂げたい、実現をしたい、挑戦をしたいと思うことこれらに対して必ずしも習慣化されているわけではないということに注意が必要です多くのことを成し遂げたいと思った場合には
たった一歩で到達できるようなものではなく何度も何度も階段を登り続けるように地道にその目標や目的に対してアプローチをし続ける必要があります何度も挑戦をして失敗をしてということを繰り返しながら私たちは成功というものに近づき自己を高めていくことができるわけですけれども
しかし習慣化というものは同じ段の階段を何度も何度も反復することによって得られるわけですのでその習慣化はすなわち停滞を意味してしまいますですので階段を登り続けるということをしようと思った場合にはその習慣そのものも定期的にアップデートをかけていかなければ
私たちは簡単にいつのまにか停滞をすることになりますなので習慣というものに関してはその目の前の作業小さな作業に関しては簡単に習慣化によって成し遂げられるようになり無意識のうちに行えるようになって自動化できるわけですけれども少し上のメタな視点から見れば
新しいことに挑戦し続けるということも習慣化してしまいたいというふうな欲張った考えを持つようになりますが多くの場合それは失敗しますなぜなら習慣化というのは反復ができてそれらが難なくできるようになっていくこと
考えなくても無意識にできるようになることを意味しますので習慣化ができたところというのは必ず停滞します「習慣化によって簡単にできるようになった」=「停滞」なので停滞をしないように次へ次へ次へと挑戦をし続けるということは習慣化したものをさらにそれを破って次のフェーズ
次の階段に到達をしてまた定着させてそして次へ登ってというのをこれをいい間隔でそれらを成し遂げていく必要がありますここで身体感覚というものを私はとても重視してここまできましたなぜなら私たちの認知というものは
気をつけてこういうことを考えましょうといったようないわゆる精神論的な考え方の指南だとかに関するアドバイスというものはあまり役に立ちませんというのもマインドだとか心がけというものは簡単に忘れてしまいますしそれこそ感情的になった瞬間にはそういった記憶すらもなくなってしまいます
これはメタ認知の限界にも紐づくわけですけれどもメタ認知というものは非常に疲れます脳のリソースを多く食うわけですねとなるとそれによってメタ認知ができにくくなってくるそして疲れてくればよりリソースを少なくてもできる領域に頼ることになります
それこそが私たちが持っている感情なわけですね感情というものは脳のリソースを節約して一瞬にして判断を下してしまうこれはある意味では便利で有益なわけですけれどもその感情が下す判断が常に合理的とは限らないわけですね怒るべきタイミングで怒ることはいいわけですけれども
怒るべきでないタイミングでも怒ってしまうこれは私たちにとってみてコントロールがしにくい領域になってくるわけですねですので人生の大半を自動化して習慣化したとしても本能的な反応というものが常に合理的とは限らないわけですね現代社会ではほとんどの場合が実は非合理的・不合理だったりするわけです
ですので昨今マインドフルネスという言葉が流行ったり瞑想というキーワードや自分の心を落ち着ける精神的に自分の感情を抑制するというテクニックに注目が集まるのも私たちが感情的になってしまうことがいかにこの現代社会では不利なのかということを反映していると思います
感情的になってしまう自分をどうすればコントロールできるのかという観点で情報を探したり試したことがあるのではないでしょうか感情的になること自体の否定といったような文脈の中でマインドフルになりましょうとか感情に流されない生き方をしましょうとか
はたまたそれの逆張りで嫌われる勇気ということで感情的になって人から嫌われたっていいじゃないか失敗したっていいじゃないか 情熱を持とうといったような感情というものを肯定するといったようなそうした二極化が起こるわけですね
私がこれまでのエピソードの中で伝えてきたのは感情というものもある種の合理的な判断生命的な合理的な判断の結果として私たちはそのように進化したわけですので感情そのものの否定というよりも
それをどう道具として使うかそしてメタ認知というものも発達させることによってそれらもひっくるめて私たちがどう行動すればいいかというそのメカニズムをうまく乗りこなせるようにしましょうといったような視点で話してきましたですので感情的になってしまうことや感情そのものの否定ではなくて
この感情を持ち合わせた私たちのこの肉体や精神というこの乗り物をどううまく運転するか乗りこなしていくかということこれをメタ認知という私たち人間特有の能力を使ってうまくコントロールしていきましょうといったようなことをここまで通じて説明をしてきましたそこで重要なのは外部の視点ですね
外部というのこの肉体の外側にある視点肉体の外側から眺めている視点というものを持ちましょうというふうなアドバイスをしてきましたそしてその視点として私が今まで推薦をしてきた場所というのはこの背中の肩甲骨と肩甲骨の間の背骨付近そこよりも少し後ろ側
身体の外側にプロジェクター(投影機)があってそしてその投影機から投影されて私たちのこの前頭葉この額のあたりのちょっと前この付近にスクリーンがあってそこに投影されていてその投影されている映像を私たちは映画館の観客のように席に座ってただただ見ている
それに対していろいろ反応したりしているというこうした客観視した視点というものをまず意識しましょうなのでメタ認知というのはこうした自分の今のこの状態というものを客観視できるかどうか
そしてその客観視した姿(イメージ)というものを体感覚として体の身体感覚として持てるかどうかイメージがそこまで体の感覚が変化するほどにまでイメージができるかどうかこれは別のエピソードでも言いましたけれども私たちのこの体から入ってくる感覚自体も
これは客観的な外部から入ってくる入力ではなくて脳がある程度作り出しています予測として作り出しているわけですねですので予測された入力をこの脳が再現しているにしか過ぎないのでなので実はこの体の身体感覚というものも変化させることができてしまいます
その予測の度合いというもの変化させたりそしてその予測であるということに気づけるということも可能になりますですのでそうなると体感覚が変化するわけですねこれをさらに利用してあらかじめ違った体感覚というものをイメージしておくというトレーニングここまで拡張することによって
メタ認知のその強さこれをさらに強力することによってIQを上げるこの世界をどう認識するかという認識の仕方を他者よりもより広くそして鋭敏にそして捉えるその視点というものを複数持つことができるといったようなテクニックですね
私たちは非常に多くの情報というものをこの目や耳や様々な入力器官(センサー)から受け取って脳が処理しているわけですけれども大半が捨てているわけですこれは捨てた方が脳にとってみればリソースを節約できるので生存上有利なわけですけれども
しかしその捨てている情報の中や頭の中で合成している情報というものもその仕組み自体を私たちが方法を変えてしまえばまた違う接続の仕方や合成の仕方そして入力から受け取ったものをどう処理するかという処理の取ってくる情報を変更したりすることによって
今までと違う視点それこそ他者と違う視点やこの世界全体を眺める時に本当のありのままの世界というものを多角的に見ていくといったことが可能になるわけですね
特に私たちが生きているこの世界というのは本当は多様な世界でどう捉えたところでその捉え方次第で全く違うストーリーになってしまうといったようなことが可能な世界ですなのでそれらを比喩的に暗喩的に言っているのが多宇宙世界というストーリーにすることによって
私たちはそれに近しい疑似的なストーリーとしてそれらを飲み込んで実体験としてストーリーを感じ取ることができるわけですけれども実際に多角的な様々な視点をイメージすることができればこの私たちの目の前で起こっている出来事それこそ他者との対話とか
これが1対1でもそうですし一対多でもそうですでこのような私のように一方的に話すスタイルでこれを見ている方達がこの画面の向こう側でたくさんいるかもしれないといったような状態であっても
それを意識しながらそれをイメージしながら捉えることができればそれこそ自分が何をしゃべるのかそして自分がどのような振る舞いをするのかこれ自体も変更がかけられるわけですねなのでこうしたことを実現するための体感覚としてのイメージ
この方法を今回はお話ししたいと思います前回のエピソードでは何かを実行しようと思った時例えばペンを取るという時に手をペンに動かすというこのすごく単純な動作なんですけれどもこのイメージをするときに
よく『引き寄せの法則』では「願望を強く持てばあらゆるものが引き寄せられます」「あなたの願望が自分の方にやってきます」といったようなそういった比喩を使いますでこれをすごく単純な例に置き換えると
ペンを取るときにペンに対してペンを自分の方に「来い来い来い来い」というふうに願った強くイメージしたところでペンは来ないですよねそれに対して逆でペンが自分の手を引き寄せているとなので指がペンに引っ張られていくと考えると手は動くわけですね
それによってようやくペンが手に取れるわけですこれは今までの発想とは逆でペンに対して手を動かす手によってペンを動かすといったそうした自分が動くことによって世界が変わるという
そういった順番で考えますが発想は逆にしてこの世界に対して自分が動かされているそこに対して「引き寄せられている」という風に考えるとこの体の身体感覚というのは少しずつ変化していくわけですねこれが前回のエピソードで言いました
私たちは「引き寄せられている」という風に考えると行動だとか思考も変わってくる成功というもの自分が目指す目標というものがあってそこに自分が引っ張られているという風に考えると行動を起こす時や
自分の視点や視野というものが今までと違うようになってくるこれによってまた少しずつ自分の行動が変わっていけば結果が変わりますのでそうなるとまた新しいヒントや気づきというものが得られる要はメタな視点を持つことによって多様な視点を持てるようになるということになります
今回はそれをさらに拡張させてこの対象物に対して引っ張られているではなくて自分自体とあとこの環境自体が引っ張られているというイメージを持つための方法これを紹介したいと思います
まず端的に言いますと自分の周辺にドームこれは球体のドームがありその球体のドームの内側に自分がいるこの外側にある球体ドームはその中にですね見えない糸が私たちの体に無数につけられており
そしてそのドームの膜外側の膜が外側にこう引っ張られることによって私たちの体も引っ張られていくなのでこの手が上がるのは自分が手を上げようとしてあげたのではなくてそのドームの外側が向こう側に行ったことによってこの手が引っ張られていく
といったような状態をイメージしてみてくださいそしてこの球体はどんどんとこう大きく自分がイメージできるサイズでいいですので大きくなった場合はかなり遠いところから自分が引っ張られているというイメージもできると思います
なので私の子たちの体のあらゆるところにこの見えない糸がついているとなりますと少しこう引っ張られた状態軽い緊張状態ですねこれは引っ張られているという
そのちょっとした引っかかりがイメージできるようになれば私たちはこの球体の内側にいるしかし引っ張られているそうなると私たちのこの動きというのは自分自身でこの動きをしようと思ってるわけではなくて
この外側の球体が引っ張ったりあるいはへこんだりすることによって私たちの体や手の動きというものが自然と引き出されていっているという風に考えてみてくださいこれを自分だけでやっている場合であれば体感覚変わるということだけで終わりですけれどもこれをこのドームの内側にあるものすべてが
実はそのようになっているという風にイメージを広げてみてくださいこれは目の前にいる誰かと会話をしている時でもいいですけれども相手もこの自分の周りを取り囲むドームの内側の中からその糸によって引かれているというふうに捉えてみてくださいすると目の前にいる相手が動くのは相手の意思で動いているというよりも
この外側の球体が引っ張って相手を動かしているそれこそ喋ることとか頭の中で思考をしている考えこういったものも全て相手が全てコントロールしているわけではなくて実は外側のドームがコントロールしているとというようなイメージを持ってもらえれば
目の前の人が例えば自分に気に食わないことを喋っていたりあるいはつまらなさそうにしていたり感情的になったとしてもそれは相手そのものが問題なのではなくてこのドームがもたらしているものだという結構引いた視点
広い視点で捉えることができるわけですねとなると目の前の人間だけではなくてこのここにある視界に入るものや視界に入らない背面だとかさらに遠くのビルの向こう側とかそれをこそドームを広げれば広げるほど
物理的に自分の目に入るもの以外のものもそのスコープの中に入るわけですけれどもそうしたものもドームの内側であればそれらに対して引っ張られているというふうに考えますとすると目の前のものに一点集中するのではなくて
常に引いた視点によって物事を捉えられるとそうなると些細な変化だとか小さな変化も発見できるようになります相手が感情的になっているという風なそうしたシチュエーションであったとしても
その感情的になっている中でも相手のわずかな表情の変化とか喋っている言葉そのものではなくてその喋っている発話している言葉の構造に注意が向いたりしますそうなるとその重心としての力点というものがどこにあるのかということも発見しやすくなり
この直接的な自分の視界に入る気になるポイントばかりに自分の注意が向くのではなくて客観的に見ていくことによってこの全体としての構造というものを眺めることができるわけですねとなると相手がなぜそのような発話をしたのかというその発話そのものの内容だとか背景に気を取られるのではなくて
この一連の会話というこのコミュニケーションというものが一体どのようなメカニズムで引き出されているのかといったような深い視点を持てることがありますこれは相手が話しているその相手そのものを捉えるだけではなくてこの相手が蓄積してきた歴史や
そしてその相手が経験してきた過去の経験だとかあとは相手の内面として感じているであろうことこれは感情的な部分もそうですし身体感覚としての感覚もそうですけれどもそういったものもメタな状態として捉えることができれば
相手が感情的になっている理由が相手の自覚している問題が原因だと相手が思っているそのように主張してきたとしてもそれだけをその原因として特定してその問題を潰しにいこうと解決しにいこうとするのではなくて
もしかすると相手も感じ取れていない相手も自覚できていないところに実は原因があったりするということに気づけたりもしますいわゆるそういった可能性を排除しない状態で様々な多角的な視点で目の前の問題というものを眺めてみる
それこそ問題でないところも眺めることによって新しい発見・新しい気づきが持てるといったことができると思いますこの身体感覚変化することによって思考が変化するといったことがこれらのことを実際に実践としてイメージしてやってもらえれば身体感覚の変化が思考の変化を促すと
そして思考が変化してくるとさらに身体感覚も変化するとなので私たちの体とこの思考というものは実は密接に結びついていますのでそれらを基にして私たちが持っている潜在的な力それこそ想像力や観察力そしてそれに対する反応をする力
こういったものが今までのあなたの持っている能力をさらに1段さらに1段と引き上げてくれるきっかけになると思いますのでそうしたイメージそうした感覚というものを一度試してもらえれば面白いんじゃないかなと思います
私の著作『超える技術』まだ読んでない人はAmazonでポチって買って読んでいただければと思います他にも著作いくつか書いていますので気に入ったものがあれば買って読んでいただければと思います今日もお疲れ様でした
