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「記憶」の中のあなたはニセモノ:人が自分自身を騙す理由:進化が生んだ自己欺瞞の謎を解明 [ ポッドキャスト 自己啓発 成長 目標達成 心理学 脳科学 人間関係 成功 潜在意識 脱洗脳 自己肯定感 ]

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今回のポッドキャストでは「なぜ人は自分自身を騙すのか」というテーマで、自己正当化のメカニズムについて深掘りします。日常生活で無意識に行っているかもしれない心理的プロセス、いわゆる「自己欺瞞」を解説します。 私たちが行動や考えを都合よく正当化することにより、どのように自分自身を騙しているのかを具体例と共に考察します。例えば、試験中のカンニング行為を「他の学生もしているから仕方がない」と正当化する場合の心理的背景についても触れます。また、禁煙に失敗する人が自分の行動をどのように正当化するのかについても解説します。 自己欺瞞のプロセスには、「動機づけられた注意」「動機づけられた解釈」「動機づけら
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今回はなぜ人は自分自身を騙すのかという自己正当化のメカニズムについて解説します私たちが日常生活で無意識のうちに行っているかもしれない心理的プロセスいわゆる自己義満というやつですね自分の

したことあるいは自分が考えてえその行動を取ったことこれらが間違っているあるいは自分にとって都合が悪いことしてしまったそれを後から自分の中で記憶を書き換えたり正当化するような行動という

ものを重ねることによって自分自身を騙してしまうというこういった修正が私たち人間には備わっています一見これはマイナスの行動のように思いますが実際には進化上このような心理プロセスが残って

いるということはメリットもあるわけです今回はそのデメリットそしてメリットでこれらをどう克服するかメカニズムやその対処法についても説明していきたいと思い[音楽]

ます例えば誰かが試験中にカンニングをしていたとしますえ試験後その人は自分の行為を他の学生もしているからこの1度ぐらいは仕方がないと正当化するかもしれませんえこの場合不都合な真実つまり

カンニングは不正行為であるという事実から目を背け自分の行動を道徳的に正当化しているわけですねでこのプロセスによりその人は自分が不正を行ったという現実を受け入れずに自己の両親を守り事故の道徳

的自己像というものを維持することになりますこれは自分自身がこういう人間でありたいと思っている自己像ですね実際にそのような人間なのかではなく自分のことをどのように見せたいかどのような自分で

会って欲しいのかという道徳的自己像こちらの方を優先した結果になります私たちはこの心の奥深いところで自分自身が何物であるのか何者であって欲しいのかという願望を持っていますしかし実際に

本当の現実を反映しているわけではないということが往々にして起こります例えばタバコをやめたいタバコを吸わないタバコを吸わない人の方がかっこいいらしいと思っていてもなかなか禁煙はできないもの

ですね何度も何度も禁煙に失敗する人というのは世界中探しても悩み事のコーナーを見れば禁煙ができなかった失敗しましたといったような相談を見る限り多くの人がそれに悩んでいますしかし禁煙をすると

決めたその人の中ではタバコを吸わない自分タバコを吸うのがかっこ悪い自分というものが本来奥底の方にあるわけですけれどもしかし自分がタバコを吸ってしまっているという事実と一致しないここ

をタバコを吸ったことをうまく正当化していく自己正当化していくあるいはうまく記憶から消して自分がタバコを吸っていることというのをどんどん忘れていくようなメカニズムこれが実は私たちの心理にねい

ている仕組みにあったりしますなのでタバコを全く吸っていないというよりも1日でタバコを20本吸ったにも関わらず自分の記憶の中では23本しか吸っていないといったような都合のいい記憶の

すり替えを行うわけですねあるいは自分にとっての記憶の濃さこれをどんどん薄めていくことによってあまりタバコを吸っていないない自分といったようにして自分の行動の印象というものを記憶上から薄める

ことによって自分の内側にある自己像とうまく一致させようとするわけですねでこれらをえ自己義満と言います自分自身を騙すというメカニズムですねなぜ私たちがこのような自己義満というものを持ち

そしてそういったものに頼ってしまうのかここのメカニズムから説明をしていきたいと思います今回はま最新の心理学研究を元に自己義満の背景にあるメカニズムとその日常生活への影響についてえ少し深く掘っ

てみたいと思います私たちはこの自己義満に陥るある一定のパターンというものがありますで今回はそれらをうまく分類して3つに分けてパターンを説明していきたいと思います1つが同気づけられた注意2つ

目が同気づけられた解釈3つ目が同気づけられた記憶という自己義満の3つの主要な側面という形で順に説明をしていきたいと思いますでこれらのプロセスが一体どのようにして私たちの得的自己像を保護する

ことになりそして不都合な真実から目を背けるのに役に立つのかといったことも解明していきたいと思います実際にはこれらを実験子で実験をしてえそして自己義満がどのように私たちの認知や行動に影響を

与えるかについての具体的な例についても紹介していきたいと思います自分の声を他人の声と間違えるという実験から私たちが自分たちの行動をどのように認識して解釈して記憶するかについてのま驚くべき

洞察というものも定提供できればと思います事故慢は私たちにとってとても快適な空間快適な記憶というものを提供してくれますが私たちの倫理的な選択や行動にまどのような影響を与えるかということを

理解した上で使うというのは有益ですがあ自分自身がその自己義に陥っているということに自分自身を騙してしまうので自分も気づかないというここがとても自己我慢の根深いところで今回はそうしてえ自分自身

が自己慢に陥っているということにいち早く気それによってそれを利用するのかあるいは改善するのかそこを皆さん自身で選択できるそういった視点というものを提供できればと思います自己義の複雑な

世界について理解をしていただき自分自身の周りの人たちや自分自身に対して新たな視点を得られるそれによってえ自己義満が不思議でありかつうまく使いこなせればあとても強力なツールになるしかし逆にそれ

らは私たちを破壊的に破壊的な行動をすることにもつながりますのでモの剣として十分使い道やその危険性そして有益性というものを理解しておくそのために自己義満という現象を理解してくれればと思い

ますでまず1つ目ですね同期づけられた注意について解説したいと思いますではまず1つの事例ですねえ想像してみてくださいあなたが自分について何かいいことを聞いた時その情報は心地よく感じて

耳に残りやすいということが今まであるんじゃないでしょうか反対に自分にとって都合の悪い情報はなかなか受け入れがいものですよねえこれが同気づけられた周囲と言われる現象で私たちが自己義満に陥る

重要なプロセスの1つです自己義満とは自分の行動やその結果について全ての真実を自分自身に伝えないという選択的に伝えないということをしますつまり自分にとって都合のいい真実だけを受け入れて不都合

な真実からは目を背けるといったことでえこの同気づけられた注意というのは私たちが好ましいと思う情報には敏感になる反面不都合な情報は意識的にあるいは無意識的に目をそらす効かなかったことにするえ脳

に記憶させないというメカニズムですねえ例えば健康診断で異常なしと言われた場合はその結果を素直に受け入れて覚えているんですけれどもしかし異常ありと言われた場合はその結果の正当性を疑って他の病院

にかかろうとしたり間違っているという風にえ疑ったりして受け入れないということがありますでこれは好ましい結果はすぐ受け入れるしかし不都合な結果は自分にとって自分にとって受け入れがたいので

抵抗を示すといったような同期づけられた注意のま典型的な例ですねで心理学ではこの同期づけられた注意の概念というのは非常に長い歴史を持ってまして自己義満を含む多くの行動パターンを解明する鍵と

なっていますこの同期つけられた注意はま私たちが自分の行動を正当化して事故の道徳的自己像を維持するために無意識のうちに行っている戦略の1つと言えますでこのプロセスを理解することで私たちは

自己義満の仕組みをより深く理解するすることができ自分自身のや他人の行動より公正に理解すること評価することができるということですなのでこの自己義満に陥っている場合というのは客観性が失われます

ので客観的にどうなのかという判断が非常に難しくなりますなので第3者のことであれば冷静に客観的に評価できるのに自分自身のことを評価しろと言われると歪められてしまうというのはこのせですねこれ

はどんなに評価が正しく正確に行うことができる人間でもそこに自分というが混ざってしまうと冷静に客観的に評価できないということになりますでこの同期づけられた注意のメカニズムどういう風に起こるかと

言いますと自分にとって好ましい情報を積極的に探して不都合な情報からは目を背けるということですけれどもこの選択と焦点化と言われるこのメカニズムは動きづけられた注意のま根幹をなすメカニズム

で私たちが元々脳の脳に備わっている認知的な特徴となりますでこの同気づけられた注意が自己脳道徳的地誤像を保護するために特定の情報を選択的に探すあるいは回避するといったことを行うわけですけれども

自分が道徳的に問題があるかもしれないという行動を起こしたといったような情報に関しては無意識に目をえ背けてそしてえ事故の行動を正当化するという情報に集中しますま実際にこれがま大きな問題になっ

た例としてはま企業の不正行為に関するスキャンダルこれをま1つの例として考えてみてください関係者はしばしば不正行為を正当化する情報に注意を向けて批判的な情報からは目を背けます例えば法的な教会

線が曖昧な戦略を使用している場合その戦略が法的に許容されるという証拠を積極的に探し疑問を呈する声は無視する傾向にありますこれはその戦略が法的に許容されるであろうという回答が得られるまで

どんどんとその証拠書を積極的に探し提示し拒否されてもまた別の法的に許容されるという証拠を探したし提出し許容されるという証拠を探し続けるとギリギリ法律的にokかもしれないといったようなラインに

提案が出出てきた時にこれぐらいならもしかしていけるかもしれませんねみたいな回答を得たらよしホーム部がオッケーを出したぞという風にして進んでいくわけですねでこれはもうこの戦略が法的に

正しいんだという結論を得たいがためにもうそこに何がなんでも持っていってやろうという風に迫っているわけで法的な判断というのは本来客観的な判断によって下されるものですからこれが法的にOkな

のかというそのオッケーであるという証拠だけを探してきて突きつけるというのは実際にはかなり偏った結論を出すことになりますが私たちはついついこういったことをやりがちなわけですねでそれが企業

という複数の人間が意思決定を行う場合でもそれは起こりますそして逆に複数の人間で行った時の方がこの集団としての自己義満というものはより強化されたりします周りがそれがオーだと言ってしまえば

みんながもうオーだと言ったという風に錯覚することによってで自分たちは問題ないと大丈夫だという風に思い込ませることがより簡単になりますなので周りの人たちが全員不正というような結論が出る

ような事例であったとしても大丈夫だという証拠を書き進めてきてでそればかりを提示し続けるでそればかりを自分たちを意識し続けるとなると集団でそれがオッケーだという感覚錯覚に陥っていくと

いうことですねこれが同気づけられた注意というやつで次に同期づけられた解釈ですねこれは2番目の主要な方法ですがが行動そのものとそれに対する私たちの責任の理解の方法に関わりますこの戦略は道徳的

自己像を支持する証拠を積極的に求めたり朗読的事故として事故を見るのが難しい証拠をま避けるという傾向にあります自分がこうあるべきこうありたいと思っているものと一致しない証拠は無視するという

ことですねで代わりに不道徳な行動を道徳的に問題ないという風に捉え直すといったことを行います小さな誤ちを犯した時それを誰にでもあるミスという風に考えることによって自分を慰めえそして自分の行動を

受け入れやすくするということですねで自分の行動に対する責任の理解というものを最小化するこれは仕事でミスをした時に誰も完璧でないという風に自分に言い聞かせることによってそのミスに対する自分の

責任を軽く感じさせるわけですねそして状況の曖昧さというのを利用する曖昧な状況では状況が悪かったからと外部の要因に責任を押し付けることによって自分をよりよく見せようとします例えばある学生

が論文で盗みは間違っていると明確に述べた論文を書いた後にスターバックスから新聞を支払わずに毎日持ち去っているということを告白したという例がありますで彼はこれを盗みではなくコーヒーに多額の

金額を払っているのでそうした多額の利益をむさぼっている企業に対するま正当な報復行為だという風に主張しましたこれは個人が自分の行為というものを道徳的に問題ないものあるいは少なくとも道徳的に

正当ができるものとしてこのような主張というものを展開したと自分自身は道徳的な人間でそしてえ企業の倫理官や企業の道徳官に対して個人がまさやかな抵抗をしたこれは正当な行為で不正ではないという風

にすり替えたわけですねでこの学生は盗みは間違っているという論文を書いたにも関わらず自分自身が盗みをしているこれを自分自身に認められなかったわけですねなのでここが自己正当化自己義満ということ

が起こっている状態となりますでこれがえ企業で行われた場合ですがヒューレットパッカードのスキャンダルというものがありますこれはあのリークした取締り役を特定するために雇われた私立探偵が法的な

協会線が曖昧な手段を行って取締り役の個人電話記録にアクセスしました調査に関与した上級職員はこの手法が法的に許される範囲内であることをホム部から何度も確認しましたで彼はえ望む回答を得るまで

質問を何度も繰り返し最終的に技術的には違法ではないという法的助言を課題評価しましたこれは個人がが事故の行動を正当化し道徳的自己像を維持するために情報の選択的解釈にバイアスをかけるというもの

ですねこれは何度も何度も自分は大丈夫だ間違ってなということを一応他人には確認したとでそれでOKという返答が得られるまでしつこく聞き続けて相手がまOKだろうという風な解釈が取れるような回答

が来たらよしオーが出たという風に自分自身の考えを擁護していくわけですねであとは実験室の研究でえ個人が障害者からどの程度離れて座るか選択するかというのを実験で行いました参加者は2つの席から

選ぶことができ一方の席は障害者の隣もう一方の席はそれよりも遠くに設置される席でしたテレビ番組が同じであるという条件と異なる番組をえ見ているという条件とこの2つの条件が設けられて参加者は偏見

を持っているように見られたくないという同期から番組が同じであれば障害者の隣に座ることを選択しましたが番組が違う場合はトクの席というものを選びましたこの実験は状況の曖昧さが事故の行動をより

好ましい方法で解釈することを可能にする方法を示していますえ番組が同じであれば離れて座るというのは不自然なのでもしそのようにして離れて座った場合は差別しているという風にすぐに見抜かれてしまう

というその心理的なプレッシャーがあるので隣の席に座ったしかし番組が違えば隣に座る理由はないのでえ遠くに座っても構わないだろうということででえその番組が違うという理由を用いることによって本人

の無意識的な差別意識というものが表面化していくということですねしかしそこに自己義満テレビの番組が一緒だから違うからというこれらの理由が自分の行動の正当化に持ちられたということになります

でこれらのことによって個人は自己の道徳的自己像というものを維持するこれにとても大きな力を使います人はみ自分自身のことを道徳的な人物だと思いたいですし他人からもそう思われたいわけですねこの

道徳的なという道徳というものは人によって違いますのである人はこれが道徳だと思っている自分にとってみればこれが道徳だと思っているというそういったま価値観の際はありますが大半の人は自分の持って

いる道徳感これがえ周囲の人たちと比較的似ている状態にあると思いますのでなので周りからどう思われるかを自分の道徳的自己像という風にえ用いてる場合が大半ですので人は皆どう人から思われたいか

自分自身がどうであありたいのかどうだという風に自分も思い込みたいのかこれが道徳的自己像というものになりそれの維持にはこういった自己我慢を用いてでもなんとかして道徳的自己像を一貫したものにし

たい自分は行動を取ったこれが道徳的自己像に反していないちゃんと道徳的自己動に沿った行動を自分は取っているという風に自分自身を思い込ませるということですねそれによってえ自分自身は安心することが

できそして自分は道徳的な人間であるという風に思い込むことができるわけですで次次にえ3つ目え同期づけられた記憶に関してですねこのえ自己義満を考える上で重要なのは私たちの記憶です私たちはこの

道徳的自己像と一致しないものに関しては記憶しない忘れるということができてしまいます逆に自分の道徳的自己像と一致するものは覚えている積極的にえ覚えて優先的にそれらを何度も思い出せるように

というメカニズムが私たちには備わっています私たちの過去の行動の不正確な記憶これが実は道徳的自己像を守るに有利に働くわけですねで研究では人間の記憶がいかに不完全かというものを示すような

ものというものは今までもたくさんあります時間が経つにつれて私たちはむしろ忘れたい行動をよ都合よく忘れることができますしまた思い出す時を思い出さなければならないというシチュエーション

ではより自己奉仕的な説明を作りいたします自分自身を擁護するような記憶というものを作り出すことができますその偏った記憶という状態これが道徳的な領域で特に強くなります私たちが論理的であると信じ

私たちが自分自身を見る方向と一貫して過去の行動を思い出すことが重要になってきますので過去の違反行為はより良い行為よりも頻繁に思い出さ思い出すということはありません悪い行為の方がいい行為より

も思い出せなくなる忘れていくということですねつまり私たちが過去の違反行為を思い出す時には道徳的自己像に合うようにすり替えてしまう記憶を上書きしてしまう修正してしまうってことが起こりますます

私たちは誇りに思う個人的な歴史を恥じている個人的な歴史と比較してより詳細に覚えています自分にとって誇らしい歴史は覚えているしかしはずべきような個人的な歴史というものは忘れていくという傾向に

ありますしかし他人に対しての記憶というものはそのようなバイアスは働きませんなので他人の嫌なことは覚えていますそしていいことも覚えていますなので自分自身はいいことを積極的に覚えていて悪いことは

覚えていないしかし他人に関してはいいことも悪いことも覚えているとなるとこの2つの比較をすると他人の方が悪いことをしているように思うわけですね他人の方がよりその悪い面ネガティブな面マイナスな

面をより多く探しているということになりますなので自分についての嘘に関しては完用であったとしても他人の嘘には厳しいというそうしたメカニズムになってしまいますなので私たちは他人の不正や他人の

間違いに関してはより強く指摘するにも関わらず自分自身が日常的に行っているさやかな不正だとか嘘に関してはよりさやかであるよりこれえ警備であるなので罰されるほどのものではないといったよう

な捉え方をしてそして記憶の中からも消していくなので自分の方が悪いことはしていないという風に自分自身で思い込ませることができそして他人の不正や他人の嘘これに対してより強く言及するということ

をお互いに行うそういった修正がありますえ同気づけられた記憶に関する実験ですがこの自己義満における記憶の役割に関する研究ですねえ私たちがどのようにして道徳的な規範を忘れるということによって不正

行為を正当化するのかといった研究えそれらを解明するための研究ですけれども不正行為をした後で人々がその行為に関連する道徳的規範例えばあ守らなければならない規則やルールこれらを忘れるということが

研究では示されています例えば作業マニュアルの中からやらなければならないと書いてあることしかし自分がそれを日常的にやらなかった場合にはまでそこに書かれてなかったかのように意図的に忘れると

いうことが示されています私たちは違反した原則を覚えていないということができれば私たち自身は少なくとも記憶の中では不正をしていないという風に自己擁護できるわけですね望ましくない記憶を神経

レベルで能動的に忘れることができるというま最近最新の神経生物学の研究によって指示されています言い換えれば私たちの脳は私たちが知りたくないものを意識から遠ざけるように設計されていますたちは

自分たちにとって都合の悪い記憶や都合の悪い刺激情報というものはなるべく脳に貯めないと記憶しないとそしてえ積極的に削除していく忘れていくということができるということですである研究により

ますとえま私たちは過去の出来事についての捏造を信じることがあります記憶が時間と共に定着するのでえそれによって捏造した記憶というものがむしろ自分の中で強固になっていき本当にあったことという風に

自分自身は信じ込んでしまうとことがあります実験では参加者がビデオを視聴した後存在しない特定のシーンを思い出すようにという風に指示を受けましたでビデオの直後だと参加者の大多数がそのえ思い出す

ようにと言われたシーンは主張していないという風に否定しましたしかし2ヶ月後にそれらのシーンを思い出してくださいと言われた場合は見たことがないにも関わらず50%の参加者がこれらのシーンからの

詳細な報告というものをしましたこういうシーンでしたこういうことがありましたということを報告しました一度過去の別の歴史が私たちに示されるとそれは私たちの記憶に芽ばえてしまい徐々に現実的になっ

ていきますさらに以前の不道徳な行動これを後悔している場合その場合は代わりに別のストーリーこれらが自分にとっては魅力的になるようなストーリーであればそれ以降ですね自分の記憶というものをその

魅力的なストーリーの方に書き換えることによって自分の過去の不正そのものが全く別の行動に自分の記憶の中ではすり替わってしまっていて自分が起こした行動これ自体も自分の記憶の中ではなかったことに

なっている別のことを自分は対処した行っていたという風に記憶を都合よく書き換えていくとことが起こりますでまた1つ別の面白い研究実験というものをちょっと紹介していきたいと思いますけれどもまこれは

ですね自分の声と他人の声を間違えるというそういう実験なんですけれどもえ実験の設計は次のような設計になってますえ参加者は自分自身の声を録音してその後自分自身の声と他人の声が含まれる30の

音声クリップを聞かされましたで参加者にはどのクリップが自分の声の録音であるかを指摘するように指示されましたでこのプロセスの中に参加者の不伝動反応これも追跡されましたこの研究はですね参加者が

自分の声を聞いた時には皮膚伝動反応レベルが一貫して変わらないということを発見したことを応用してますこれはあの参加者が意識的に声を自分なのか他人のものなのかという認識しているということ

を皮膚から読み取っていくわけですねでこれによって皮膚反応によって自分自身がそれを自分の声だという風に認識しているかどうかというものを評価していくわけですけれどもこの自分の声を用いた場合と

他人の声を用いた場合で何を言わせたかの文章の中身が否定的に見られる可能性があるような文章を読ませた場合は他人のものという風に誤認するこの声は私の声じゃないという風に認識するというもの

そして自分にとってポジティブに思えるような文章というものが読み上げられた時はそれは自分の声だという風にするそしてさらに他人の声を使ってポジティブな文章を書い文章を読ませた場合はそれも自分の

声だという風に誤認するということが起こったわけですこのどのような文脈で発されたのかということも自分の恋なのか他人の恋なのかというものの認識の仕方ですらも実は影響を受けてしまう自分の道徳

的自己像に合うような方を選ぶということになりますなので本能的なレベルで他人の声と自分の声というものを文脈に応じて判断をし間違えるということが起こるわけですねなので自己我慢が起こっていると

いうことを自分自身で気づくのは非常に困難だというそうしたことを示す実験結果となりました皮膚反応の時点でも自分の声なのかどうかというのを反応で決めて決めてしまったものが反応とし出ているという

ことですので意識の層に登ってきていないその手前でもすでに自分の声だそうではないという風に判断しているそれぐらい私たちは自分自身の自己像というものを守る道徳的自己像を維持するということに

対しては本能的なレベルでそのような機能が動いているということですねえここからはなぜでは私たちがこのような自己義満というものを持つように進化したのかということですけれども私たちは進化の過程で

自己義満の能力を獲得したという風に考えることが妥当ですけれどもその具体的な理由に関してはま様々な意見があります1つの考えは自己義満が社会的な相互作用を円滑にして個人が集団内での地位を保つ

のに役立つかというものですねえ自分の欠点や不都合な事実から目を背けることで自信を持つことができますそしてえ他人との関係を維持しやすくなるというわけですねで自己義満はストレスや不安からの精神

的な逃避手段としても機能します精神衛生を保つのにも一役買うということですねえ自分が何か不正をしている人間だと思うよりも自分は誠実で一貫して信頼できる人間だと自分で思い込めた方が安心でき

ますよね自分の失敗を認めずに自信を持って振舞うってことができれば他人からの信頼や尊敬を得やすくもなりますで困難な状況をポジティブに解釈することができればストレスや不安も軽減することができて

精神的に平穏な状態というのを保つことができるということが挙げられます精神的に不安定になるとそれだけ多くのエネルギーを消費しますので生存上も不利になるわけですねでこのような自己偽満のメカニズム

これが人間が社会的な生活を送る上でま有利な適用戦略として機能しているではないかというふに考えることもできるわけですねであとは生存や繁殖の成功に直結する状況でも有利に働きます例えば自分の

能力や健康状態を課題評価することができれば配偶者を引きつけることができたりライバルとの競争において自信を持って挑むことができる逃げずに戦うことができるそして自信満々に見せることが

できれば相手から魅力的に移ることができるですねえなので俺はできるそして俺はこれだけの能力を持っているさあ来いという風にそういった姿や制を見せることによって怯むことなく相手と退治できる

そしてその姿を見て相手が怯むかもしれませんよねそうなると勝負に勝ちやすくなるということですねこうしたま自己義満はま事故の生存と遺伝子これをま自世帯に残すチャンスを高めるということとま進化

的に有利な戦略としてえそのような能力を持った人の方がより多くの遺伝子を残して生存してきた逆に自己慢が苦手なあ遺伝子の人はどんどん淘汰されていなくなっていくなので私たちは自己偽満が得悔いだっ

た末裔だということもできるかもしれません自分の弱点というものを認識しつつもそれを外側には見せない他人には見せないということで社会内での地を確立しやすくなるという側面も考えられますでこの自己

慢をじゃどう利用すればいいのかどう向き合えばいいのかですけれども短期的にはメリットがありますが長期的にはデメリットがありますなので自己偽満を使う時というのは緊急的にそして限定的に

使うというのが本来のいい使い方ですね逆に的に自己議を繰り返すと逆に破綻してしまいますなので私たちはこの自己偽満の使い方に関しては局所的かつ短期間に対してのみ使うという使い方によってまその場

しぎや緊急の危機回避というものができるそういった使い方に限定するというのが自己義満の使い方になりますでまず短期的メリットの活用のま例ですけれどもこの自己義満がうまく機能する心理的気候が

提供するえ一時的な安心感とか自尊心の保護というものをは適切に使用できればストレスを軽減したり自己肯定感を向上する向上させるということに役立つこともありますでこのプロセスを自覚して

なるべく制御可に置くことですね自分は今自己機を使ってストレスを抑えようとしているあるいは自己肯定感を一時的に上げるということに使っているという風に理解しておくことが重要ですでしかし自己我慢と

いうのは自分自身を騙すということなので自己慢の全中にいる時はそれ自体も分からない気づかないのでどこかでふっと覚めた時に間いか自己慢に陥っていたなという風にして短期的な自己慢から抜け出すという

使い方ですねでそれによって自分のあちちを正当化しようとしたりえその瞬間に気づくことができれば健康的な方法で管理ができますこの認識自己義満に気付けるという認識はえ自己反省と瞑想の習慣を持つ

ことによって可能となりますあとは自己偽満がもたらす一時的な安心感これをメリットうまく使う方法としましては自己改善ですね一次的な休息として活用するというものです例えば重要な

プレゼンテーションの前に自信がない場合には自分自身にこれまでの準備は十分だったと自分自身を説得することこれはパフォーマンスの向上につながりますえこのような自己義満は過度にならない限り

短期的には自尊心の向上に役立ちますしプレゼンテーションがうまくいく可能性も上がりますま重要なのはバランスですね自己慢を利用する時は自己肯定感を一時的に高めるためという風な限定的な戦略とし

ては有効ですけれども現実から避する上州的な手段としてなると結局は問題から逃げてばかりになりますのでいつかそのけを払うことになりますなのでこういった自己義満によって提供されたものは一時的な

休息だと考えてまた現実に戻って自分自身が直面する問題をきちんと対処していくという風にえ使ってもらえればいいんじゃないかなと思いますで長期的なデメリットですがこれは皆さんもよくその自己嫌悪に

陥ったりとかあと大きな失敗をするえした際に振り返ると思い当たるところが多いんじゃないかなとは思いますが短期的にはこうした心理的安心だとかま自尊心の保護というものがありますが長期的には自分の

ことをちゃんと理解できない自己理解ができないということと人間関係が悪化してしまうそして倫理的な問題につながるというそうした長期的には非常に大きな損害をもたらす可能性もありますその根底の

問題に関して目を背けることをこれを上昇化してしまうと本当の対象しなければならない問題というものがずっと先送りされ続けるそして解決策を見出すことをしない先送りにしてしまうということが起こる

わけですでまずこの自己偽満を克服する第1歩は現実を受け入れる勇気というものを持つことですで不都合な真実に直面するというのはなかなか心が痛くしんどいものですけれども問題に対処して成長すると

いう考え方でその成長する機会を得ようとしているんだという風にして取り組むということですねで現実を受け入れることによってま自己疑によって尽くされていた問題にちゃんと向き合うことができます

自己義満があることによって自分が直面しなければいけない問題をなかったことにえしてしまいますのでそうではなくちゃんと問題がそこにあってそしてそれを自分は解決をするんだというその直面する勇気

これをまず持つことですねでこの自己義満があるせいで自分自身の評価というものが歪みますので自己義満をちゃんと抑えることができれば自分自身あるいはま周囲の状況の評価というものを正確に評価する

ことが可能となりますでなるべく実践的な問題解決をま取り組もうとすることによって現実は自分の思った通りににならない自分の中の自己慢と一致するわけではありませんので現実に対処していく現実にえ

ある問題というものをちゃんと手を出して対処しようとするすると現実を思い知らされることになりますのでそうなると自己我慢が聞きにくくなる現実がちゃんと自分にフィードバックをしてくるのでその問題

に対処をしていく過程で自己義満はどんどんと柔らぎ現実への認識というものが高まるということになりますこれによって自己疑がより抑制的になり発動しにくくなるということになりますなので現実から

教えてもらうということですねで自己義はもそもそものなぜ起こるかこれはあの初めの方に説明しましたが自分の行動とか信念これと内側の倫理的価値観え道徳的自己像というものが一致しないという場合に

起こるわけですねなのででは初めから一致するようにしてしまえば自己慢は起こりにくくなります自分の価値観というものが一体何なのかそして道徳的自己像というものが一体何なのかこれをちゃんと明確に

してえ常に意識できるようにしておくことによって行動もそれに沿った行動が取れるようになるということですね多くの人は私も含めそうですが自分の内側の価値観だとか倫理感え道徳的自己像というやつですね

これらを実はよく分かっていないということも1つの問題ですね私たちが本当にえこのような人間になりたいこう見られたい見せたいと思っているものと本当の自分が潜在的に思ってるものが一致していないな

ので自分自身もこうだと思ってる自分が本当は違うということも起こってしまうということですねなのでこれらをちゃんと名文化してはっきりさせておくことで本当の道徳的自己像は一体何なのかというもの

をちゃんと探るこれをちょっと安っぽい言い方で言うと自分探しとか言ったりしますけれども本当の自分の内面にある道徳的自己像というものは一体何なのかっていうのを色しておくそして明確化しておく

そしてえ言語化するなり資格化するなりしてえその形がどういうものなのかというものを自分でえ認識しておくとことですねこれはあの人生経験が豊富な人であればま人間はそういうものだという風にして経験

的にもしかすれば分かっているかもしれませんが実際のその心理学の研究ではこの自己偽満というメカニズムは非常に面白い現象で私たちの脳がいかに柔軟にかつ生存に有利なように進化してきたかというのが

分かりますなので私たちはこの世界や私たち自身に関しても客観的にちゃんと記憶しているカメラやビデオのようなものではなくて私たちの捜索物なわけですね私たちが自分の歴史だと思ってるもの自分

だと思ってるものこれ自体も自分が作り出したもの自分が記憶の中で作ってしまったものである可能性が高いわけですなので私が思っている私と他人が思ってる私があまりにも違うということはよく

起こることですよねこれはなぜかと言うと他人から見た私の方が的客観性が高く自分で思ってる自分は自分の道徳的自己像によって歪められている可能性がありますのでそういった意味では自分はこうだと思っ

ていることよりも他人から見てこうですよと言われるそっちの方が情報としては実は正確性が高く客観性があるわけですねなのであまりにも自分はこうなんだということに補習しすぎると自分の中の道徳的自己像

によってえ自分の行動や行為というもの記憶も含めて歪められているものにこだわってしまうとことになりますのでその中で自分が何を成し遂げたいとか自分が何者であるかということに用意しれると

いう一時的な快楽のためにそういった自己義満を用いてえ用意しれるというのはいいと思いますが果たしてその結果欲しいものは手に入るのかなりたかった自分にになれるのかというのはかなり難しいと思い

ます自分はやれるんだできるんだという風に自分の自己像を築き上げて俺はできる男だからいや俺は本当はやれるんだということを心の中で唱えながら結果に結びつかない行動ばかりを取っていてそれも自己

正当化していくということを繰り返していけば果たして自分がなりたい人間に本当は到達できるでしょうか例えばジムに行って体を鍛えて夏までに5kg増量してえ腹筋もわってえあの有名YouTuber

のように体をムキムキにえするんだという風にで自分はできるんだとそういう男になれるんだという風に心の中で込んでえ唱えてノートに書いてジャーナリングしてえアファメーションして言葉を唱えて自分

はそういう人間なんだという風にま思い込めようになったとしますしかし実際の行動でえ今日は雨が降ったからあジムに行かなかったあそしてえジムに行こうと思ったけれどもウェアが選択中でえ乾いて

なかったあるいはシューズが今ちょっとかのところがくずれで痛いので行かなかったあるいは今日はちょっと眠いのでえもうちょちょっと寝てから行かないとここで筋トレしても筋トレの効果が下がって

しまうとか今日は飲み会の約束が久しぶりに来たのでえ今日を逃すとあの友達とは会えなくなるからじゃあ今日は筋トレやめとこうなどと様々な筋トレに行かない理由というものをどこかで見つけてきてはえ

筋トレに自分は行ける人間行く人間なんだけど不足の事態が毎回起こっているのでえ今回はやなしということを毎回続けるとそうなるとじゃあ1ヶ月今月どれぐらい筋トレに行ったんだろうジムに行ったん

だろう2回しか行ってないとも目標は10回だったのが2回しか行かなかったという現実を見た時にでも今月は結構色々あってえこういう時もあるよなと言ってまた次の月に向かうわけですね果たしてそれで体は

変わるでしょうか現実はジムに行った2回の影響しか受けませんので自分が想定している目標に到達するためのジムに10回には到達していないわけですので体は変わらないですよねしかし自分の中では自分は

筋トレをやるやりやろうと思っているそのマインドやあるいは自分がこうなりたいという理想に関しては強い信念や意思を持っているしかしたまたまうまくいかなかったんだだから自分悪くないこれは逃れられ

ない出来事イベントの連続であり人生はうまくいかないものだなとして片付けるそうすれば自分が意思が弱かったことやできなかったことを正当ができるということですねえこれらを私たちは日々

繰り返すことによって変わりたい変わりたいという風に信年のスタートの時に目標をかけたとしても結局は何も変わっていないってことが起こるわけですなのでそもそも自分自身の道徳的自己像が何なの

かということこれとお行動をするんだというその行動とが一致していない場合こうした問題が起こりますなので自分の中の道徳的自己像が筋トレに行くような人間なんだと思っている場合であったとしても

行動がそれに一致しない場合は自己我慢が起こりますなのでどちらが有益なのかと言いますと行動に自分の道徳的自己像というのをすり合わせていく方がまだいいわけですねえジムに行けなかったら自分は

ジムにえ今回は行けなかったんだなという風に考えるとそうするとそのジムに行けなかった理由が何なのかというところをまず分析していこうとするわけですね今日は雨が降ったとじゃあ雨が降ってもジムに

行けるようにはどうすればいいだろうかという風に考えて雨が降った時のジムの行き方あそしてウェアが選択されていて濡れた状態だったとなのでえいけなかったじゃあウェアをもう1枚買えばいいんじゃないか

といったようにして解決策をその場で考えることができるわけですね道徳的自己像としての自分の中にあるものが行動と掛け離れている場合に自己義満で乗り切ってしまうということができてしまうそれが

習慣として癖となってしまっている場合は問題線をちゃんと把握してその解決策をちゃんとひねり出そうとするようなことが働きにくくなってしまうこれが自己義満の大きな問題になります自分の中の自己像と

そして自分の行動というものこれが一致していればその行動というものをま習慣化してルーティン化してえ取り組むことができるとなのでこの習慣化するというのは1つの方法でえ道徳的自己像というものが

習慣化の中で現実と一致していくわけですねえなので難しいことや何か新しいことに取り組もうと思う時にはその習慣化という方法を試してみてくださいなのでそういう場合は小さいことからステップとして始め

てえ小さいことコツコツとできるとでその行動に自分の実際の内面というものが合わされていくのでえそうなるとそうした自己義満に頼って自分を慰めるといったことをせずとも小さなことできることから

少しずつやっていくということができるかと思います私たちはこの自己義満ということから逃れられないえその特性上これを0にすることはできないと思いますが有効な場面使ってもいい場面えろ使った方が

いい場面逆にえ長期的に状態化しないためにいち早くそれを抜け出す意識的に抜け出すタイミングや抜け出す方法これらが理解していてその使い道が分かっていればこの自己偽満というものも自分の中の

武器のうちの1つとして使えるんじゃないかなと思いますはいえ私の著作超える技術まだ読んでない人はAmazonでポチって買って読んでいただければと思います今日もお疲れ様でした

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