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【永久保存版】メタ認知シリーズ総集編:人生を劇的に好転させる!脳と行動の極意を一挙公開!

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🚀【メタ認知シリーズ総集編】脳と身体の潜在力をフルに引き出す究極メソッド💥 これまでのエピソードで培ってきた「メタ認知」のテクニックと知識を一挙に集約!メタ認知の力を活かして、自分の行動、思考、そして感情までコントロールし、目標達成のスピードを劇的に高めるための秘訣を徹底解説します。今まで見逃していたメタ認知の可能性と、その応用法を深く掘り下げる総集編です。メタ認知を理解するだけでなく、日常に応用することを目指し、毎日の生活で劇的な変化を実現する方法をお届けします。 🎯 総集編で取り上げるポイント メタ認知の基礎と応用 メタ認知とは何か?そしてなぜそれが行動力や集中力、パフォーマンスに
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今回はメタ認知の効果について今までシリーズ的に話してきたことをまとめて再編集したものを公開したいと思いますそしてその中でもし気になったものがあれば

過去の動画を見直していただければと思います私たちのこのマインドや体これらを潜在意識を含めて持っているポテンシャルを最大限に引き出すための身体感覚の操作について解説をしたいと思います

今ちょうど私がこの収録をしているタイミングではメジャーリーグで大谷選手が前人未到の記録を打ち立ててそしてメンタル的にも身体的にも今までの多くの挑戦者たちが得られなかった長いメジャーリーグの歴史の中でも

彼 唯一が達成できた偉大なる記録というものを私たちは目の当たりにすることになりましたそれによって私たちは本来持っている能力これはマインドも身体的な能力もあらゆる可能性というものをもう一度

その可能性というものを引き出してもっと望むような人生望むような生き方というものがもっとできるはずというそういった思いを持つことになる人も多かったんではないでしょうか彼のその活躍を見てこれはある種の自己投影かもしれませんが

自分もやればもっとできるんじゃないかという気持ちにさせられるそうした数少ない偉大なる選手の偉大なる記録私たちを今新しい挑戦へと駆り立ててくれるようなそうした素晴らしい瞬間に立ち会えたそういう意味では非常に貴重な瞬間だったと思います

私たちのこの持っている能力やこのマインドというものは実際には眠っている力というよりはその使い方をうまく捉えられないことによって本当はもっと有効な使い方もっと自分の成し遂げたい目標だとか

目的をうまく遂行するために使えるはずの使い方を私たちはそれを知らないせいによってうまく実行が行えないといったようなことがありますこれは私たちが見ているこの世界というものがありのままの世界を捉えているわけではなく

あくまでもこの世界を自分たちが感じ取りたいように解釈しているにしかすぎないといったようなこの認知的な限界それほどこの世界にある情報や私たちのこの感覚器官というものから入ってくる

入力される情報というのは膨大であってそれらを一瞬にしてリアルタイムに処理をしていくというのはすごくエネルギーがかかるわけですねそれらを全て処理していたのでは脳の処理を追いつかないので私たちは必要のない情報は捨てて

そして必要だと思う情報だけを取り出して処理をしていくしかしそういうことをやっているということ自体も脳はうまく錯覚を起こすことによってそのような処理をしているということも気づかせないという仕組みがあります

私たちのこの目は色を感じる色彩を判断する細胞というものは目の中心にしかありませんその周辺は実は色を感じる細胞がないんですねにもかかわらず

私たちはこの世界を見る時に真ん中だけが色があって周辺は白黒に見えているという風には感じないこれは中心しか本当は色が見えていないんですけれども周辺の色は脳が勝手に色付けをしているわけですねなので周辺が白黒であるということにすらも気づかない

ここからもわかるとおり私たちのこの体や脳というものは私たちに対してありのままの世界を見せているわけではなくてありのままに非常に近いシミュレーションの世界というものを私たちに見せているということになります

となるとその前提を理解しているかどうかによって私たちのこの体の使い方とかマインドの使い方というものが変わってきます本当にこの世界をどう捉えてこの世界をどう変えていくかというのもそうですし

あと私たちの体を使って思うような動きをしたりとかコントロールしていくという際にもそのメカニズムを知っておく必要があります多くの脳科学者や研究をして述べている人たちはこのメカニズムについては説明ができますし

多くのその情報というものありますがメカニズムがしているということと実際に操作ができるというものは別なんですね野球で例えば大谷選手の体の使い方メカニズムについて解説できる人たくさんいますが

実際に彼のようなパフォーマンスが出せる人はどれだけいるのかというと実際にいないわけですよねそれはなぜかというと彼のような体の使い方をすればいいというそのメカニズムのことが分かっていても

それをどう感覚としてどう再現するかということが分かっている人がいないということですこれはこの脳の使い方や身体感覚の使い方に関してもそうなんですけれども多くの脳科学者や瞑想だとかマインドフルネスを実践している人との違いはここにあります実践者は実践の中で感覚としてどうすればいいかというものを捉えているので

それらを実行に移して具体的にそれらを元にして世界を変えていくということをしているわけですけれども脳科学者はそうではなくてそのメカニズムだとか仕組みに対して興味があって詳しくはなるんですけれどもじゃあ実際にそれによってその脳の仕組みが分かったからといって

じゃあそれを利用して何か自分自身のマインドだとかメンタルを変えられるかそうではないんですよね皮肉なことに脳科学者とかでは心理学者とかの多くは実は精神疾患を患っていたりもします自分たちの脳だとか心理というものが分かっているようであって

しかし実際にそれを乗りこなせないということですこれは車の整備が大好きで車のメカニズムだとかそれを修理をするというような行為に関しては得意なんだけれども実際に運転をするのに関しては

F1ドライバーとかの方がよっぽど上手いと実際に車を運転するというその操作に関してはメカニズムを知っている整備士よりもメカニズムはよくわからないけれどもどのように反応してどのように乗りこなせばいいかという

その感覚を知っているドライバーの方が優秀なわけです私たちはメカニズムが分かったからといってそれをそのように実行できるとは限らない裏を返せば実行ができてしまっていて感覚がそれをうまく捉えられているのであれば

実はそっちの方が大事だったりするわけですしかし現実には感覚を得てうまくいっていたしかし例えば車であればその車がダメになったりとか調子が悪くなってきた時にその車のなぜこの調子が悪くなったのか

メカニズムがわからないのでうまくいかなくなってきた時に元に戻れないってことが起こるわけですね理想的なのはメカニズムも分かっていてかつ実践もできるその実践の感覚を得ているこの両方があるというのが

最も安定的にパフォーマンスを出し続けられるわけですもし感覚に頼ってその実践をしていく中でそれがうまくいかなくなってきたという時になぜうまくいかなくなってきたのかというメカニズムを知っていればそれをどう対処すればいいかという発想

その着眼点も持っていることになりますし今度はそのメカニズムを元にしていろいろ感覚をまた調整をして試していきながら新しいその状況に合わせた新しい感覚というものを得られることができれば

そこから実践ができるわけですねなので大谷くんのように自分の理想的なバッティングフォームだとかその実践の仕方というものを両方を知っていることによってバッティングフォームが崩れたりとか

あるいは結果が出なくなってきた時に何が問題なのかというメカニズムの方をまた見直してということをしながら感覚を調整をして戻していくということができるわけですねなので高いパフォーマンスを出そうと思った場合には

メカニズムだけを知っているでもダメですし実践をして感覚だけでやっているというのもダメなわけです両方があるのが望ましいわけですねその中でもどっちの方が重要なのかというと感覚の方が重要なわけです

感覚によって実践できるというのが重要なわけですいろんな方がいろんな語り口で話をしていると思いますが大事なのはそれらを皆さんが実践できることですね実践をして感覚を得ることですその身体感覚というものをどう得ればいいのか

そのヒントやその感覚のイメージの仕方というものを中心に解説をしてみたいと思いますこれはスピリチュアル的な観点のそういった視点の表現も使います感覚というものを得るには具体的にはどういう感覚を持てばいいのかと

その感覚の比喩表現をする時にどうしてもそのスピリチュアル的な要素を用いた方がイメージがしやすかったりするのでなのでイメージとしてこういうイメージで描くといいですよというところに関しては少々オカルト的な

スピリチュアル的な表現が含まれてしまいますので今回の私の話は科学的な観点に基づいたメカニズムの説明とそれをどう身体感覚として持ち込むかというスピリチュアル的な感覚というものこれらが行き来することになりますので

ではまず脳に関してのざっとした解説これは私が今まで話してきたエピソードの中でも脳がどういう仕組みなのか冒頭に言いましたが 目の仕組み真ん中しか色が見えないといったようなところからも

私たちがどのようにして世界を捉えているのかということをちょっと比喩表現を使いながら説明をしておきたいと思いますまず私たちはありのままにこの世界を感じ取っているわけではありませんこれは見るということもそうですし

触った時の触感とかもそうですしあとは痛みとかで感情である悲しみとか苦しみとか喜びとかこういったものも実際にこの世界にあるわけではなくて私たちがそのように感じ取るようにこの体が進化をして

そしてその感じ取ったものを脳がそのように処理をしているということで最終的には脳が再現しているわけですなので私たちはこの世界を生きているというよりはこの頭蓋骨の中にある脳の中で生きているわけですこれはどういうことかというと

私たちは絶対に出れない映画館の中にいてそしてその映画のスクリーンの前に座って映画をただただ見ている観客のようなものです私たちはこの映画館から出ることができません私たちはこの脳をこの頭蓋骨から出すことができません

なので私たちは直接世界を見ることはできなくてスクリーンに映ったその映像やそこから入ってくる処理された感覚の結果だけを私たちは眺めているわけですねなのでこのスクリーンに映っているものは世界ではなく

このスクリーンに投影している投影機がどこかにあるはずなんですなので私たちはまずこの世界を見るときに映画のスクリーンの前に座っている観客というイメージしてみてくださいそこに座っている観客があなたですしかしそのスクリーンに映っている映像は

どこかで作られて投影されてるわけですよねするとその映画のスクリーンに投影されているその映像はあなたよりも後ろで投影機があってその投影機から投影されているわけですするとその投影機が実は本体なわけですね

その投影機はそれもあなたなわけですこの投影機が何かというとこれが実はあなたの潜在意識でありそしてこの仕組みに気づくことこれがメタ認知なわけです私たちは潜在意識によって多くのことを自動的に処理しているわけですけれども

私たちは潜在意識と顕在意識自分で自覚ができる意識というものをうまく切り分けているように感じるかもしれませんけれども実際には切り分けているわけではなくてあらゆるものが実は絡み合っているわけです

潜在意識 顕在意識 という風な表現で区別していく私たちの脳の認知機能というものを区別していくのは実はあまり適切ではないんですねただわかりやすいので多くの人はそのように説明することもありますしかつては

本当にそうだと思われてた時代があるのでなのでその名残として未だに潜在意識これは私たちが意識できない領域そして顕在意識というのは私たちが意識できる領域という風な形の分類のされ方で説明されることがありますが

正しくはないんですねただわかりやすさを優先するとそのような言い方をすることが多いと思いますし実際にそれで理解ができて実践ができるんであればそれで効果が出てるんであれば

別にそれはいいかなと思いますが今回はその潜在意識と顕在意識みたいな切り分け方ではなくてスクリーンとそしてそのスクリーンの前に座って見ている観客それとさらにその後ろにある投影機映写機ですね

これをイメージまずしてみてください大事なのはこの投影機の方ですこの映像を作っている映像をそのスクリーンに映し出しているここが本体なわけですね

リアルタイムにこの物語を作ってそこに投影しているわけですね投影機に繋がっているところに映画を作る監督だとか制作スタッフだとかがいて 脚本家がいてリアルタイムに脚本を作っているわけです

しかしそのリアルタイムに作っている脚本だと言ったとしても大半はその脚本とか内容を映像というものは過去に自分が一度使ったものを何度も再利用していますのでほとんど実はもうその投影機の中にはこれから映るであろう映像だとか

これから投影されるであろうものというものはほとんどがもう実はストックとしてあるわけですなのでそれを単に再現として再利用をして使っているにしか過ぎないということで実は新しい物語とか新しい映像というものは

実はほとんど出てこなくなります子供の頃世界を全然知らない見るものが全て新しいという状況であれば次から次に新しく投影されていくわけですけれどもある程度の年齢になってくるとそうではなく

ほとんど再利用して使っていきます新しく物語を作るよりも過去に貯めておいたストックしたものを再放送した方が効率がいいのでほとんどがそのようになりますこれが私たちが新しいことに挑戦できない理由であったり

あるいは私たちが新しいことを学ぶことを阻害する要因でもありますそしてこの投影するイメージがあった場合ですねこの仕組みにまず気づくこと気づけるかどうかこれが単に気づくというのはメカニズムとしてそうですよということを理解するではなくて

実際に本当にそうなんだと感じ取ることができるかどうか自分の今のこの目の前に映っている景色・風景あるいは身体感覚すべてがあくまでもスクリーンの上で再現されているものこれをリアリティのあるものだと錯覚している観客

というイメージがまずできますでしょうか皆さんはただ実は映画を観ているだけにしか過ぎないなので映画の中で主人公は登場人物が痛い思いをしたり悲しい思いをしてもそれはあなたがしているわけではなくて映画の中のストーリーがそうなっているだけ

そこに自分も身体的な痛みだとか肉体的な痛みが自分自身でそう感じてしまうというそれほどスクリーンとあなたはすごく近いところにいてしまうわけですね映画館ではなくてVRゴーグルとかARメガネですよねAppleからApple VISION Proみたいなのが出ましたし

あとはメタ社から出ているものとかもありますがこういったゴーグルをつけてそのゴーグルの内側で映像が投影されていてそれを通じて見ていると観客であるあなたとスクリーンがとても近いところにいるイメージですね

なので目の前にあるそのスクリーンの映像が観客である自分と距離がある実際の物理的な距離が多少あるということこれもわからないで生きてきたここが今回この私の話を聞いたことによって

そこに実は距離があるんじゃないか距離があるというイメージが持てるかどうかですねスクリーンを見ている観客であるということにまず気づくそしてそれが実際にイメージできるそうなって初めて「気付く(目覚める)」といったことを言える状態になります

そしてその次にですがそのスクリーンに映っている映像は皆さんよりも後ろ側にいるところから投影されているわけですということはどこから投影されているのかというとその投影機も実際には実は

私たちの頭蓋骨の中の脳がその投影機があるわけですから脳の中のどこかにあるわけですよね頭蓋骨でいけば一番後ろ側というのは後頭部ですからその後頭部が一番後ろだとして一番後ろに引き下がったとしても

そこから投影しているということになるわけですけれども実際のイメージはこの投影機は私たちの体から出た方がいいですなぜなら観客であるあなたと投影機は当然ですけど観客よりも後ろにある必要があるわけですよね

なのでイメージですがあなたのこの後ろ後頭部よりもさらに後ろに投影機があるイメージを持ってみてくださいどこがいいのかという具体的な場所ですけれども背筋を伸ばした状態で右と左の肩甲骨

この間この肩甲骨の間のちょっと上ぐらいですが真後ろから線を引けばちょうどこの肩と肩この2つの方のラインを引いたこのラインのところの肩甲骨と肩甲骨の間のところの背骨この辺りが実は投影機をイメージするのに最適な場所です

この投影機は私たちのこの体の中にあるというイメージよりも体の外にあった方が望ましいので日頃はこの体の背中にくっついた場所背骨にあるけれどもそれを姿勢をぐっと伸ばして

そして顎を引くようなイメージで体から離してみてくださいどういうイメージをするといいのかというと「三つ編み」という表現を使っている人がいますこれはヴァジム・ゼランドという人がロシアの作家が用いた比喩ですけれどもこの後頭部から三つ編みが垂れていて

その三つ編みの先に投影機があるイメージを持てとこの後頭部から肩甲骨にかけて普段は垂れていて背中にへばりついているとしかしそれを引き離そうと思った場合には背中を胸を張ってかつ顎を少し引きますよね

背中から少し離れますその背中から少し離れた状態のその投影機からスクリーンに向かって投影をするとするとスクリーンはこの額のあたりにありますからこの額に対して背中の肩甲骨から投影をしているという

状態をイメージしてみると私たちのこの身体感覚の感じ方というものが変わってきます今まではそうではなくこの自分というものが皮膚の内側が自分で皮膚の外側が外界だったという風にそのような認識で生きてきたところから

そうではなく私という概念は実はこの皮膚の外側にもあるんだと投影機というものが背中よりもさらに後ろにありますので後ろから私たちの世界というものを映し出しているマインドフルになるには

実はその投影機をイメージすることが大事です体の外側です体の外側に自分がいると体の外側に自分のこの世界を見せつけているものが何かしらあると三つ編みの先という風にイメージすると

イメージしやすくなる場合もあればこれが守護神とか守護霊とか守護天使とかといった形で自分の後ろ背中に自分を守ってくれる存在がいるといったような表現の方がしっくりくる人もいるかもしれませんので自分のこの肩甲骨の真ん中の背骨よりも少し後ろ

ここから投影するとそしてここを投影機としてやろうと思った場合には三つ編みのように普段は垂れて背中にへばりついてしまうのでそれを何とかしてぐっと背中から引き離すためにも背筋を伸ばして胸を張って

そして顎を少し引くとそうすると一瞬ふっとこの三つ編みが背中から離れたような気がしますよねそうなるとその先が投影機なのでそこから世界をスクリーンに対して映しているといったような感覚をイメージしてみてください

このイメージができたらようやく初めてここで自分の今の状態というものを「気付けた」となるわけですねこれがマインドフルな状態になる入り口だったりしますマインドフルというのは今この瞬間に生きるというその今の自分の身体感覚だとか今この瞬間に味わっているもの

全てに対して注意を払っていきましょうなのでまだ起こっていない未来とか過去に起こった出来事のような自分でコントロールできないものに注意を向けるのではなくてたった今この瞬間の状態に気づきましょうということですよね

しかしこの気づきましょうというのはあくまでも私たちがどのように世界を認識しているかに関しても気づく必要があるわけです私たちの現実 今も私たちが今しているこの世界見えている景色にしても この感覚にしても

あくまでも投影されたものにしか過ぎないということを身体的な感覚としてちゃんと再現できるかどうかこれが本当の意味のマインドフルになっている状態ということですねこれによって何ができるかというと『メタ認知』というものが今効いていることになります

自分を客観視しているそしてそこには自分も含まれているわけですこのメタ認知というのが実は人間の大きな特徴で他の動物にはできないことなんですがメタ認知をいかに鍛えるか

メタ認知を発動させている状態というものをいかに維持できるかこれが実はこの私たちのマインドだとか身体操作というものを最大限発揮するために重要メンタルトレーニングもそうですし日頃のそのスポーツのトレーニングもそうですけれども

自分がどんなフォームで振っているのかだとかあとはその試合の場面だとかというものを自分も含めて客観視できないと正しく判断できないその客観視をする時の客観という視点というものはその対象には自分も含まれているということは

その視点は自分の肉体から離れたところにないといけないわけです外側にいないといけないわけですよねメタ認知というのはそうしたものをイメージする必要がありますので投影機という概念

自分の体から離れた外側にあるできれば自分の背中がいいわけですなぜかといえば私たちは目が前に向かってついてますので見る世界というのは常に前を向いて見ているわけですよねこの前を向いて見ている世界というものが

何らかしら投影されてないといけないのでそうなると自分より後ろに投影機があるというイメージをすると私たちが見ているこの前だけが世界ではなくて実は後ろ側にも当然世界があるということもイメージできる投影機が背中にあるというイメージは

背中側の世界背中側の状態という感覚にも注意を向けることができるようになりますすると私たちは体から入ってくる入力されていく刺激に対しても敏感になっていき

そして逆にその刺激が入ってきても全てを信用する必要はなくてほとんどのものはもう投影機で作られている刺激ですのでその刺激に対しても疑うことができるわけですその刺激に対して流されなくていい

これは感情が湧いてきたり感覚が出てきた時にもうそれをそのまま真実だと思って受け取ってしまってそれに流されてしまう、ではなくてその感覚ですらも投影機が再現したものであるということを意識することができれば

それですらも眺めてここに自分がどういう反応をした方がいいのかというメタな視点というものを維持できるわけですこれがマインドフルな状態なわけですねなのでメタ認知をいかに鍛えられるか

瞑想している時だけではなくてむしろ瞑想している時以外でメタ認知をいかに発動させ続けられるかメタな状態のままで日々過ごすことができるかこれが大事になってきますメタ認知ができるのが瞑想の時だけではダメなわけです

毎日瞑想をしていて1日20分と長い人であれば1時間とかしている人いるかもしれませんが瞑想の間だけしかメタ認知がうまく発動しないマインドフルな状態にならないだともったいないわけですよねむしろ別のことをやる

瞑想ではなく別の仕事だとかスポーツでもいいですが何らかの作業や活動をしている際に本当のマインドフルな状態やメタ認知というものを持ち込めた方がいいわけですので日頃の活動として積極的に何か活動しようと思っている状態の時に

いかにメタな状態、メタ認知を機能させた状態でいられるかマインドフルでいることができるかというこの身体感覚の操作についてイメージを持ってもらえればいいんじゃないかなと思いますこの物語は結局は私たちが理解しやすいようなものが選ばれますこのスクリーン投影されていないものも含めた

本当のこの外界の目から入ってくる情報という意味でのこの外側の世界というものは実は物語というものはそもそもないんですね何の物語もなくただただ現実としてそれらが淡々と流れて

いろんなものが動いているだけなんですけれども私たちはそれを何とかして理解してそして自分たちにとってより生きやすく何か意味のあるものとして解釈したいがために物語を作っていくわけです

その作っていくのどこが作っていくかというとこの投影機が作っていくわけですけれども物語のバリエーションだとかパターンというものを無限に作るわけではなくてある程度その見ている観客が理解できるもの

観客が物語として認識できるレベルのものしか作りませんなのでそういう意味では私たちの物語というものはこの観客が理解できるものしか物語として作りませんなので私たちが見る世界というものは常に同じような似たような物語を見ているわけですね

なのでこれは人によって結局そのものの見方が違うという現象が起こるのは人によってはもちろん物語が見慣れた物語が違うからですねある現象を見てもそれが悲観的な悲しいシーンだという風に受け取る人もいればそれが奥深い興味深いものだと感じる人もいればこれはその人がその目の前で投影されたスクリーンに

どんな物語が投影されているかというものが実は同じ光同じ風景を見たり同じ感覚を得たとしても違ってくるわけですそれをどのような物語として投影するかというのが違うからですねそれは見ている観客であるあなたがその物語をどんな物語として見たいのか

どんな物語であれば解釈ちゃんとできるのか理解できるのかによって投影されるものが変わってしまうということになりますしかしあいにくその観客であるそのスクリーンの前に座っているあなたは

直接物語を変更することができません観客であるあなたが今目の前で写っているそのストーリーに影響を直接与えることはできないわけですただ流れているものを見るしかないという状態になりますしかし自分が見たいストーリーだとか

あるいはこのストーリーを変えたいと思った場合はじゃあどうすればいいのかというと観客であるあなたが何かをするんじゃなくてその投影機に対して働きかける必要があるわけです投影機はこの目から入ってきた情報やに入力された感覚というものを元にして物語を作っていく

物語を作ったものを投影していくわけですけれどもその得た情報を物語を作るここに実は私たちの干渉する余地があるわけですここでこの投影機が物語を作ろうとしている映し出すとしている際に何を物語として変更するのか

あるいはどのような情報を元にして物語を作るのかというその情報を拾ったりしてたりする時にどんな情報を捨てるべきなのかどんな情報を拾うべきなのかということを決める部分で私たちの選択の自由がまだ残されているわけです

しかし投影されてしまった後では私たちは観客ですので観客としてはもう何もすることがないわけですそれこそそっと目を閉じて見なかったことにするみたいなことぐらいしかもうできないわけですけれどもそれでも私たちは強制的に映画を見せられている観客ですので

席を立つこともできなければ目をつぶったとしてもそのスクリーンから流れてくる映像を断ち切ることはできないわけですなので投影機の方を変える必要がある投影機で作ろうとしてる時に変える必要がある

マインドフルになって投影機の存在というものを意識する自分よりも外側にあるイメージでイメージをしていくと実は今まで見えてこなかったものとか大事だと思っていたものが見え方が変わってきたりしますそれほど大事だと思えなくなってきたり

逆に今まで見過ごしてきたものが大事なんじゃないかという風に新しく拾い上げるようなことが起こりますすると投影されるスクリーンに投影される物語がちょっとずつ変化してくるわけですね

今までであればそのような解釈をしなかったものが新しい解釈が生まれたり新しいストーリーというものが作られたりするわけですこれは今まで拾ってこなかった情報というものを拾うようになったり捨てるべきだったものというものを捨てるべきじゃないという風に変えたりするのを投影機側が反応し始めますので

そうなるとメタ認知私たちがその中でどう振る舞っていくのかということの行動にも変化が起こります行動に変化が起こると当然入力から入ってくる情報も変化しますし

そしてそれを行動が変化するということは私たちからこの世界に対しての働きかけも変わるわけですねするとそれによってまた世界が私たちに何らかの反応を返してきますこれが今までとは違う反応が返ってくる行動も変わってますのでその行動による結果も変わってくる

これによって私たちの人生というものが今までとは違うストーリー今までと違う物語が展開されていくきっかけになっていくわけですねこういう意味でマインドフルってあるというのは

私たちの人生をより豊かにして楽しむためにも面白い世界の捉え方でもありますしあとはメタ認知というものこれが他の動物にはない人間特有の概念ですのでいかにこれをフルに使うか

このメタ認知というものを日頃から鍛えておくかメタ認知は鍛えれば鍛えるほどそれらを実践しやすくはなりますそれでも限界がありますので脳が極端に疲れているとかエネルギーがないとか

消耗してしまってる場合は注意が必要ですメタ認知はかなりのエネルギーを必要としますのでメタ認知をし続けているとかなり疲れますしかしそれをやっているとだんだんとそれもできるようになってきます

これは筋トレと一緒で鍛えれば鍛えるほど強くなっていきますのでそうなるとメタ認知の状態を維持できるそしていつでも再現できるということになりますのでこれを日々の生活の中で

常にトレーニングのつもりでやっておくといいんじゃないかなと思います瞑想自体も私は推奨してますしその瞑想自体の効果も私は理解していますなので瞑想そのような否定しませんしむしろ積極的にやった方がいいと思いますが

瞑想している時以外 活動している時にどのようなイメージでその活動をしていけばいいのかこれメンタル的にもマインド的にも身体的にもどのような状態で世界を捉えるというのが最もこう効果的なのかというそのヒントになるその身体感覚のコツみたいなものを今回はお話ししました

最後にまとめますと私たちがこの見ている世界はこの私たちの額あたりにあるスクリーンに投影されたものであり私たちが私だと思っているものというものはスクリーンの前に知っている観客です

私たちが観客であるということにまず気づけるかどうか気づけたらまず1歩目ですねということはこのスクリーンを投影している元があるそれが投影機(映写機)でさらに進んだ言葉で言うんであれば「コントローラー」ですね

このスクリーンに映っているものが映像だけではないので感覚とか痛みとか悲しみとかそういうものも投影してますのでこの投影するものを色々決めて管理して調整しているわけですなのでコントローラーという方がより適切な表現ですが

このコントローラーがあって実は大元の私たちをよりを客観視してそして世界に対してより効果的な動きやそして自分自身にとってより有益な生き方とか有益な感覚・感じ方

これらを得るためにはこのコントローラーに作用させる必要がありますコントローラーを起動させてコントローラーの存在をまず認識してコントローラーの存在に気づくことそしてそのコントローラーに対してどう働きかけるか

という風に世界を見ること 行動することこれが私たちのメタ認知というものを鍛えるその一つのコツになります自分を客観視するその自分というものはこの世界を認識する中にも自分を含まれていますので

それを含めてひっくるめて自分というものも客観視するためには自分の体の外側に自分がいるここでどの場所でもいいんですけれども私が一番効果があると思う場所は肩甲骨の間 ちょうど三つ編みを背中に垂らした際に

だいたいその背中にくっついてくるであろうその高さ・位置ここをちょっと離すために胸を張って背中をちょっと反らしてみてその状態で顎をぐっと引けばちょっとだけ三つ編みの先が浮きますよねその状態で世界を見てみる

その投影されているところから世界が写されているんだという風に見るとこの目から入ってくる風景の景色の見え方というものがちょっと変わってきますこれは特に散歩中だとか

ぼーっと散歩ができる時とか電車の中からその風景を見ていることができるような時などにちょっと試してみると今までとは違った世界の見え方感覚の受け取り方というものに気づいてもらえるんじゃないかなと思いますその感覚が変わったということは

その行動も変わってきます行動が変わるということはまたその世界から入ってくる入力も変わってくるわけですね今まで行かなかった場所に散歩をしてみるようになったそれとまた風景が変わるわけですから

その風景によってまた気づくことがあるとするとまたその行動が別の行動に変わったりするわけですという風にして連鎖的にいろんなものが変化していくことによって皆さんのその生活の中で自分が成し遂げたいこととか手に入れたいことみたいなものにも新しく気付ける

今やっているマインドフルなことをやれば自動的にすなわち夢が叶うとか目的や目標が叶うというそういった意味合いではなくて本当に自分がいいと思っているものや好きだと思っているもの

あるいはこの世界がどういうものなのかそして自分がどう振る舞っているのかということに対して新しい視点というものを得られることができるのでそうなると自分を含めたこの世界というものをどう捉えてどう自分が振る舞っていけばいいのか

そしてあくまでも自分はその映画を見させられている観客にしか過ぎないとなると何か作用させられるのはあくまでもこの世界をどう投影しているかというコントローラーだけしか実は作用できないと何かを強く望んだり

必死になって何かをすれば世界がうまく自分の思い通りになるとか自分の成長が進むんだ、ではなくて所詮この世界である程度作用をさせられるところというのはそのコントローラーが何とかできるところぐらいしかない

ということも気づけることができればしかしそれだけであったとしても確実に解釈だとか物の見方視点というものを変えることができるなので調整できるのは 世界を見た時にその世界の中から得られる情報の何が自分にとって重要で

何が重要でないのかというのを今までは自動的に捨てて拾ってってやっていたものを意識的にこれを拾うんだとかこれを捨てるんだということができるようになればこの額に投影された映像も

今までとは違った映像が投影されることができていくわけですという意味で私たちはこの世界における自由というものはそこに投影するものをどんなものを投影するかということを選択するぐらいしか実は自由ってものはないということですねしかしそれであったとしても

そこに気づけばその選択だけでも最大限やっていけばかなりそのストーリーや投影されるものは変わってくるするとそれに影響を受けた行動というものは変わってくるこれは馬鹿にできないわけですその少しの変化しか自分たちの自由がないにしても

それらを意識的に選択的にやっていくことによって長い時間をかければかなりの変化が起こりますのでありもしない出来もしない引き寄せの法則といったようなただ願えばいいんだとかあるいは努力をしたらその努力分だけ世界が変わるんだ

みたいなある意味希望的な理想的な楽観論ですがそういったものを信じてやってみたけれども大して何も変わらなかったと失望するよりもよっぽど現実的ですのでなので私たちに変えられるものはわずか

しかしそのわずかでも実は効果的にちゃんと選択的にやっていけばかなりのことが変わるといったことを理解してもらえればいいんじゃないかなと思いますあなたの世界は変わります変わりますが

簡単には変わりませんしそして劇的にドラスティックにいきなりは変わりませんしかしわずかな部分しか自分たちには自由がないにしても全くないわけではなくその少しの選択の自由が積み重なるだけで

長い目で見ればとても大きな変化になりますのでそこを理解しながら意識して最大限の努力をするんであればそのわずかな選択肢に対して行うといったことを現実的捉えてやってもらえばいいんじゃないかなと思いますメタ認知という私たち人間が用いている

他の動物にはないその思考の能力ですけれども自分というものがいてその自分というものを含めた周りこれらを意識して自分の客観的な状態や状況というものを把握することができるこれは考えている自分をさらにもう一個上の自分が眺めて

考えていること自体も考えることができるといういわゆる高次の、高い次元の思考ということですねこれが他の動物にはできないという人間ならではのこの思考方法メタ認知 メタ思考

私たち自身が何を考えていてそして世界をどのように捉えていて自分たちの振る舞いだとか行動これ自体も客観的に見て正しい行動が取れているのかどうかそして自分たちのその思考だとか考えていること

これ自体も正しいのかどうか世界と適合しているのかどうかということを常にモニタリングをして考えることができるなので考えている自分をさらに考えることができるといった考える対象に自分も含めたこの世界というものを眺めることができる

それを一瞬思い出したりとかした時にはできることはあったとしても常にどんな状態でもそして特にストレスがかかったり感情的になったりした時についこのメタ認知というものが発揮できなくなります

なので怒りにやられてしまった時には冷静に考えれば自分にとって不利になるような行動だとか何のメリットもないような行動をとってしまったりするその逆もそうですね嬉しくなったり

感情的になってしまった時には合理的でない行動をとってしまうこれは感情的になった瞬間にメタ認知が効かなくなって一気に自分の思考の対象というものが狭まってしまう私たちは一生出れない映画館の中に閉じ込められた状態で

常にスクリーンに映っている映画をずっと見続けていてその映画を見続けているということを忘れてしまうこれが感情的になった時に起こりやすいことですね初めて私のそのメタ認知に関する説明を聞いた人であればそれ以前はそういった発想がない場合は

その映画のスクリーンに映っている映画そのものが自分の人生であり自分であるという風に思って生きてしまうそうした生き方をしてきたかもしれませんが私たちはこの世界をありのままに見ているわけではなくて

まさしく映画のスクリーンに映っているようなものを眺めながらそしてそれが自分の人生でありそしてその中に自分も含まれていますので登場人物として出てきますのでまるで自分の人生は自分の行動によって切り拓かなければならない

といったような思い込みこれによって私たちはその映画の中のスクリーンの映画自体をなんとかしようとしてしまうこれによって私たちはもがき苦しみ結果が出ないことを後悔したり

何とも言えない気分になったりするそれをメタ認知というものを使うことによって映画の中はあくまでも映画なのでその映画の中の物語を直接観客であるあなた自身が手を出して何かをするということはできません

もうその映画というのは投影されて観ている前からある程度決まっている状態でその映像というものが投影されているだけなのでなので働きかけをするのであればその投影する本体投影機の方

投影機の中に入っているデータや投影機にこれから映し出されるであろうシナリオや脚本を書いている監督だとか脚本家彼らに働きかける必要があるわけですこの写ってしまった映像をなんとかしようとするのは無意味で

努力の方向性としては間違っているわけです投影機というのは体の後ろ側にあるというイメージ場所的にはどこがいいかというと肩甲骨の間です背中でも上の方になりますけれどもその肩甲骨の間の背骨

そこから少し離れた位置 さらに後ろ『三つ編み』というものをイメージとして挙げましたけれども『三つ編み』が私たちのこの後頭部から垂れていてその『三つ編み』の先に投影機が付いている映写機が付いている

日頃はだらんとしていて背骨にピタッとくっついている投影機をイメージしてぐっとこう背中から引き離してみる背中に力を入れると少し背筋が張って胸が胸を張ったような状態になるその状態で投影機が少し背中からふっと離れるという

その状態をイメージしてみてくださいその状態でその投影機から前に向かって投影されているそして前のそのスクリーンに対して投影されているといったイメージを持ってみてくださいそれによって私たちはその投影機の存在をイメージすることができます

その投影機に対して何らかのアクション何らかの働きかけをする必要があるこの投影機から映像がどんどんと映し出されているけれども映画というものはコマが送られているその瞬間その瞬間に

投影されて見ている瞬間が現実だと思っているわけですそれが時間軸でいくと過去/現在/未来の中の現在が今投影されているものだという風に見るわけですねしかし現在というのは

もうすでに投影されてしまったものになりますのでということは私たちにとっての現在というのは何かというと投影されている瞬間のものこれを現在とした場合に実は現在というのは過去と同じで変えられないわけです

なので未来も過去も現在も実は私たちは直接変えることができないわけです現在は過去と同じでも投影されてしまっている状態ですのでその瞬間にはもう手を出せないわけですであれば私たちはじゃあどうしているのかというと

実は私たちは常に予測をしてこれから起こりそうなものを一瞬早く行動しているわけですねそれによってこの現在に来るであろうコマというものをほんの少しだけ先に何らかの作用をさせようとしている実は私たちというのは高度に予測をするマシンです

現在のこの目の前で投影されている映像自体が実は作用させてるわけではなくて私たちは常にこの映像を予測しているわけですなので実際私たちはまだ映画に映っていないシーンも日頃から予測をして生きています

その予測をするのが実は一瞬早く予測しているんですけれども私たちはそれを予測しているという風に自覚できないぐらいそれが当たり前のこととなってますので脳は予測をしているということを感じさせないようにして錯覚を起こしているわけです

それによって私たちは日頃から予測しているということを意識することもなく考えることもなく行動ができるわけですね私たちのこの指には筋肉がついてますけれどもこの手をどこまで動かせばいいかという風に考える時に

脳は予測をしています例えば私の目の前にコップがあったとしますこのコップには水が入っていてこの水をこぼさないように手を出してコップを掴んで私の口元まで持ってくる

この一連の動きをしようと思った場合に筋肉をどこまでどの位置まで動かせば手が適切な位置に動くのかというのを実は脳はかなり緻密に予測を先にしていますなのでこの手が行き過ぎてコップを倒してしまったりとか

もしコップが紙コップであればその握ろうとする時に紙コップを握りつぶしてしまうみたいなことをしなくてもいいわけですね適切な力のかけ方で紙コップを潰さずにそして掴むことができて持ち上げてそしてまた口元まで持ってくる

動きが行き過ぎないそして到達しないといったことも起こらない脳が事前に学習をした状態で予測をしているわけです生まれたての赤ん坊などはこの予測というものがその元となるデータや情報が揃っていないこともあって

どの程度体を動かせばそのような動きができるのかという元となる情報が少ないんですねですので予測ができない予測がほとんど役に立たないなので体をうまく動かすことができない

私たちはその成長の中でその予測の精度がどんどんと上がっていくデータが溜まってくるので予測をすることが上手くなってくるわけですですので こぼさずに食べたり

壊さずにコップを手に取って口元まで持ってきて飲むことができる実は私たちにとっての現実私たちにとってのこの現在というのは実は少し先の未来なわけです

これが面白いことで私たちは映像を見て現在を見ているこの投影されたスクリーンの現在を見ているんですけれどもしかし実際には少し先を予測しながら見ていたりするわけですこれは会話でもそうですけれども

相手が次に何を言ってくるかというのを実は私たちは予測しながら話を聞いていますそれに応じて私たちも何を返せばいいかというその返答自体も予測をして考えていますですので実は私たちは現在を生きているわけではなくて

少し先の未来を予測していて予測しているその時間予測している部分これが私たちにとっての実は現在だったりするわけですねですので私たちにとってみて働きかけをしなければならないのは

その少し先の未来というものが実は私たちにとってみて動かす可能性があって働きかけをするための時間軸なわけですこれが現在本当にこの今たった今のこの瞬間

スクリーンに映った映像の映っているこの瞬間に働きかけと思ってももう遅いわけですそれは過去と同じなので作用をしようにももう変更ができないですので私たちは常に予測をし続けるマシンであり

そして予測をするからこそその後のそのこのスクリーンに映るであろう映像に何らかの作用を及ぼすことができるかもしれないと思える投影機(映写機)を背中にあるイメージを持ってそこから投影されている

このスクリーンの映像を変えようと思ったら今この瞬間写っている映像を変えるのではなくてこれから先 次に映るであろう映像これから先 映ろうとするようなものこれをどう予測をして変更をかけようとするか

ということを考えるわけですねこれがメタ認知を使ったさらにもう少し高度な働きかけの仕方ですねなので現在のこの瞬間に起こったことに反応していく、だと常に遅れるわけです

すると物事を変更していくというよりはその起こった出来事に後手後手でただ対応していくにしかなりませんしかし私たちは次にこれが起こるであろうということをこんなシナリオが来るだろうというのを想定しつつも

こういうシナリオになった方がいいんじゃないかという風にしてシナリオ変えようとしてしまうわけですけれども私たちはあくまでも観客なのでシナリオを直接変えることができませんその投影機の側では

次から次にその現実らしきものをストーリーとして作ってそして投影していくわけですね観客である私たちそして後ろで控えているその投影機に働きかけをしている脚本家とか監督は

観客である私たちの反応を見てはいます私たちがある程度解釈ができるようなシナリオでなければそこで投影されているスクリーンの映像というものが意味がないので観客が理解できるもの観客がわかるもの

観客が期待しているものを投影しようとするわけですねすると観客である私たちはどうすればいいのかというとどんな映画を見たいのかということをリアクションしていくわけですその映像の中で流れている映画の台本

シナリオを事細かに選択していくという意味ではありません私たち映画を観るときに映画を観る前から初めて観る映画のシナリオがあらかじめわかっていたらつまらないですよね私たちは映画を選択することはできても

シナリオは選択できないわけですなので映画がどんな映画なのかSFなのかコメディなのかヒューマンドラマなのか様々な映画のジャンルそして大まかなそのモチーフだとかテーマだとか

こういったものは事前の映画の選択の条件として選べることができるわけですけれどもどんなシナリオで展開されるのかという事細かなシナリオまでは選択できないわけですなので私たちがこの世界を生きる上で

事細かに1秒おきにどんなことが起こるのかというのを事前に考えたりそのようなシナリオを作ってくれという風にお願いをするようなことはできないわけですけれどもただどんな映画を見たいのかと言ったことは選べるわけです

私たちは観客ですのでどんな映画を観るかということを別の上映室に移ってみるということは可能なわけですけれども実はでもその映画の今座っている席から立ち上がって隣の上映室に動くというのは

実はかなりのエネルギーがいるわけですそれよりも今流れてる映像をそこに座ってじーっと流れてくるものを観た方が楽ですよねなので現状を変えるというのはそれだけエネルギーが必要なわけです

立ち上がってそして別の部屋に移るわけですけれどもその場合にそこで上映されている映画が自分が見たいものなのかどうかというものも判断しないといけないその映画は無限にあるということです私たちはどんな映画が今上映しているのかを知らない状態で移動していくわけですけれども

その際に入って少し見てみたらこういう映画かもなと予測をしてでその際にそれぞれの映画というのものは連続性があるので自分たちが見たい映画というものがこれだっていう風に決まったとしても

その通りの展開に本当になるのかまだわからないわけですねですのでそういう意味で私たちはその映画を見ながら予測をしてこれは多分後半の展開はこうなるかもしれないなという風にして予測していくわけですしかし私たちはその映画を見る時にシナリオを一応見てはいますけれどもシナリオだけで結末をこうだと決めつけたりしないわけですよね

その映画全体が持っている雰囲気とかテーマ性だとかこういったものをかなり引いた状態で映画を見ていると思います映画の中の登場人物に感情移入をしたり映画の中の些細な出てくる小物だとかあるいは登場人物のセリフだとか

こういったものも受け取って参考にはしていきますが全体としてこれはホラーだなとかこれはコメディーだなとかというものを見ながら自分はコメディーが面白いなとコメディーを見たいなと思っているそれを期待して見続けていくわけですよね

なのでその出てくるその映画の中の登場人物の一つ一つのシナリオが気に入らないからじゃあ他の映画を見ますと言ったことよりもそれらもひっくるめて全てが自分の予測通りではない思い通りではないけれどもおおむね大まかにこの映画が訴えかけしているテーマだったり

大きなナラティブ(文脈)は自分は望んでいるものだ見たいものだという風にして選択していくわけです映画を選択していくという観点から考えるとかなりメタな視点が必要なわけですねもうすごく狭いところの視野で物事を判断するのではなくて

もっと大きな映画全体でいくとこの状況がどういう展開として必要なプロットなのかもしかしたら全く必要がないプロットかもしれませんがそれは後になってみないとわからないわけですよねなのでいちいちいちいち一つ一つの小さな出来事に対して

視野がすごく狭くなってそこに反応してしまうのではなくて常に引いた視点でメタな視点でその物語全体を見ながら別の物語、別の映画にした方がいいなとかという形で私たちは選択をしていくぐらいしかできないということですこれを何とかして頑張って

この映画そのもののシナリオやストーリーを変えようと頑張ってしまうこれは努力が無駄になりますなので努力という意味においては何かに対してやはり効果のある努力をしましょう良い努力 悪い努力というものがある

これはシナリオそのものを変えようとする努力というのは効果がありませんこれは上映を見ている観客が観客でしかないのに映画の中のシナリオをなんとかして変えてやろうと頑張るようなものですねこれは無駄な努力になります

有効な努力というのは映画を変える 別の映画を観るという風に切り替えて席を立って別のところに行くこれが私たちが本当にできる努力なわけですねなので私たちはこの努力が有効かどうかというのを見極める際に

常にメタな視点があるかどうかというのはとても大事なわけですこのメタな視点がない状態で努力をしてしまった場合その努力が結果的にうまくいくという風に展開されることもありますでもそれはその映画の中のシナリオがたまたまそういうシナリオに流れていっただけであって

その観客であるあなたがその観客として例えばシナリオのがもうあらかじめ決まった映画の中の登場人物に対して何か大声で叫んで それによって本当に登場人物が映画のスクリーンからカメラ目線で振り返ったとした場合それはきっとあなたの出した声に対して反応して振り返ったように見えますよね

ただでもそれは偶然なわけですなので努力を必死にしたからといって必ずシナリオが変わってくれるとは限りませんしそれはもし変わったとしても偶然なわけですなのでメタな視点というものがない場合はほとんどの行為というのが偶然に任せてしまうことになります

そのあらかじめ決まったシナリオ通りに進んでしまうそれに対して何とかしてシナリオを変えてやろうとすることこれは努力が結果的には実を結ばないということになりますので私たちがやれる本当の努力というのはそれではなくもっと大きい視点で広い物文脈を捉えた上で

取れる行動というものは選択をするそしてその場合は目の前のスクリーンに対して何かしてやろうでなくて映画そのものを変えるという選択をできるかどうかですねこの場合は映画に夢中になってその中に自分の感情が入って

そしてその登場人物かのように自分がその映画の中に夢中になって取り込まれている状態ですとそのメタな視点というのは持ちづらくなってしまいますのでなので前回のエピソードではそのメタな視点を常に瞑想状態でもなく日頃の活動をしている 起きている 覚醒している状態でも

持ち続けられるような身体操作というものを一つ例としてあげました私たちがこのメタな視点をちゃんと持てるかどうかによって物事を変更するのに感情的になることがいかに危険か感情的になってしまうと

その映画の中のシナリオに自分が入っているかのようになってしまって自分がその映画を観ている観客であることをすらも忘れてしまってその中に取り込まれてしまうわけですね映画は巧妙に作られた映画というのは私たちをついつい観客であることを忘れさせていきます

それはよくできた映画ですよねですので他者が書いた 誰かが書いたそのように仕向けられた映画に対して観客ということを忘れてしまうぐらい没入させられるほとんどの人がその観客であることを忘れて

もしかすると生まれてからずっとその観客であることを疑いもせず自分はその映画の中の登場人物なんだと思い込んで生きている人が大半かもしれませんなので私たちは映画館にいて映画を観ている観客なんだという風に自分でまず気づくこと まず目覚めるということ

目覚める上でただその映画館から一生出れないのでであればこの映画館の中で生きていく自分たちの人生をいかに楽しく有意義に過ごすかとなると映画を選ぶ 映画をチョイスしていく変更していくということを考えて

生きていけばいいんじゃないかなと思いますこのメタ認知というものを日頃から鍛えるという意味でもそのこの映画がちょっと変だなとか気に入らないなとかここから先の展開を考えてもこれはきっとつまらない退屈な展開だな

これは自分にとってここから先は楽しめない映画かもしれないなと思った場合はその映画のシナリオそのものを変えようとするのではなくて観ている映画自体を変える席を立って別の上映されている映画を楽しむといったような形で少しエネルギーが必要ですけれども

そのエネルギーを無くさないように日頃から意識してもらえればいいんじゃないかなと思いますそのうちその上映されているシナリオというものはそれは当然この後ろの映像を作っている映写機に映像を作って流している監督や脚本家は

あなたの行動を見てますのでするとそのあなたが席を立って他の映画を見に行くんであればやはりそれに合わせて作らないといけないわけですねこれがあなたが席を立たずにその席に座ったまま不平不満をスクリーンに向かって言ってるとしても

あなたがその席を立っていないということはその監督や脚本家はとは言っても席を立たなかったのでこの人はこの映画を最後まで見ようとしているとなのでこの人は楽しんでいるんだと思われるわけですね

これはあのこの私が作った動画YouTubeやPodcastやテレビの番組でもそうですけれども視聴率というものがあります不平不満を言って文句を言っているけれどもその人は見ているわけです最後まで

これは最後まで聞く見たということはその人にとってみてそのコンテンツは望まれていたと判断されるわけですねなので1番はチャンネルを変える動画を別の人の動画に切り替えてしまう

あるいはもう画面を切ってしまうこれが本当の意思表示なわけですこのシナリオは気に入らないと言ったことを決断してそれらを見せる方法ですねですのでこのシナリオが気に入らないとか

この流れが気に入らないと文句を言うのではなくて席を立って別の映画を探しに行くそしてその別の映画もまた自分に合うかどうかというものを見ながら予測をしていくといったことを検討して行動に移してみてください

現実を変えるというのはそういうことで私たちは事細かに全てのものを変えられるわけでもなければコントロールできるわけでもありませんせいぜいそのようにして意思表示をして別のシナリオ 別の展開があるような映画

それも事細かなシナリオという意味ではなくて大枠の大まかな「私はこういう映画が観たい」「こういうテーマのものが望ましい」とそして最終的なそのエンディングというものは「こういうエンディングになるようなものが観たいんだ」

というそれぐらいしか選択の余地がないわけですなので途中過程としてどんな展開をするのかとかどんなシナリオなのかということまでは選択もできなければ影響を与えることもできませんそういう意味では

私たちは引き寄せの法則といったような結果に対して何かを求めていくという大きい文脈に対して行動を起こして何かを手に入れるということはなんとなくはできていくわけです選択として行動をしなければいけませんので

そういう意味では回数というものは当然必要になる何もしなくても ぼーっと映画を見続けていれば自分が見たい映画がいずれ流れるみたいな受け身な状態で映画をただただ見る観客としてそこに座り続けていれば

あなたがそこに座り続けているということはそれはその投影機(映写機)に対して映像やシナリオを作って流している監督や脚本家からすればあなたが望んでいる映画だとだったという風に判断されますのでなのでその映画見させられていることにも気づかずに

ただただ不満や文句を言っていたとしてもそれはその映画のシナリオに対して反映はされませんここが気づいてもらえればメタ認知というものをいかに有効に使ってそしてそのメタ認知がいかに強力でいかに重要か

私たちの体を元にしてトリガーとして発動させるというそういった習慣を持ってもらえるといいんじゃないかなと思いますそうなるといずれ体が習慣づいてくるとわざわざ体の特定の部位を意識するようなことがなくてもメタ認知が発動できるようになってくれば

この世界を捉える時に私たちがどう行動してどう振る舞えばいいのかというものも2歩も3歩も先の予測まで先回りして行動するみたいなことが当たり前に普通にできるようになってくれば自分も望む生き方や望む世界というものを

構築していくことができる身体的なポテンシャルそして脳もこの身体の内の一つですのでこの脳が持っているポテンシャルというものを最大に引き出すための身体操作

今まで私たちは体の操作をするということと脳で何かを考えて認知的な作業をするといったこれらを切り分けて社会的に分業をしてきたというそうした社会的構造の影響もあってか肉体労働と知的労働というものは基本的には別だとなので

運動ができる人と勉強ができる人というのは生来的に切り分けられるとなので勉強ができるけれども運動ができないとか運動ができるけど勉強ができないこういったものというのは

お互いに相互的な作用というものがそれほど重視してこなかったことによって私たちはもうそういうもんだと思い込んでいる節があると思いますしかし実は私たちのこの身体も脳も一つの器官として私たちの体を構成する部品としては

この肉体の中に宿るものとして繋がっているわけですかつこれはお互いに相互的に作用しますので両方の能力を高めるそしてこれら一つをうまく繋げて潜在的なパフォーマンスを上げるということをやった場合に

潜在的な人間が持っているポテンシャルを最大限に引き出すということが可能になるのではないかと思いますその持っている肉体そして脳のポテンシャルというものを最大限発揮すればアウトプットとして出せるパフォーマンスは

さらに上がる可能性は十分にあると思いますその方法について今回は解説していきたいと思います私たちは何かを考えていますそしてこの考えている自分というものをさらに考えることができるわけですこれがメタ認知というやつですね

「私は今数学の問題を解いている」というこの文章これはメタ認知を聞かせた文章なわけですね本来であればその数学の問題のことについて考えているはずです問題の中身ですね

算数だとしたら「1+1=2」ともし小学生で初めてこうした四則演算の初級をですね取り組むような学生であればその算数を解いている時に考えていることというのはその算数の中身の問題を考えているわけですね

しかしそこに文章として「私は算数をしています」と文章にした瞬間にメタ認知が効いてますこれは算数をしている自分を客観的に捉えているわけですねこれは考えている自分を捉えているという意味においてはこれがメタ認知ということになります

私たちが自分自身と他者を区別したりそしてこの世界というものを中に自分がいるといったことを認識する際にはメタ認知が必要になってきますのでどんな人であれメタ認知を持ってますメタ認知がことによって私たちは

社会生活を営めたり自制したり協力し合ったりということが可能になるわけですねそして時間軸を超えて未来の自分そして過去の自分というものを同一視することができるのもメタ認知のおかげになります多くの動物はメタ認知がありませんので

そうなるとそのメタ認知がない状態で自分自身をどう捉えるかというと自分という『自我』という概念が人間ほど強くありませんですので鏡に映った自分自身の姿を見ても犬だったら吠えてしまう

これが自分だと認識できないのでついつい吠えてしまうチンパンジーでもメタ認知が効く個体がいたりしますのでそうなると鏡を見て自分と認識して歯に詰まった何かを指で取ろうとしてみたり鏡を見て自分の毛づくろいをしてみたりという形で

自分と分かっている個体が出てきたりしますそれでも全てのチンパンジーがそうではなくて多くの動物多くの生物というものはメタ認知といったような機能が強くありません人間はメタ認知というものを強力に発達させてきたおかげで

社会生活が営めるようになりそして集団生活を送れるようになりました自分と他者というものが違うと認識できるしかし人間という種としては共通しているとこれは抽象的な概念を用いる時に必要になってきます

ですので自分が考えていること自分が悲しいなと思っていることが他人も悲しいと思うであろうというふうに自己投影をする際にもそれでもそこで一つ疑いが入って

いや相手はもしかしたら悲しいと思っていないかもしれない私は悲しいと思っているけれども他者の視点から見ればそれは悲しいというシチュエーションではないのかもしれないというこの自分が見ている世界と他人が見ている世界

これが違うということもメタ認知が効くと考えられるようになりますとなると私たちがこの世界を見る上で一番重要なのは何かというと実はメタ認知なわけですメタ認知が効いていれば

この世界をどう捉えるかという時に自分を含めたこの世界というものを広く捉えることができるわけですねそうなるとこの自分というものをうまく捉えることができそしてこの自分を取り巻く世界というものを

できる限り広く捉えることができるこの視界に映っている物質的なものだけではなくて今見えていないけれども地球の裏側とかあとは過去の自分とか未来の自分とかそれこそ他者の未来とか他者の過去とか

そうした様々なその世界観というものを私たちは当たり前のように認識できるこれがメタ認知を効かせる際にメタ認知が強ければそれらをリアリティを持って認識できることができるわけですね

しかしこのメタ認知というのは脳のリソースを多く使いますので脳が疲れている肉体的にもエネルギーが枯渇していてエネルギーを十分使えないという状態ですとメタ認知は効きにくくなります

とかく大幅にエネルギーを使うシチュエーションこれは感情的になった時ですね生命の危機だとか怒り悲しみ苦しみこういったものを強く感じた時というのは脳のリソースを一気に食います

そうなった瞬間にこのメタ認知が効かなくなるんですね自分の視界がグッと狭まって目の前にあるものだけに反応するようになるこれは私たちが野生で暮らしていた時に危機的状況になった時にすぐに動けるように

考えていたらやられてしまいますので考えるまでもなく反射的に動けるようにするための生存戦略上をそのように進化したわけですけれどもその進化の名残として私たちはつい感情的になってしまった場合には

メタ認知が効きにくくなるメタ認知をするという方のスイッチがオフになってしまう反射的に何かをするということしかできなくなってしまうですので日々強いストレスを浴びている人ストレスが強い環境にいる人というのは

メタ認知が効きにくくなってしまうことによってうつ病になったり精神疾患のある人というのはその強いストレスをずっと浴び続けているとメタ認知の方にリソースを避けなくなるそれとメタ認知が弱まってくる

メタ認知も筋トレと同じで鍛えなければ使わなければどんどん弱まっていきますのでそうなると反射的な行動や反射的な行為しかできなくなってくるとなると考えることのその思慮深さ考える深さというものが十分取れないとなると

すごく表面的な浅い思考しかできなくなってくるこれは現代のホワイトカラーの仕事の職場環境はまさにその状態が問題となるわけですけれども私たちは常日頃から期限を迫られてそしてこれだけの問題をその期限内により早く

より多くのアウトプットを出した人が偉いというふうに評価されるような職場環境であったその状態だとより深いアウトプット深く考えたアウトプットを出した方が評価されるしかしそれを迫られる期限だとか

アウトプットのボリュームだとかというものに対するプレッシャーが強すぎると十分に考えられない要はメタ認知が効かなくなってきますので感情的になってしまいます

ストレスが強すぎてそれそのストレスを嫌がるそのストレスを怖がってしまうことによって十分なメタ認知が効かないすると思考が深まらない

するとアウトプットしたものが浅いものしか出せないそしてボリュームも大したボリュームが出ないとなると評価されないわけですよねするとよりそのストレスやプレッシャーを自分は感じるようになります

何とかしてもっとちゃんとやらないともっと成果を出さないともっと評価をもらわないとという風に焦るわけですそうなるとさらにそれが自分へのストレスとなってよりまた認知能力に負荷をかけて

メタ認知ができにくくなってくるという悪循環に入ってくるわけですそうなるとそのストレスは実は自覚できない自分がメタ認知を持てなくなっているということに本人も気づかないので

これがメタ認知のちょっと厄介なところでメタ認知を効かせている人と効かせていない人の違いは何かというとメタ認知を効かせている状態というのは自分の身体だとか自分の感情だとか自分の思考だとかというものを客観的に見る自分がいますので

なので観察力という意味で自分が今何を考えていて何をしようとしていて未来 - 過去こういった時間的なつながりも含めてこの世界を取り巻く中の自分という状態を客観的にそして正確に観察しようとしているわけですね

しかしメタ認知が効かない人メタ認知が効いていない人というのはその視点がなくて自分の内側に視点がありますのでそうなると

自分が今どのような状態になのかとか何をしているのか自分の思考だとか感情がどうなっているのかすらもわからないそこを見ていないということになりますのでそうなるとメタ認知が効いていないということも気づかないわけです

これがある種のそのメタ認知の難しいところでメタ認知が効いている人からすれば私の今のこの会話とかこの話というのはすごく当たり前のことにのように感じるかもしれませんが逆にメタ認知が効いていない人は全く私の話がわからないと

私の言っていることの要点だとか伝えようとしていることが全く感覚的にもわからないということになります幸い私たち人類は少なくともメタ認知が効いた瞬間というものは必ずあると思いますのでなので1ミリもわからないということはないと思いますけれども

日常的にメタ認知を意識しているメタ認知が効いている状態の人とそうでない人 メタ認知がめったに出てこない滅多にメタ認知が効くことがない生活をしている人とでは私のこの話 私の説明の受け取り方というのは

解釈はかなり変わると思います前回までのエピソードでは私はあえてスピリチュアル的な視点スピリチュアル的な身体操作というものの感覚を伝えるようにしました

というのも論理的なこういった構造だとか論理的な繋がりというものを言葉でこのようにして形を説明したとしても感覚としてそれらを得られていない人は理解できないその私が言いたいことを伝えたいこと自体も解釈の中でどんどんずれていきますので

なのでまずは感覚の方でどのような考え方なのかというのを捉えてもらうそういったアプローチとしてスピリチュアル的な表現スピリチュアル的な視点からの説明というものを試みてみましたなので引き続き今回はまとめとして

どういうことをすれば身体操作というものをメタ認知を効かせる状態に持っていけるかそしてその効かせた状態は一体何をどのようにすればそのメタ認知が効いている状態をより有効に使えるのか

それは皆さんが持っている身体的なポテンシャルもそうですし認知的なポテンシャルもそうですけれどもどう活用すればそれらを皆さんが望むような人生に好転することができるのかどうか効果的に使えるのかどうかというものを今からちょっと説明していきたいと思います

内容の大半は前回、前々回のエピソードの中でも触れているところがありますのでなので重複するところもあると思います説明が今までできなかったところに関しても後半で説明しますのですでに前回・前々回のエピソードを聞いているという人であれば後半の方から聞いていただければと思います

まずはメタ認知を聞かせるための身体的な感覚の得方ですけれども私たちは世界を見ている時にありのままで見ているというふうに思いがちですけれども現実的にはそうではありません実は私たちの脳というものは

この目から入ってくる感覚目から入ってくる光やあと手指や体から入ってくる全ての信号を一応 脳として受け取っているわけですけれども意識には上げてきません

これはなぜそうかというと私たちがこの感覚器官から受け取る入力する情報というものはあまりにも膨大に多いので全てを処理しているとリアルタイムにそれらを処理するには間に合わないんですね

エネルギーを膨大に食うことになりますので相当な量を食べ続けないといけないわけですこれは研究で試算をされた方がいますが私たちのこの手指や目や耳や鼻やすべての感覚が入ってくるその情報

入力される情報を全て平等に情報として捨てずに全てリアルタイムに処理したとしたら原子力発電所1基分の電力というものが必要になるくらい実は私たちの入力する情報というものは膨大だということです幸い私たちはそんなに大きなエネルギーを必要としません

成人男性でも1日の必要なカロリーの摂取量というのは3000キロカロリー程度で済みますなので原子力発電所の発電エネルギーに比べるとはるかに小さなエネルギーで活動できるわけですねその大半は身体活動として胃や腸や後は血流だとかあと体の代謝に使われていきますので

全てがこの認知機能に使われるわけではありませんがそのエネルギーのうち6割から7割は脳が使っていくわけですねとなると私たちのこの脳というものは膨大なエネルギーを消費しているわけですしかし膨大なと言ったとしても

原子力発電所ほどのエネルギーは使わなくてもいいとなるとどういうことをして私たちの脳を処理しているかというと大半の情報は捨てているわけです厳密には捨てているというよりは予測に必要なものを取捨選択して

予測に使えそうなものだけを持ってきて予測に使えなさそうなものは捨てていくということをやりますこの予測のためにというのがミソでなぜ私たちの脳が発達したかと言いますと予測するためですね

私たちの脳というものはこの体を動かす際に常に予測をしていますですので私たちは実はこの世界を面白いことにありのままのリアルタイムで実は認識しているわけではないんです実は目から入ってきてそしてこの世界を認識するのに私たちの脳というものはだいたい50ミリ秒ほど遅れています

そしてそれを意識できるのは500ミリ秒ぐらいなわけですということは無意識反射的に反応できる速度というものが50ミリ秒後そして意識で見たとか分かったというふうに意識が捉えられる見たという風に自覚できるのにだいたい500ミリ秒

これは1000ミリ秒が1秒ですので500ミリ秒というのは0.5秒50ミリ秒ということは0.05秒なわけですということは現実よりも私たちが認識できるのは遅れるわけですそれは当然ですよね

入力された光を脳の中でガッと脳のニューロンを伝ってそれに対して反応していく反射として反応していくわけですからそれらの遅れというものは当然発生しますがそれを統合して今それらが起こったというふうに認識できる意識というものはさらにそれを統合しないといけないので

さらに時間かかるわけですけれどもそういう意味では私たちはリアルタイムではこの世界を生きていないわけですしかし私たちはこのリアルタイムの世界に対応できますよねその瞬間その瞬間反応できるわけですなぜかというと予測しているんです

脳は実はその50ミリ秒の遅れを取り戻すためにあらかじめ50ミリ秒前の世界というのを自分のイメージの中で自動的に作っているわけですすると現実とそのイメージとどっちが私たちにとって重要かというと

このイメージの方が先行するので私たちは常に日頃はイメージの世界を生きていかないといけないということになります「私たちが見ているのは映画である」と脳の中で投影されたスクリーンを私たちはずっと見ていてその映画のスクリーンを現実だと思っているという

比喩・例えを用いました私たちは実は現実から遅れた認識しかできないしかしリアルタイムの世界を生きているかのように錯覚できるのは脳があらかじめ予測をして先に世界を作ってしまうこれがにわかに信じられないと

なんか胡散臭いなと思うのであれば一つの例を言いますとこの私たちの目これは目の真ん中にしか色を感じる細胞がありませんこの真ん中以外の周辺の細胞というものは光を感じるだけで色を認識する細胞がないんですね

しかし私たちはこの世界を見る時に真ん中だけに色がついていて周辺は色が付いていないとは思わないわけですよねこれは脳が勝手にこの周辺の色も予測して合成しているわけですこの視界の中に様々なものが映る際に色の認識は当然真ん中の部分でしてますから

この部屋の中をずらっと眺めた際に脳が色というものを一旦記憶して認識してそして勝手に色をつけてかつ正確な色がわからなくても脳は自分を騙して色がついているという風にして勝手に自分自身にフィードバックを送ってしまうわけですね

そうすると実際には私たちの細胞は色がない色を感じることができないにも関わらず色があるような世界が見えるこれは真ん中だけではなくて周辺ですねこれをすることによって私たちの脳はズルができるわけです

いちいち全ての入力された情報を全部処理するわけではなくてあらかじめ作ってしまった世界観脳にとってのバーチャルの世界を作ってしまった中を処理した方が楽なわけですなのでこれは脳が省エネ

エネルギーをなるべく使わなくても思考できるように生きていけるように進化したその結果としてこのように錯覚を起こすわけです私たちのこの判断や考え思考というのはほとんどが実はその錯覚からの産物なわけです

この錯覚が実は私たちが生きていく上で十分に機能する十分に役に立つので私たちはこの錯覚をどんどんと利用して錯覚の産物というものを活用しているわけですねなので私たちはこの現実のありのままを

リアリティのあるものをそのまま処理しているというよりも一旦受け取ったものをこの背中にある映写機から私たちが見ているこの前のスクリーンに対して投影しているという風に考えてもらえると私たちはあらかじめ用意したシナリオや

あらかじめ用意したそのイメージ(予測)をもとに実は生きていてそしてそれと現実が一致しなかった時に修正をしているということを繰り返しているわけですこのスクリーンに投影された現実が現実だと思っていますがそうではなくて

スクリーンに投影された現実はリアルタイムのようであるが実際に私たちが見ているのは遅れて見ているしかし現実の世界と私たちのイメージの時間差を埋めないといけないので実はここに投影されているものはあらかじめ予測されて

あらかじめ作られたものが投影されているわけですそして現実とギャップがある現実とそのイメージが一致しなかったところだけを修正するという風にして微調整をしていくわけですねですので私たちは物が動くと注意が向きますよね

それは物が動くと私たちの予測から外れるわけですなのでその動いているものに注意が向くのはそれを見ないとその私たちの予測のエラーの修正をしないといけないということで注意が向くようになってます

私たちは予測ができなかったもの予測しないといけないのにできなかったものに注意が向くようになっていますのでなので私たちはその自分たちの予測がいかに強力か予測している通りに現実が動いていけば注意を払わない

注意を払わずに自動的にやれるということになりますこれが私たちが映画館で席に座って見ている観客でその映画館の中で投影されている映画というものはもうあらかじめ作られたシナリオであり予測として作られたシナリオであり

そのシナリオを変更しようとすることは観客であるあなたはできないとどうするかというと背中にある投影機から投影されているその投影するシナリオを作っている人たち

に対して働きかけをする必要があるどういうシナリオを書こうとしているのかそのシナリオがどういう映画なのかということここに対して働きかけをすることで私たちが見ているこの予測というものを変更していくと

そして予測というものを変更していくのに一番大きいなポイントは先ほど言いましたが予測のエラーを起こすことですねもともと予測していたものと違う現象が起こったらそこに注意が向いて予測を修正することになります

なので私たち慣れ親しんだことを何度も何度もやっているともう常に予測どおりのことが起こりますので注意が向かなくなるなので私たちのシナリオは変更されないわけですしかし自分が予測したものと違うことが起こったら

そこの修正をしないといけないのでなので私たちがこの自分のシナリオを変えたいと思ったら 動く自分自身で動くのもそうですし自分たちの予測が外れるところに行く外れるような行動をとる

外れるような仕事やプライベートを過ごしてみるなので慣れ親しんだったことをやるのではなくて新しい行動、今までないことの行動をしましょうこれがその映画の中のシナリオを変えるのではなくてあなたは映画の観客なので

立ち上がって別の映画を見てくださいといった比喩を使った理由なわけですね予測ができるものではなくて予想外のこと予測ができないことをより多く求めていくことによって

シナリオがどんどん書き換わっていく世界の見え方が変わっていくということが起こるというそういった比喩で使ったわけですねここまでの説明をまとめますと私たちは世界をありのままに見ているわけではありません

私たちは映画のスクリーンに座った観客ですそのスクリーンに投影されているものが現実だと思っているそうではなくそのスクリーンに投影された映画は背中の映写機から投影されたものですね

この「背中が」というのはこれは比喩です私たちはメタ認知を使う際に自分を含めた世界というものを認識しようと思った場合にメタ認知を発動させるコツは映写機が体よりも外にあるというイメージを持つとメタ認知を発動させやすくなります

私たちはついつい考える時にこの額のところで考えようとしてしまうきらいがありますこの額のところに力を込めてうーんと考えてしまうわけですけれどもそれはメタ認知が発動しにくくなります

自分のこの頭蓋骨の中に自分がいる(視点がある)という身体感覚になりますのでそうではなくて自分の外側に身体感覚(視点)がある方が望ましい右と左の肩甲骨の間の骨(背骨)付近に視点があるそしてそれは背中から少し後ろに離れている身体感覚としてどういうイメージがいいか

三つ編みの先に投影機があるそしてそれから自分も頭を通過して目の前のスクリーンに投影されているといったようなイメージを持つとメタ認知が効きますすると自分の体の感覚も少しずつ変容をしていきます

自分の手を見ていただいた時に見慣れた手かもしれませんがメタ認知が効いている状態で手を眺めてみてくださいいつもと違って見えるそして指を動かしたり

そして表を見たり裏を見たりとしているうちにまるで自分の手ではないような感覚がだんだんと出てきたりしますこれは乖離という現象で自分が当たり前のようにできている感覚というものに対して注意を向け続けるとだんだんとその感覚自体を疑えるようになる

私たちの感覚というものはいくら速くても50ミリ秒遅れるということは実際にはこの指を動かしてから50ミリ秒後に私たちは知覚しているわけですしかし脳はそれを騙す形で予測をして

50ミリ秒後にはこうなっているはずという感覚というものを内部で作るわけですするとどうなるかというと私たちのこの手を動かしている感覚と脳の中で作った感覚というのは実はずれていて

その修正を常に実際にしているわけなんですけれどもここに普段は注意を向けないのでそれが錯覚であってかつそれらを常に修正しているということも無意識のうちにやってしまっている注意を向けていないということです

しかしこれに注意を強く向けてみると実はずれているということになんとなく気づくわけですするとまるで自分の手が自分の手でないような感覚がだんだん生まれてくるたった50ミリ秒ズレるだけ

これによって私たちの感覚というものが揺らいでいく私たちの体はもしかして私たち自身がこの瞬間リアルタイムに感じていると思っているけれども実際には遅れた感覚というものを感じ取っていて脳が勝手に先走りして50ミリ秒後の世界というものを

予測して感覚として生み出している私たちがこの感じ取っている感覚というものは実はこれ自体も脳が先に作っている可能性があるまだぶつけていないボールが足にぶつかりそうっていう時にまだぶつかってもいないのに「痛い」という感覚があったりとか

映画の映像とか、実際に本当に映画館で映画を観ている時に登場人物が切られたりとか殴られたりしたシーンを見た時に「痛い」と思ったりあるいは突然ゾンビがドーンと出てきた時などには本当に自分がゾンビに襲われたかのようにして

ドキッとしたり「痛っ」となったりすることありますよねそれは脳がそのような痛みという感覚を生み出しているわけです私たちが感じている本当の身体的な痛みと脳が生み出している痛みというものは実は脳にとってみればほぼ同じ状態ですのでイリュージョン

脳が生み出したものなのか身体的な入力として入ってきたものなのかというのは私たちにはなかなか分からないわけですしかしじっくりと注意を向けて観察してみるとこれは身体的な感覚だなという風にわかる瞬間というのが出てきます

これが自分の本当の体の動きというものを理解していく上で重要になるわけですね大谷選手のバッティングフォームをこういうフォームで打っているということを解説できる人はいるけれども実際に大谷君のようなバッティングはできないとそれは体の使い方

メカニズムを分かっているというのと感覚として分かっていると別だということですね脳は遅れた情報を受け取っているしかしそれらあらかじめ作られたものであるものを先に使うことによって私たちはこの現実の世界に対応できる

このメカニズムが分かっている脳科学者や神経科学者あとは心理学者実際にそれを感覚として知覚している感覚としてそれらが体現できるというのは実はむしろ少ないわけですねこれが昨今のマインドフルネスといったようなそういったブームの中で

実際にマインドフルな状態を体現できるチベットの修行僧だとかの方が実はそれらを体でも使えてしまうので分かっているけれどもできないというのとできるんだけどよく分からないと

この違いですねそれほど理屈を十分に吟味してそして科学的な確証を持てなくてもそれらを体現してやれてしまうことがあるということなのでこのマインドフルであるそしてメタ認知を効かせる

そして身体感覚というものがどれほどのものなのかというのをこれらを日々の生活の中で特に高いパフォーマンスを出したい時スポーツだとか語学だとかあとは音楽だとか

あとはアートセンスを問われるような場面ですねとか空間認識をしないといけない時とかなどに使えたりするわけですトレーニングをする際に自分たちの身体感覚というものをことをいかに正確にそして鋭敏にそれらを捉えることができるか

これによってパフォーマンスが変わってきますのでこのメタ認知そしてマインドフルであるという状態これらをいかに作れるかというのがコツになってきます乖離というその身体感覚と自分が感じている感覚というものに

だんだんと乖離してくる現象これを催眠の世界では「トランス状態」と言いますこれがどんどんと深まってくるとその感覚をどんどんとずれてくるわけですねそれはたった50ミリ秒なんですけれども

その50ミリ秒が長く感じることによってどんどんと身体感覚が遅れてくるように感じるわけです実際には遅れているその秒数は変わらないわけですけれども感じ方が変わってくるわけですねどんどんと自分の身体的な入力というものが遅れてくる

という風になってくるとトランス状態が深まってくるそうなると体はほとんど動かなくなってきて感覚が遅れてくるような感じがありますので自分の動きが自分が思ってる動きになってないわけですよね

体が遅れているように感じるこれを催眠の世界ではそれを術者(催眠をかける人)が意図的にその催眠をかけられる人に対して「トランス誘導」といってトランスの状態に導いていくわけですけれどもそれを自分でやってしまう 自己催眠ですね

自分自身でそのトランス状態に持ち込むということをするようになるとその状態になるとその感じている知覚しているものと脳が作り出しているイメージというものがかなりの時間差ができるようになりますので

脳が生み出しているイメージが何なのかというのがかなりはっきりとわかるようになりますするとほとんどが実は自分がイメージとして作ってきた世界なんだなという風になりますするとそこを書き換えるということができるわけですね

トランス状態を作ると目から入ったものだとか耳から聞いたことというものをリアリティがあるものとして解釈することができます要は現実とのギャップを埋めるためのエラー処理というものにかなりの時間差があるように感じますので

なので現実のものをどんどんと取り込んでいくということが可能になっていくわけですねこの辺は理論的にちょっと難しいかもしれませんのでトランス誘導によってトランス状態に入ることができれば皆さんの潜在意識と思われるようなですね

自分では変えられないと思っているところこれらを変えやすくなるということですねこれをやってみるためにメタ認知やトランス誘導というものを使ってみると良いかと思いますトランス状態に入ると

学習するということが容易になります語学、運動そして姿勢だとか音楽、芸術、アートのセンスとか空間認識能力手順化ができて繰り返し行うことが可能な領域に関しては比較的容易に習得しやすくなりますそれによって身体感覚が変容しているという状態になりますので

一流のアスリートや芸術家はこれが他の人にも当たり前に起こっていると思っていたりしますのでわざわざこれを語ったりすることはほとんどないわけですけれどもそうした感覚を持っていますこれをゾーンだとかフロー状態だとかと呼んだりします

言い換えればこれがトランス状態となる脳波はハイガンマ波とあとシータ波これらが同時に出ている状態でこれは高度な瞑想をし続けているチベットの修行僧の方の脳波を調べると

相当な熟練した瞑想を行ってきた人であればこれらを同時に出すことができるといったようなことでこの状態になっているこれがゾーンやフロー状態というものに関係しているんじゃないかという研究結果もあります

これらを外的に作ってしまおうという手法もあったりします1つはバイノーラルビートという耳から聞いてそしてその耳の左右の周波数の違いによって脳波というものをそれに合わせて調整していくという手法これをさらに発展させたのがアイソクロニクルビートと言って

これは左右の周波数を変えるわけではなくて音楽自体を揺らがせるとその揺らぎの周波数が求めている脳の周波数になるような音楽というものを聴き続けるということによって脳波が影響を受けて

その脳波の周波数がだんだんとそこに合うようになってくるみたいなテクニックですねそのようにして脳波を高めていくそして低い脳波も同時に起こすというそういった状態というものがいわゆる変容をしている状態(トランス状態、変性意識状態)というものになります

ここにメタ認知というものを使う背中に投影機があってその投影機から目の前に映像を映し出されているというこの感覚これをやるには姿勢をぐっと そして胸を張って

背中からその三つ編みを少し浮かせるというこういった身体感覚これがあるとメタ認知が効きますので皆さんの常に日頃の行動の中に入れてもらえればいいんじゃないかなと思います私たちの限界について解説したいと思います私たちは自分自身でこれでも限界だと思ったとしても

実際には本当の限界に対して40%程度のところまでしか実は力を発揮できていないというこうしたフィジカルの肉体的な限界そしてそれを決めている自覚している精神的なメンタル的な限界

これらについてそれらをどう考えればその限界ギリギリまでパフォーマンスを発揮することができるのか体とメンタルの関係性についても解説したいと思います「限界の40%程度である」といったことがどういったメカニズムでそうなっているのか

というのも解説をしておきたいと思いますまずはエピソードとしましてこの40%というのは正確な数字ではありません研究として実際に実験させたところ40%付近というのが一番データとして多かったので

大雑把に40%という風にしていますがこれは当然人によって違いますトップアスリートだとか特殊な訓練を受けた軍人とかであればギリギリ限界のパフォーマンスというものを自覚的にもちゃんと理解できるとは思いますが

これは一般の人としてのエピソードで「懸垂をどこまでできるか」と聞かれたエピソードこの話をした男性というのは「自分の懸垂は8回程度だ」というので実際に懸垂をやりました8回でやはり力が尽きて

「もうこれ以上はできない」と言って諦めたんですけれどもそこにトレーナーがやってきて「君の限界はもっとできるはずなので休みながらでもいいので続けなさい」と言って「私はこの場を離れません」

と言ってそのトレーナーは「君は100回できる」と言った本人は100回もできるわけないと思っていましたがトレーナーが100回やるまでその場を離れないといったせいもあってやむなく休みながらも何とかして

何度も何度も取り組むことにしましたで8回やってその次は4回その次は1回 だんだんと回数が減ってきて疲労が溜まったことによって一度でやれる回数というものはどんどんと減っていく

それでも休憩を挟みながら何とかして取り組み続けると100回まで行けたわけですね休憩をしたことによって体力が回復したということもあるんですけれども本人は「もうこれ以上は無理だ」と思っていたところを「もっとやれ」というふうに迫られたことによって

その肉体がこれが限界だと感じているものというものは実際にやってみたら強制力を働かせると意外にできるといったことを示したエピソードになります私たちは自覚的に自分たちの肉体筋力や認知のパフォーマンスというものをかなり低く見積もるように設定されています

これは疲労だとか限界だと感じるようなメンタリティーというものはそれは太古の昔 私たちが自然界で生活をしていた際に体を酷使するとより早く多くのカロリーを消費してしまうこれは自然界ではいつ食べ物が手に入るかわからないので

できる限りカロリーは温存しておいた方がいいなるべく無駄遣いをしないようにしてそして無駄な動き無駄な作業というものはなるべくしないようにしてそしてその温存しておいたカロリーをちびちびと使っていく

そして獲物を取らないといけないとか急に逃げないといけないとか戦わないといけないといった本当の緊急事態においてのみエネルギーを一時的に瞬発的に使うように進化しました

なので私たちの実はこの体のメカニズムは大半は体がいかに怠けるかどうかというところに多くの仕組みというものが備わっていますなので私たちはできる限りカロリーを使わずにできる限りそのエネルギーを温存するような体に進化してきた

しかしこの現代社会ではカロリーはたくさん手に入りますしそしてその得たカロリーを私たちの体はまだそこまで進化していないのでそのエネルギーをなるべく使わないようにちびちびちびちびと消費していくわけですから

そうなるとカロリーが溜まっていくわけですねこれが現代人を取り巻く肥満と言ったような飽食の時代に私たちの体が適応できていない結果になりますこれほどまでにその自然界を見渡して肥満が問題になるような時代というものはありませんでした

ですので私たちの限界を私たちは低く見積もることによって簡単にブレーキをかけるそしてなるべく動かないようになるべく無駄な作業はしないようにという風に進化したわけですねなので私たちの脳や私たちの体というのは

怠け者になるように実は設計されていてそれによって私たちは生き延びてきたわけですチンパンジーやゴリラと違って人間というものは太りやすいという性質を持っているこれによって私たちはなるべくエネルギーを使わないように

節約することによってむしろ太れるようになりましたなので私たち人間は他の霊長類に比べても非常に太りやすいんですね太りやすいことによって飢餓の時代も生き延びられるようになった

私たちは生来的には実は怠け者として進化することによって生存戦略を生き抜いてきたわけですということは私たちは他の生き物よりも疲れやすくそして限界だと感じるラインが低いという特徴がありますですので私たちは自分が「もうこれ以上だめだ」と

「無理だ」「疲れている」と思ったとしても実はそれは脳があなた自身に「もうこれ以上動くな」といったようなブレーキをかなり低いところでかけていて実際にはまだまだ本当はやれて多くのエネルギーを使うこともできるにもかかわらず

そこに慣れてしまうことによってすぐに自分の限界だとか自分の疲労というものを感じることによって自分自身の動きを止めてしまうということが起こりますトップアスリートだとか特殊な訓練を受けた軍人だとかであればトレーニングの中でもすでにその経験をさせられます

私も野球を長らくやってきましたので中学校とかでも限界を超えて「もうこれ以上走れません」とか「これ以上練習できません」となっても先輩が怖かったり顧問の先生が「もっとやれ」と言われたりするとそれでもやらなきゃいけないという

そういう環境が作られてしまいますので有無を言わさず私たちはそれの中で練習をし続けるしかありませんトレーニングし続けないといけない意外に体は動くんだなとか限界だと思っていてもそれでもまだ走れるんだな

ということをそういった経験を通じて理解していきますですのでトップアスリートであればその限界だと思う感覚というものにも慣れてくるので普通の人であれば「もう無理だ」と思うライン何度も何度も経験していると「いやこれは全然まだまだ無理じゃない」という風に

脳が自分自身を「ブレーキですよ」とかけてくる感覚にも慣れてくるとなると「これは限界じゃない」という風にして自分自身の本当の限界というものがだんだんと分かってくるそうなるとそこまで続けられる継続できるということになります

自分が好きなことだけをすれば夢中になってそして能力が開花してそして成功するんだといったような昨今のいわゆる『引き寄せの法則』的なものが実は見逃している欠点です

私たちは好きなものであれば確かに興味を持って継続はし続けられますしかし限界を突破するという際には好きなだけでは限界突破できませんその手前で疲労だとかこれ以上ダメだという

限界のリミットの通知というものが脳からやってきますので好きだというだけではそこで辞めてしまうんですねなのでそれを超えようと思ったらそれを超えなければならないというプレッシャーだとかストレスが必要になりますですので引き寄せの法則でいうような

好きだから継続できるそしてなりたい自分になるんだということを思い浮かべればなれますと言っているのは一面では確かに好きなものの方が継続する率が高いですし

継続し続けられるというそのスタンスが長期的には効くんですけれどもしかしそれでもその伸び方自分自身が好きだから取り組んでいるというそのスキルの向上の仕方というのはそんなに大して高くないわけです

これが賛否あると思いますけれども日本の高校野球とかで過酷なトレーニング過酷な練習をし続けた強豪校の方が弱小高校よりも強くなるのはそこが実はポイントで

「もうこれ以上だめだ」「もうやりたくない」「走りたくない」「もうこれ以上バット振りたくない」「限界だ」と思っていても「大丈夫だ お前の限界はまだ先だ」と「トレーニングを継続しろ」「練習を継続しろ」と言われて

さらにやろうとするとそれでも体動くそうなるとなんだ俺まだ動くじゃないかまだいけるじゃないかということに気づきそして精神的にもそれに慣れてくるのですると自分の限界というものを超えるということ

こうした経験を体感的に分かってくるわけですねすると実は限界ではなかったんだということに気づくわけですなので限界はまず一つ目は自分自身が決めた限界はかなり低く設定されているここにまず気づけるかどうか

これは日常的に筋トレをしたりトップパフォーマンスとして日常的に取り組まれてきたそういった経験のある人であればまず一つ目の自覚として理解できると思います自分が体感している限界というものはかなり低いところに設定がされていると

そしてそれを超えた後はまた次の限界の体感というものが出てきますが一度目を超えてしまえば二度目三度目のラインというものはもう体感的に経験的に分かってきていますのでもうこれ以上無理だと思うところのラインというものを何度も何度も経験していくと本当の限界というものがだんだんこの辺なんだなというのが分かってきますので

そうなってくるとそこでやめてそして疲労が溜まりすぎないように休養したり栄養補給をしたり睡眠をしたりということをしていきながら自分自身の体力的なものを回復させてさらに強くしていくそしてそれはメンタル的な部分もそうですけれども

回復させていくということをするわけですね引き寄せの法則のように好きなものをイメージしてそして自分がなりたい自分というものをイメージすれば即ち自動的にそうなっていきますなぜならあなたの能力がその好きなものに対して興味を持ち続け

そして必要な情報をあなたが取ってくるからですといったようなこの理屈はとても魅力的ですけれどもこれだけでは皆さんの持っているポテンシャルを最大化することにはならないということこれを今回お伝えしたかったポイントになります辛いとかこれ以上継続できないとかもう限界だとなった時に

それを上回るように仕向けてくるような強いストレスこれが実は必要になってきますこれが時にトレーニングコーチだったりビジネスの世界であれば先輩のメンターだったりとか同僚との競争だったりとか

そうした外的なストレスがあることによってその限界を超えなくてはならない超えざるを得ないというシチュエーションこれらを経験できるかどうか 体感できるかどうかによって好きなことを継続してやっていく

その中にも大きな壁や越えなければならない障害は必ず出てきます出てこないとしてもそれは出てこないだけであって自ら設定するべきですそうなれば本当に持ってるポテンシャル本当に持っているパフォーマンスというものを

その一瞬の瞬発力で飛び越えられるようなそうした強さというものも身に付けられるようになりそれを発揮できるようになりますなのでもともと飛び越えられるような力を持っていてもブレーキがかかっているせいで飛び上がれない

その高さで自分で止めてしまうということが今の皆さんでも起こっているというそういった現象ですので本当はもっと高く飛べるのであれば高く飛ぶためにリミッターを外すと

それは自分自身がもうこれ以上無理だとそれは脳が作り出しているリミッターとしての感覚これが皆さんが感じる疲れだとか限界だといったような感覚これがまず脳の中で作られてなるべく休ませよう 動かさないようにしようという風にブレーキをかけますので

まずこれを超えることそして長期的にはやはり好きなことだとか興味があることでなければ継続し続けるそれを追い求めるということができませんのでなので好きなことさえしていれば何とかなるではなくて

好きなことを追い求めてそしてそこで高いパフォーマンスを出すのであればつい怠けてしまうつい高い壁から逃げてしまう自ら望んで高い壁を設定しようというそうした気分になれない場合には

外的な力として他者との競争だったりプレッシャーを与えてくれるコーチだったりそういった導きをしてくれるメンターだったりこういった存在がいれば皆さんはより高いパフォーマンスを出せるようになるという

そういった仕組みになりますでこの外的なストレスというものを自分自身で作り出せるというのが最も良いやり方かと思いますがなかなか初めは難しいんですけれどもしかし全く可能性がないわけではありません

外的なメンターだとかトレーニングコーチだとかが言っていることに関してもいわゆる最近ではそれが体罰と言われてしまうような本当に嫌なことをされてしまうそういった恐れもありますよねそれでも本当にこのコーチに言われてそれでもやらなきゃいけないっていう

ストレスを感じられるかどうかっていうのはその人との人間関係にも多少の影響を受けますのでできれば自分自身で自己を律するという意味でも自分自身の限界を超えるための自分というものをもう1人持ってた方がいいわけですよね

これが使えるのはメタ認知というやつでメタ認知を効かせることによって自分自身の限界というものを客観視した時にこの今感じている限界や疲れというものはこれ脳が作り出したイリュージョンなんだと

これは限界だという映画を見せられているだけで実際の限界はまだまだ先にあるというふうにメタ認知を発動してそのように捉えられることができればそうなればそれを超えるために

この疲れというものも「こんなものは気のせいだ」という風にして乗り越えられれば今までの限界よりもその一歩先二歩先に到達できる可能性が高まるんじゃないかなと思います自分が限界だと思っているところから

その次の一回二回 ここにようやく本当のトレーニングというものがある限界だと思って止めてしまったら実は全然限界ではないなので肉体は大きくならないしその限界を超えるようなパフォーマンスは一生出せないなので厳しいことを言うようなボディビルダーであれば

もうこれ以上上がらないと思ってからがトレーニングだよという風にそのような例えを出す人もいましたがまさしく私たちは自分たちで限界というものを決めてしまっていますのでその限界をいかに超えられるか

それも自分の意思で超えるかここにメタ認知を使うということになりますこの疲れという自覚症状お疲れというものもある種の感覚ですのでこの感覚が出てくるとどうしても

これ以上その行動をやり続けられない当然これは脳が発する強力なブレーキですからこのブレーキに対抗するのにも認知リソースを食うわけですこれはブレーキを踏みながらアクセルを踏むのと一緒でかなりの脳への負荷がかかるわけですね

脳は「もうやめろ」という風にブレーキを踏んでいる実はこのブレーキを踏むのにも実は認知的な負荷がかかるわけですさらに「それはまやかしだ」「そんなものは気のせいだ」とそのブレーキを踏んでいこうとするその脳からの圧力に対して

脳自身がそれに対してアクセルとして「いやまだ踏むんだ」「まだこの行動を継続するんだ」という風に押し返すということは脳の中でブレーキとアクセル同時に踏み込むということになりますので相当な認知リソースを食うわけですね

ですのでここは十分なエネルギーが必要になりますのでそれだけ潤沢なエネルギーというものを体に入れておく必要がありますここで現代の食事というものは特に簡単な食事が取れる時代になってきていることもあってか糖質中心の食生活というものが問題になります

糖質はその摂取する量に対するエネルギーになる割合が低い全然エネルギーとしての質が悪いわけですそれを日常的に食べていると全然エネルギーが足りないのでそうした脳の認知的なリソースを使おうと思った時に

本当の意味のエネルギーが足りないということになってしまいますですので食事は脂質をなるべく中心としてそしてタンパク質を豊富にとっておくこういったことを継続的に日常的にしておくことによって本当のエネエネルギーは体にある

そしてそのエネルギーが使える状態になっているそうした豊富なエネルギーがある状態を作るこれがまずスタートでそれがあるからこそ体が動く 脳が動くそして先ほどのブレーキをかけようとした

それに対してさらにアクセルで踏み出すといったことをする限界を超えようとするその意志力というものをそのエネルギーがあることによってできるわけですねなので現代人の摂取カロリーというものがだいたい今だと2000kcalから2500kcalぐらいが

摂取カロリーの目安推奨になってますけれども現代人は実際にはそれらよりももうちょっと低いわけですね1800ぐらいしか取っていないそうなると慢性的に実はエネルギーが足りてないわけですしかしそれで餓死する人はいないですよね

なぜこれでも生きていけるかと言いますとそれだけ日常的にずっとブレーキをかけ続けているわけですなので皆さんは実は自分たちが持っている認知的な脳のポテンシャルも体のポテンシャルもずーっとブレーキをかけたまま

節約節約で体が生きているわけですまず食べましょうそしてエネルギーを体にたくさん入れましょうそしてそれをエネルギーをいつでも使える状態にするために糖質を減らしましょう

それによってエネルギーとなる純度の高いそして質の高いエネルギーというものをいつでも使える状態というものをまず体が適応していくようになるそうなると脳の認知的なリソースも肉体的なリソースもある程度無理をしても大丈夫だという風に

体がだんだんと慣れてきますのでそうなると脳も限界というものをあまり低く抑えようとしなくなってきますそれだけ潤沢なエネルギーがあるという風に体の状態が脳がだんだんとモニタリングして分かってくると

それとその限界値を少しだけ引き上げるようになってきますそれでもそのエネルギーを取ったというだけではそのラインは少し引き上がるだけで今までできなかったことが急激にできるほどまでに引き上げたりはしませんのでまずは初めはエネルギーをちゃんと取る

そしてその後にその限界がやってくるという際のその限界の感覚 疲労の感覚その錯覚として生まれている脳のブレーキこれをアクセルで踏み返すといったことを継続してやってみてください

この際に姿勢が少し使えるポイントとなりますが肩甲骨をグッと寄せてそしてこの肩甲骨と肩甲骨の間の背骨を前に胸を張ってみるそうなるとその背中の筋肉というものが一時的に緊張しますそこに意識を向けて

かつその背中よりもさらに奥さらに後ろ側 体の外側に意識を向けて集中してそして世界を見る 認識するこれは前々回や前回でも言いましたけれども三つ編みが垂れていて

その三つ編みの先に皆さんがこの世界を見ている投影機があってそこから映し出されたその映像というものを私たちが日常的に見ているといった比喩を使いましたけれどもその映像を見ているんだという感覚このメタ認知を働かせるという感覚が生まれれば

皆さんが今味わっているそして疲れだとか限界だと思っているこの感覚も脳が生み出したもので実は現実ではない本当の現実そのものを感じ取っているわけではなくて

脳がそのように見せているある種のスクリーンの投影されたストーリーであるという風に見抜くことができれば十分にメタ認知が効いていますのでそのメタ認知を効かせた状態で

このまま疲れに身を任せて休んでしまうとかここで行動を緩めてしまうとかやめてしまうではなくてここで継続することによって自分の限界や能力のさらにその先というものを発揮できる

という風に考えればその感覚に負けるわけではなくその感覚が出てきたとしてもまだまだその先にあるんだという風にして行動することができるとそうなるとだんだんとその感覚自体も慣れてきますので

これは全然限界ではないというふうに分かってくると思いますなのでそういった経験体験を何度もしていけば皆さんのメンタルも身体も強くなってきますし自分自身の限界というものは非常に低いところに設定されているというのもわかると思います

これはある種の強制的なメンタルトレーニングの第一歩と言えると思いますがそういった意味では「好きなことだけして生きていきましょう」とか「望めば夢が叶うんだ」といったようなそういった成功法則的なものが実はあまり役に立たないのは

こういう点にあります嫌なことから逃げる嫌なことというのは疲れだとかあるいは外敵からのストレスこういったものから逃げるというのは自分の限界を超えるチャンスを失っているわけですから

なので好きなことをして生きていくけれども好きなことだけで生きていくわけではないとこうした捉え直しというものが必要になりますとはいえ私を含め多くの人は24時間365日好きなことだけをして生きられる人というのはいない

なので「好きなことだけをして生きているんだ」という風な長い文脈としてのストーリーを生きているという感覚は大事にした方がいいですけれども時には嫌なこともその生活の中に組み込んで自分の限界を超えるんだと外的なストレスを迎え入れることによってそれを利用して自分自身を強くするんだと

自分の限界を超えさせるためのツールとして使う嫌なことをそのようにして使うという使い道をマスターできれば良いことも悪いことも自分の成長に使える自分のパフォーマンスを最大化するために利用できるとメタ認知を働かした状態で世界を捉えることができれば

皆さんの本当の長いスパンで見た時のパフォーマンスの向上や手に入れたい成功というものがぐっと近づくんではないかなと思います今回は40%ルールと言って自分で限界だと思っている場合は実際の限界の40%程度のところなんですよといったことをお話ししましたけれども

限界というものを自覚する限界というものを感じさせることによってなるべく休ませよう なるべく無理をさせないようにしようそしてエネルギーを温存させようといったような生存戦略上のメカニズムというものがありますので

これらを頭で理解していれば自分の限界というものを突破する際にもあまり恐れずに突破できるんではないかなと思いますのでぜひ参考にしてもらえればと思いますメタ認知を実際に活用をして持っているポテンシャルを最大限に発揮するための身体感覚

これをさらにスポーツだとかあるいは創造性を使う認知機能を持っている潜在能力を最大限に発揮するためのテクニック実践編これを解説したいと思いますここまでメタ認知というものがいかに重要であるか

そしてそのメタ認知を常に高度の高度な状態で使い続けながらも私たちのこの潜在的な能力意識できない意識を超えたスピードで操作する場合例えば手を動かすこれも筋肉を動かしているわけですし

私たちは心臓やそして呼吸こういったものもある程度意識を向ければ活動しているということが自覚できても胃だとか腸だとか内臓機能や免疫

こういったものに関しては全く私たちが意識のコントロール下に置けないしかし実際に活動していることは分かっている脳や腸というものにもこのニューロンを介した連携というものを行うことによって生存していく上で有利なように活動をし続けているわけです

私たちは実際にこの体を使って何かをするそして脳の認知機能を使って何か思考をしたりとか今私のように口を動かして会話をするといったことも常に自動で私たちの意識のその下にある私たちが意識できない領域で常に活動をしているわけです

意識しない方がいい領域これらの能力を最大限に発揮するためには逆に意識するところが邪魔をしてしまうというのはまずいわけですねスポーツをしている人ならイメージしやすいかもしれませんが自分のフォームを気にしすぎると結果がうまくいかないということがあると思います

私はピッチャーでしたのでマウンドに立って打者に対してそしてそのボールを受けてくれるキャッチャーに対してどんなボールを投げるかということを本来は気にしなければならないんですけれども自分のフォームが気になる肩の位置だとか腰の開き方とか

どの位置に足がつくかこういったことを気にし始めるとそのボールの行く末よりも自分のフォームの方を意識が考えてしまうことによって本来の体のスムーズな動きそれも最大出力としての筋力を連携させて

最も力が出るというその動き これ自体が阻害されてしまうぎこちなくなってしまうことによってうまく最大のパフォーマンスが出せないこれは筋肉を動かすということに使える神経回路のスピードこれは非常に速いんですけれども

しかし私たちのこの思考という意味で考えることができる、意識を持てる領域の思考というのは遅いんですねこれは本能と理性 感情と論理的思考こういったものでよく対比されることがありますダニエルカーネマンはこれをシステム1、システム2といったような言い方をしたりしながら速い思考(ファスト思考)と遅い思考(スロー思考)

これで速い思考というものは感情的であり本能的であるそれに対してスロー思考というものは合理的であり論理的でありなので私たちは日頃意識して思考しているこれによって様々なことを合理的に行いたいと思ってはいるんですけれども実際にそれが瞬時にパフォーマンスとして出せるかどうかというのはかなり疑わしいわけですね

というのも私たちは日常的に様々なことを同時並行で行っているわけですけれども全てが全てこのスローである論理的な合理的な考え方をする意識の方でコントロールしようとするともう遅くて仕方がないわけですねさらにこれはまあ別のエピソードでも言いましたけれどもこのスローな方の思考というものは非常に多くのリソースを食うわけですすると一気に脳がそれだけのエネルギーを使うとなると疲れてしまって

そしてもうそれ以上考えられなくなってしまうとなるとほとんど思考が働かなくなってしまう合理的な判断がそれ以降できなくなってしまうということが起こるわけですね私たちの体のエネルギーというものは無限にあるわけではありませんので当然そうしたことにいちいちいちいち思考を使っているようでは1日が持たないわけですね

そして私たちのこの体の脳を消化器官にも限界がありますのでそのエネルギーを山ほど食べれば使えるようになるのかというとそうでもないわけです実際には食べたとしてもそのほとんどがその消化能力をオーバーして摂取したとしてもそれらは排泄されてしまうか もう食べれなくなって吐き出してしまうか

なのでエネルギーとして取り込むにも上限があるわけでそしてそのエネルギーを使う場合にも上限があるわけですとなるとなるべく早く決断をした方がいいところや体を動かすだとか慣れ親しんだ動きに関してはなるべくそのファスト思考 いわゆる潜在意識の方で

感情やそうした感覚というもので意思決定をしていくように自動化してしまって合理的な思考だとかよりメタな思考の方には意識を使うというこの組み合わせがいいわけですねなので私たちが日常的に行っている作業のほとんどが

実はそのようにして行っているわけですけれどもスポーツだとかビジネスのシーンだとか何らかの結果(パフォーマンス)を出したいと思う時にはそれらが逆になってしまううまく噛み合わないということが起こるわけですなので今日はそれらをどう使えばいいかというその考え方とか感覚

これらについてのヒントをいくつか出しますので気に入ったものや試してみたいものがあればぜひそれらを参考にしてもらえればと思いますまずこの身体操作 体を動かすとか体の感覚ですね背中側を意識するということで

肩甲骨と肩甲骨の間の骨(背骨)このさらに後ろに意識を持ってくるこれによって背中全体特にこの肩甲骨付近の背骨というものがぐっとこう張りを持つことになります

力が入りますそれによって全身の筋肉のバランスというものが取れるようになりより広い領域に意識が向くようになります具体的なイメージとしましては投影されたスクリーンの映像として見ているというイメージ

そしてそのスクリーンの投影のもととなるのはこの頭の後ろ背中に対して投影機がついていてその背中から投影されているというふうにして見ることによってこの体の周辺全部に意識を向くようになり

通常私たちは何か考え事をしようとすると頭の中 この額の付近の内側で考えようとしてしまいますそうなると自分たちの考え方というものがぐっと狭まってしまうことによってある種、集中しているとも言えますが逆にターゲットとなる目標以外のものが捉えられない

という視野が狭くなってしまうという恐れもあります私たちはこの世界を生きていて様々なチャンスや様々な情報というものが飛び交っていますので自分の目標だとか自分の生きていく上での有効だと思うもの有益だと思うものは

いち早くキャッチできた方がいいわけですけれども自分の内側に何かを探そうとしてしまうこの状態が長く続くとそうしたチャンスを見逃してしまう恐れがありますあなたの成し遂げたいことやあなたのその夢を実現するために本当にあなたが好きなものはあなたの内側にあります

といったアドバイスありますよねあなたの心の声に従えばいいんですこれは解釈を間違えると「自分の中にもう答えがあるんだ」と解釈をしてしまうと危険です自分の中に答えがあって

そして自分がその答えを知っているのであればもうその答えを実現できるはずですよねこれは正確ではありません自分自身の潜在意識がどのような反応をするのかというその反応に対して注意を向けることはいいんですけれども

決してどのようにして成功するかを自分自身が知っているという意味ではありませんなので積極的にその成功や目標を達成するために必要な情報というものは自分の外側にあるのでその自分の外側にあるものを見つけ出す必要がありますこれは宝探しと一緒で

みんながあそこに宝があるぞとかわかりやすくダイヤモンド鉱山としましょうみんながダイヤモンド鉱山だと言って群がっているところに後から行ってももうダイヤモンドは残っていないわけですそれよりもまだ誰も発見していないところに

いち早くそのダイヤモンドがあるんじゃないかという風に察知をしてそしてそこにいち早く行くことによってファーストムーバーとしてそこのダイヤモンドをなるべく多く自分のものにすることができるわけですねですのでどんなことが自分にとって

自分の人生にとって有益なことになるのかとか自分が達成したい目標に対して必要な情報というものは外側にあるなのでなるべく自分の意識というものは広くそして自分の目標に有益なもの役に立ちそうなものというものに対して

センサーを働かせて拾ってくるといったような意識の持ち方これがメタ認知自分を真ん中に置いてそしてその自分をさらに斜め上の自分が眺めているなので自分とその周りの空間これらを自分は意識として捉えているといったような形で

その領域をどんどんどんどんと広げていけば私は今部屋にいますがこの部屋の中だけではなく例えば港区さらに東京都さらに日本といった大きい空間で捉えることができるわけです

今の時代は情報空間こういったYouTubeもそうですしFacebookやX こういったものでは世界中の情報が拾えますなので情報空間というところまで意識を広げればそれこそかなり広い領域から情報をピックアップすることができるわけですね

しかし情報空間で注意しないといけないのはその皆さんに対して流されてくるフィードはそのプラットフォーマーがアルゴリズムに基づいて配信をしてますので必ずしも皆さんが求めている目標に対して有益な情報が流れてくるわけではなくてプラットフォーマーが最も稼ぎやすい形として流してくる情報なので

そこはプラットフォーマーの目的に応じた情報が流れてくるだけですなので皆さんをより長くそのプラットフォームに留めることによって広告収益がプラットフォームに入りますのでなので決して情報空間まで意識を広げましょうといったところでずーっとYouTubeを眺めていたり

ずっとFacebookやXをスクロールし続けるみたいな形では皆さんにとって有益な情報が手に入るとは限らないわけですね手に入る可能性もなくはないですけれどもプラットフォーマーが利益を取れるようなアルゴリズムにただ従ってるだけでは手に入る可能性は低い能動的にそのあたりは情報の発掘をしていく必要があります

イメージとしましては 自分がいてそしてこの周辺の空間 周辺の領域も自分だという風にしてもう一人の自分が斜め上から見ているこれを私は斜め上ではなくて肩甲骨の後ろあたりの投影機ここが自分の本当の情報をコントロールしている

情報に対してどのように認識するかということを決めていて投影をしている自分というものがいてそしてこの肉体としての自分はそのスクリーンの前に座っている観客であるこの映画館の世界から出ることができない観客としてそのスクリーンをずっと見続けさせられているというようなイメージを持っていただければ

メタ認知というのはそういった状況なのであるということがイメージできればそれはメタ認知が発動している状態になります私たちは多かれ少なかれこのメタ認知が一瞬でも出るそうした特性がありますのでずっとそのメタ認知の状態を維持できれば

するとそのメタ認知の状態を維持した上でスポーツやビジネスというものでどう発揮するかというイメージの持ち方ができるので準備としてはメタ認知の発動できる状態というものをまず先に作ってください次に身体操作としてそしてこの頭の使い方としてどのような使い方をするかというのを

引き寄せの法則といったものと対比させながら説明してみたいと思います引き寄せの法則皆さんは一度は聞いたことはあるんじゃないかなと思います特にこの私のエピソードを聞いている人であればなんとなくでも聞いたことがある

もう結構しっかり聞いていて実践しているという人がいるかもしれませんが引き寄せの法則というのは強く願えば 願望を持てばそれらが自然に自分のもとにやってくるとなので引き寄せると

これは自分が何か努力をするというよりも強く願っていれば私たちの脳とか潜在意識というものは勝手にそれを探してくるので自分が達成したい目標に近いような情報だとかその行動を勝手に取ろうとしていく

それによって自分の望ましい求めているものに近づいていくということで引き寄せていくというそういったニュアンスの理論になりますがこの前提というものに対してひっくり返すところがありますので

少しだけ注意深く聞いてもらえればと思います引き寄せの法則ですけれどもこの引き寄せの法則だけをやってもうまくいきません何かを強く願えばその夢が叶うこれを本気で信じられるかどうか

皆さんの多くはただ願えば強く願えば願いが叶うといったようなことに違和感を感じるんじゃないでしょうか行動が伴わなければ結果を出てこないというごくごく当たり前のそして皆さんも普通に同意ができるであろうこと

ここが省略されてしまってるわけです強く望めばその自分が希望する未来というものが勝手にやってくるとしかし行動を起こさなければ現実は変わらないなので行動をどう起こすかの方が大事なわけですよねその行動を起こす際に自分の夢や希望に対して近いような行動を取れればいいわけですけれども

私たちの無意識 私たちのこの潜在意識というものがどのようなメカニズムで動いているのかを考えると実はこの私たちの行動やこの動きに対するイメージの持ち方というものをぐるっとひっくり返してみると面白い解釈になったりしますこれは引き寄せの法則に対して その逆で

私たちが未来を引き寄せるのではなくて私が未来を引き寄せるのではなくて私が未来に引き寄せられるといったようなイメージとしてイメージを逆転させますこれはどういうことかと言いますと

例えばここにペンががありますこのペンを机の上に置いてみますがこのペンを取りたいと思った場合取りたいと願望を持った場合にこの状態で「ペンを取りたい」「取りたい」「取りたい」と願望を唱えたとしても

実際に手を動かさなければペンが自分の手元に来ることはないですよねしかしその逆と考えてみたらどうでしょうかペンが私の指を引き寄せているとなので私の指はペンに引き寄せられていくという風にイメージしてみると

するとそのペンに対して自分の手が動いていくのはペンが私の指を引き寄せているそしてそのペンを持って紙の上に置くこれでペンによって紙の上に字が書けるとこれは私たちはごくごく自然に

何も考えずに日常的に行っていることですけれども実は潜在意識が行っているということはこういうことなんです潜在意識というものはこの筋肉を動かす時にまず何をするかというと予測を立てます

予測というのはどれぐらいの力でどれぐらいの速度でその目標物に対して動けばこの目的を果たせるのかどうかと予測するわけですなのでペンを取ろうと思った場合にはこのペンに対して手をどこまで動かせばいいのかということをまず初めに計算をしてそしてこの指の動かすスピードを瞬時に判断していくわけです

それがもう私たちの脳には刻み込まれていますのでその計算も非常に効率の良い状態で計算がされた状態であるわけですね毎回毎回 予測というものを細かく計算するわけではなくて過去に使った予測というものもこの記憶という状態で残されてますのでただそれを参照して引き出してくるだけで持ってこれると

すると脳はそのエネルギーを節約した状態でそれらの行動がすぐに取れるわけですねなので体を動かすとなった場合に脳はまず目標であるこのペンを取るという動きを予測してシミュレーションをした上でどこまで手を動かせばいいかということを

実際に手を動かす中でこのペンを握ったというこの指先にくるペンを触ったという感覚これによってペンが持てたのかどうかということをチェックしてそしてもし持てなかった例えばペンを取ろうと思ったけれども

違うところに指が行ってしまったペンが取れなかったペンに触れなかったあるいは触ったけれどもうまく掴めなかったとしたらそれは脳にとってみれば予測のエラーですので

その触れなかったという感覚をもとに元々の予測を修正するわけですそれによって指をどのように動かせばいいかということをまたさらに再計算し直して指を動かしていくわけですねなので私たちはこの目標となるペンと

今手が私の胸元にもしこうあったとしたらこの胸元にある手からこのペンまでの間の移動に関してはほとんど計算しなくていいわけですなので予測としての結果はこのペンを取り上げるこれが結果だとしたら

ここまでの途中過程の動きというものは全く考えなくてももう計算された後で予測としてもう計算してますのでいちいち考えなくていいわけですねこのようにして取ったものが私たちの無意識の中でこの一連の動きというものがもう脳の中では記憶されている状態で

ただそれを参照するだけでできるわけですねここでエラーが発生した場合ペンが取れなかったとなった場合にはそれらを修正するそれが学習というやつですね私たちは何か新しく学ぶということを学習と呼びますが

こうしたエラーを起こした場合も学習されます予測が間違っていたのでその予測を修正していくわけですねですので私たちの実は学習のメカニズムというのは間違った時に学習が行われるわけです予測が間違った時という意味ですね

なので全くの新しいことであれば全くの新しいこととしてもともと予測していたことというのは全く新しければほとんどの予測は外れるわけですね過去の経験がないので脳にそういった配線がないので初めてやることというのは大抵予測はほとんど当たらないか

その予測はかなり不安定なそして概念的なもので具体的でないようなものが予測として立ち上げられるわけですけれどもそれらを実際に行ってみると多くの面でエラーが出ますのでそこで学習をしていくわけですね

なので結果としてうまくいったとしてもそのプロセスだとか得たフィードバックというものは事前に立てた予測に対して追加でのたくさんのフィードバック情報が入りますのでそうなると私たちは学習をしていくことになります

この学習をするというのは練習をするとき野球であれば練習時間に行うことピッチングフォームを整えたりバッティングフォームを練習したりあとは守備練習でボールを取ったり投げたりこういったことをする時には

このエラーを修正していくということをたくさん繰り返してそしてうまくいく方法 うまくいく流れ うまくいく動きというものをもう修正をしなくても大丈夫なぐらいそのパターンを脳に刻み込んでいくという形を何度も何度もやるわけですねそれが練習の時はそれでいいんですけれども

いざ本番になった場合はですね今までその練習の中で身につけてきたパターンをいち早く取り出す必要があります特に試合だと結果を出さなければならないのでどのような結果を出したいかというその目的・ビジョン

これらをメタ認知をまず働かしておく必要があります最近は大谷翔平選手の成績があまりにも素晴らしいので比喩として大谷選手の例えを出してしまいますがもしあなたが大谷選手だったら打席に立った時にどのようなメンタリティで臨むか

どのような考え方をすればいいかという一つの例として言いますまず試合に勝つということをイメージングする場合にはどこまでそのメタ認知というもの広げればいいでしょうか試合というのは野球の場合は9回までありますので9回まで1回表1回裏2回表2回裏

こうした時間軸としてのまず広がりがありますね9回までとなると時間的にも2時間半から3時間までの間の中で行われるわけですから開始した瞬間であればこっから2時間半や3時間先まではメタ認知の領域に入ってくるわけですねそして自分の打席に回ってきたとなれば

バッターボックスに入ったその場合自分がどのようにすれば得点を取れるのか得点を取るために自分は何をするべきなのかということを考えるこれもメタ認知が発動していますその状態でこの場面でホームランを打つというのが

最も今の置かれているシチュエーションにおいてベストであると考えた場合はボールがまずこの球場でオーバーフェンスすればホームランになりますのでそうなるとまず空間的な広がりというのはこの球状全体まで自分のメタ認知というものを広げますそしてこの球状のオーバーフェンスしたその先

観客席やその先ですねさらに観客席を超えた球場の外側ここにボールが吸い込まれるボールがそこまで引っ張られると言ったようなイメージ観客席がボールを引っ張っているというイメージ

今度は自分が打席に立っていますので自分のバットに当たったボールが引っ張られるわけですので自分のバットは今度はピッチャーが投げたボールに対して自分のバットが当たる自分のバットがピッチャーが投げたボールに引っ張られるというイメージバットがボールを飛ばすのではなくて

ピッチャーの投げたボールに対して自分のバットの芯スイートスポットですねバットの芯最も一番よく飛ぶ箇所がバットにはあるんですけれどもそのバットのスイートスポットにボールが当たれば一番飛びます

なのでボールに対して自分のバットが引き寄せられるなので発想が逆になっていくわけですねこのようにして考えていくと「どう振ろうかな?」ではなくてボールに対してバットが引っ張られるその最短の動きというもの

そこに対して引っ張られる動きというものに視点を変えていくわけですねピッチャーであれば自分が投げてバッターに対して投げるわけですけれども実際にはバッターに対して投げればバッターに当ててしまってデッドボールになりますのでキャッチャーに対して投げるわけですね

その場合はキャッチャーのキャッチャーミットにストライクゾーンに収まればいいわけですねその途中のキャッチャーミットに入るまでの間にバットに当てられてはいけないわけです当てられたとしてもそれがヒットにならない領域にボールが飛べばピッチャーが成績を残せますのでそうなるとピッチャーができることというのは

キャッチャーミットに対してキャッチャーが要望している領域あるいはピッチャーとしてこのような形で投げたいと思うそのボールの行き先がキャッチャーミットとしてキャッチャーミットに投げたボールが吸い込まれる

そういったイメージで投げるということですねなので自分は投げてキャッチャーミットにボールを押し込んでいるわけではなくてその逆でキャッチャーミットが自分のボールを呼び込んでいる自分のボールがそこに吸い込まれていく

引き寄せられていくという風にして考えていくわけですねこうしてメタ認知を発動させた状態でその途中過程であるその体の動きだとかその反応というものを意識では考えないそれは考えなくてもいい領域である身体感覚や潜在意識と言われるものが自動的にやりますので

そこの邪魔をしないとあくまでも自分はその方向だとかその結果をイメージすることによって望ましい結果を出すそのターゲットだけを決めるとそれによって途中過程は勝手に体が反応する勝手に自分の潜在意識が最も最適なリソース

最適な計算というものを引き出してきて瞬時に反応するということをするわけですね特にプロ野球の世界、メジャーリーグの世界だと打席に入った打者がボールがどんなボールなのかというのいちいち考えて判断している余裕はありませんもう体が勝手に反応するという世界なわけですね

なので考えたその自分の意識が「カーブだからちょっと待ってから打とうかな」なんて考える余裕もないわけですとなるとカーブだろうがスライダーだろうがまっすぐだろうがその判断は実はしている暇はないわけです

なので無意識の領域で勝手に反応すると勝手に判断して勝手に対応してくれるといった場合にはイメージとしては勝手にバットがそのボールに対して吸い込まれていくと引き込まれていく当たった場合はそのボールがホームランとして

観客席がボールを引き寄せているなのでその場合のボールの角度バットに当たった時の角度というものはその潜在意識である自分の体が知っているのでその角度でバットを当てにいくわけですね私たちの意識というものは

いかにこの潜在意識が持っている知識だとかその反応というものを邪魔しないかということになりますでとは言っても潜在意識というものは全ての状態というものを把握するわけではありません目の前に起こっているものに対して瞬時に反応はしていくわけですけれども全体の指揮・統合というものを示す必要がある

皆さんの意識というものはオーケストラの指揮者のようなもので全体としての流れや向かう方向性だとか考慮しなければいけないという意味においては広い視野を持ち続ける必要がありますが

具体的な演奏だとか具体的にどう動くかというのは潜在意識である各体やパーツに脳の瞬時の判断早い判断ができる感情的なもの感覚的なものに任せてしまった方がうまくいくわけですねこれは知識労働も同様です私たちがどのようなものを作りたいのか

それによってどんな価値を生み出したいのかどのような世界を作り出したいのかお客さんに対してどのような価値を提供したいのかお客さんをどのような世界観に築き上げるそうした支援をしたいのかといったような大まかなビジョンだとか

そしてその世界観 より広い領域に対して常に視野を持ち続けるというのはメタ認知がするべきいうことですけれども具体的にじゃあ今私が話している内容の1個1個の一字一句だとかどこで感情を込めて込めないかといったようなことだとか

あとはプレゼンテーションで使っていく文字によってこれがどのような感情になるのかとかこういったことをいちいちいちいち考えてると間に合わないわけですねビジネスの世界では十分な時間を与えられてそれらの準備をしてもいいですよ

と言われることも中にはありますがとは言っても早く動いて早くその行動に対して先手を打てた方が当然有利なわけですよねなので時間を十分にかけるよりも素早く動けて素早くそのゴールに対してアプローチができる方が当然有利なわけです私がこのようにして今 YouTubeという媒体やポッドキャストで

この私の話を聞いているであろう聴衆の皆さんこういった方たちに対して話をしていく際にもイメージとしては私が今考えていることとか私が伝えたいことを伝えているではなく逆で 皆さんが私の話を楽しみにしていて

私の話を興味深く聞いていて私の話で何か自分を変えたいとか新しい知識を得たいと思ってくれているその人たちが求めている状態をイメージすればその皆さんに対して私がしゃべらされている

私が考えていることや私の思いというものは勝手に引き出されていくといったイメージを持って話すようにしていますそうすれば大勢のオーディエンスの前で登壇して目の前でいろんな多くの人が私に対して注目をしている中には注目しておらずあくびしていたりする聴衆がいたりするような場面

そういった場もあったりしますがそういった場面の壇上に立ったとしてもあまり緊張しなくていいのはそういった捉え方をしているからですね何か気の利いたことを言わなければならないとか

聴衆の皆さんを楽しませようとか笑わせてやろうとかという風に考えるといろんなことを考えてしまうわけですこれを言うと面白くないんじゃないかとか今何か喋って滑ったんじゃないかとか興味がもうなくなってきたんじゃないか

ということを気にしていくと自分が本当に喋らないといけないことというものに対して意識が割り込んでしまってスムーズに話せなくなってしまうわけですねしかしそれを逆転させて

もうここに来ている皆さんは私の話で興味を持っている状態何か聞きたいと思っているそして私の話を聞いた上で「面白かったな」「知識がついたな」と思っている状態そこに対して私がしゃべらされていくというようなイメージを取ればこの内側にある私がテーマに沿ってこれを喋ろうという風な

私の中にある経験だとか知識というものを皆さんが引き出していっているそういった意味では実はこのYouTubeだとかPodcastといったような目の前に聴衆である皆さんがいない状態で話すというのは実は結構難易度が高いわけですね実際のリアルの聞いている観客の皆さんがいる状態で話す方が本当のリアリティがありますので

そういった場面だと言葉というのは比較的たくさん出るんですけれども今の私のこの状態だと私の目の前には想像上の皆さんしかいないわけですがしかしその想像上の皆さんであったとしてもその皆さんから私が引き出されている

という意味で私が何を喋ろうかではなくて皆さんの方から私がしゃべらされているそういったイメージでアウトプットしていくとすると緊張や何かまずいこと喋ったんじゃないかといったような反省とかも特になく淀みなく自分のもともと持っているポテンシャルとして

それらを発揮するようなことができる体をスムーズに動かすことができるこの話すというのも声帯だとか舌・口そして肺こういったものをちょっとリズミカルにかつバランスよく動かさないと話し続けられませんので

体を使っているわけですねなので私たちのこの思考というものは頭蓋骨の中にある脳の中だけで行う場合も中にはありますけれどもほとんどが実際には何らかの身体操作を使っているわけですねなのでこの身体操作としてのこの体というものをいかにスムーズに使うかそれによって最終的なアウトプットというものが影響を受けていくわけですね

なのでメタ認知はこのアウトプットに対するイメージに対して自分から何かをしてやろうといういわゆる願望によって突き動かされていく自分を動かしていく ではなくてこの外側にある環境これは相手であったりとか

あるいは自分が描いている夢だとか目標だとかこうした自分の今のこの位置よりも遠い場所から自分は引っ張られている引き寄せられているという風に考えると自分の内側に答えがあるのではなくて自分の外側にある答えに対して

自分がどんどんと引き寄せられることによって近づいていくことでそれが時間的な距離でもいいですし空間的な距離でもいいわけですけれども今の自分のこのいる場所ではないどこかこれはどこなのかというのはメタ認知がそれらを考えて決めていくわけですけれどもそういった空間的な広がりや時間的な広がりというものを

メタ認知が常にモニタリングしながらイメージングしておく中でそこに対して引っ張られていくといったような感覚で行動をしてみるとその行動自体は無意識の自動的にやれるところが力を発揮して動いてくれますのでそこに到達すること自体はもともと持っているポテンシャルで最も良い形としてスムーズに出てくると思います

ただその目標となるポイントをどこに置くかというのも一つの考えないといけないところであまりにも遠いところに置くとそこに対して無意識で一直線に行けるわけではなければ考えないといけないとなるとその場合また思考が必要になりますのでダメなわけですね

ここにあるペンを取るというこれは非常に近いところで全く考えなくてもできるわけですねなのでこのペンを取るというぐらいは難なくできますがこのペンを取って紙に書くこれぐらいもまだ何も考えなくてもできます

しかしこのペンを持って紙に書いてこの紙で書いた中この文章が例えばピューリッツァー賞だとかヒューゴー章を取るような重厚な文学を書くんだとかになると考えなければならないとなるのでそこまでを無意識のうちでやってしまおうとなるのはあまりにもそのポイントが遠すぎるわけですね

さっきの例でいけばホームランを打つというイメージを持った時にボールが観客席に吸い込まれるといったようなイメージを持つ場合はそのホームランでボールが観客席に吸い込まれるというイメージを持てないといった場合それはホームランを過去にあまり打ったことがないホームランというものを実際にそれほど体験したことがない場合であれば

その具体的なイメージというもの付かないと思いますですのでそうなればもっと手前のピッチャーから投げられたボールにバットが吸い込まれて当たるといったところをまずひとまずのポイントとして自分のバットがボールに引き寄せられてしまう

なので自分は来たボールを打っているわけではなくてボールが自分のバットを呼び寄せていくそういう意味ではどこにポイントを置くかというのが遠すぎてもその途中で思考が必要になってしまうんであればそれは遠すぎますし近すぎてもその結果に対してあまりにも今度は距離が出過ぎてしまうとなれば

ある程度のところでそのイメージするポイントというものを自分の中の思考のスイートスポットそれを置く必要がありますのでそれが皆さんにとってどこが最も最適なポイントなのかというものをいち早く見つけて

そこで設定してもらえればいいんじゃないかなと思いますこのようにしては人前で話すとなった場合はその聴衆の皆さんが笑っているあるいは興味深く聞いてくれている終わった後に「今日の話面白かったな」「役に立ったな」という感想が出てくるこういったところが想像できるのであれば

それをイメージしながらその状態に対して「私はしゃべらされている」というふうに持ち込めばいいですしまだそのような経験をしたことがない人前で全く喋ったことがないとかたくさんの聴衆の前でしゃべったことが全くないという場合であれば

まずは目の前にいる一人に対して何かその人が興味がありそうなことを自分がその人が喜んでくれている姿をイメージしてその人に対して自分はしゃべらされているといったようにして少し範囲を狭めて近いところに置いてもらえるといいんじゃないかなとだと思います

なのでそういう意味ではその遠くにゴールを置けば自動的に叶いますではなくてその辺りのそのスイートスポットも都度都度の調整していく必要があります段階的に実際には近いところに最終的になる近いところからクリアして

考えなくてもできるようになってくると徐々に徐々にそのスイートスポットは遠くなっていき最終的には非常に遠いところであったとしてもその途中過程は無意識のうち自動的にやれるようになるというところにまで発展させることができれば

皆さんの持っているポテンシャルというものはかなり高いところにまで上り詰めているという風に考えることもできますのでぜひその自分自身のスイートスポットを見つけてそこに自分が引き寄せられているという風に考えてみてもらえると面白い体の感覚だとかこの世界を見る時の皆さんの感じ方

感覚というものも変化してくると思いますのでぜひ試してもらえればと思いますメタ認知を活用してそのメタ認知によって自分の体や感情や思考こういったものが引き寄せられていくといったような考え方を持つと

その持っているポテンシャルを思考が邪魔をするではなくて思考がむしろその本来動いて結果を出すべき動きというものを導くといったようなリードすることができますので思考が皆さんの身体や感情というものをリードしていく引っ張っていくといったような現象ができますので

ちょっと面白いので試してもらえればいいんじゃないかなと思いますまずはもし手元にペンあるいはこの今動画や私のこの話をスマートフォンで聞いているのであればそのスマートフォンを一度机に置いてみてそのスマートフォンに自分の手が吸い寄せられていくと

それによってスマートフォンによって自分の手が動かされているという風に考えてもらえるといいんじゃないかなと思いますそういう感覚で世界を見ていくとあらゆるところに実は皆さんを引き込もうとしていく皆さんの動きというものを引っ張ってこようとするもの

という誘惑や誘引物がいっぱいあることに気づくと思いますですので日頃無意識のうちに行動していたことでもそれが自分が本当に求めていることをやっているわけではなくてそれらの対象物が皆さんを誘惑して皆さんがそれに勝手に引き寄せられているだけの行動も

日常的にかなりあるんだなということに気付ば「違う違う これは自分が本当に成し遂げたいことではないんだ」と「むしろそこから遠ざかってしまうような行動を自分は取ろうとしてしまっている」という風にして自分にブレーキをかけることもできますキャンセルすることもできますので

そこに気づけることができれば皆さんは今メタ認知がちゃんと発動して自分の行動というものをちゃんとモニタリングできているという風になるだと思いますのでそうした考えも一つ取り入れてもらえればいいんじゃないかなと思います

IQを上げる身体操作メタ認知の領域を広げる身体感覚のイメージの仕方について解説をしたいと思いますここまでメタ認知というものがいかに大事でそしてそれらは日頃から意識をしてメタ認知というものを働かせ続けるそのためのテクニックやメタ認知がいかに有効でそしてまたそれを維持するのがいかに難しいのか

こういったことを回数を重ねるごとに説明をしてきましたここまで一連の私のエピソードの聴いてくださった人にはその重要性やメタ認知の取り扱いこれらについて理解が進んでいるかと思いますが自分を客観視する

その対象が自分だけでなくもし誰かと話をしているのであればその相手そしてこの自分と相手のこの関係性やさらにもっとメタ認知の対象を広げるとその話している環境そして2人の歴史それぞれの持っている価値観の蓄積これは自分も含めですが

こうしたものを捉えることができそしてここにいない誰か対象者と自分自身が関係の上で参照するべき相手や歴史、文化などの背景こういったものもその捉える対象として眺めることができる

こういった思考の仕方認知能力というものがメタ認知というものですこれは人間特有のもので他の動物にはできないそうした特殊な能力ですけれどもこれを私たちはある程度は発動させることができるんですけれども

それをもっと強めたりそれをもっと広げたりそしてそれをフルに使い続けるということはなかなかできません私たちには感情というものがあり即時的に反応するといったそうした考えなくてもできる潜在意識こういったものによって自動化された日々を過ごすことによって

私たちは日々の生活を楽に送れると同時にこの潜在意識が働きやすい状態というものを生み出すことができれば多くのことが習慣化されていきます私たちは習慣の塊でありほとんどのことを自動化して習慣として成し遂げることができるようになってきますが

しかしそれは何度も繰り返したことが習慣化されただけであって自分が何かを成し遂げたい、実現をしたい、挑戦をしたいと思うことこれらに対して必ずしも習慣化されているわけではないということに注意が必要です多くのことを成し遂げたいと思った場合には

たった一歩で到達できるようなものではなく何度も何度も階段を登り続けるように地道にその目標や目的に対してアプローチをし続ける必要があります何度も挑戦をして失敗をしてということを繰り返しながら私たちは成功というものに近づき自己を高めていくことができるわけですけれども

しかし習慣化というものは同じ段の階段を何度も何度も反復することによって得られるわけですのでその習慣化はすなわち停滞を意味してしまいますですので階段を登り続けるということをしようと思った場合にはその習慣そのものも定期的にアップデートをかけていかなければ

私たちは簡単にいつのまにか停滞をすることになりますなので習慣というものに関してはその目の前の作業小さな作業に関しては簡単に習慣化によって成し遂げられるようになり無意識のうちに行えるようになって自動化できるわけですけれども少し上のメタな視点から見れば

新しいことに挑戦し続けるということも習慣化してしまいたいというふうな欲張った考えを持つようになりますが多くの場合それは失敗しますなぜなら習慣化というのは反復ができてそれらが難なくできるようになっていくこと

考えなくても無意識にできるようになることを意味しますので習慣化ができたところというのは必ず停滞します「習慣化によって簡単にできるようになった」=「停滞」なので停滞をしないように次へ次へ次へと挑戦をし続けるということは習慣化したものをさらにそれを破って次のフェーズ

次の階段に到達をしてまた定着させてそして次へ登ってというのをこれをいい間隔でそれらを成し遂げていく必要がありますここで身体感覚というものを私はとても重視してここまできましたなぜなら私たちの認知というものは

気をつけてこういうことを考えましょうといったようないわゆる精神論的な考え方の指南だとかに関するアドバイスというものはあまり役に立ちませんというのもマインドだとか心がけというものは簡単に忘れてしまいますしそれこそ感情的になった瞬間にはそういった記憶すらもなくなってしまいます

これはメタ認知の限界にも紐づくわけですけれどもメタ認知というものは非常に疲れます脳のリソースを多く食うわけですねとなるとそれによってメタ認知ができにくくなってくるそして疲れてくればよりリソースを少なくてもできる領域に頼ることになります

それこそが私たちが持っている感情なわけですね感情というものは脳のリソースを節約して一瞬にして判断を下してしまうこれはある意味では便利で有益なわけですけれどもその感情が下す判断が常に合理的とは限らないわけですね怒るべきタイミングで怒ることはいいわけですけれども

怒るべきでないタイミングでも怒ってしまうこれは私たちにとってみてコントロールがしにくい領域になってくるわけですねですので人生の大半を自動化して習慣化したとしても本能的な反応というものが常に合理的とは限らないわけですね現代社会ではほとんどの場合が実は非合理的・不合理だったりするわけです

ですので昨今マインドフルネスという言葉が流行ったり瞑想というキーワードや自分の心を落ち着ける精神的に自分の感情を抑制するというテクニックに注目が集まるのも私たちが感情的になってしまうことがいかにこの現代社会では不利なのかということを反映していると思います

感情的になってしまう自分をどうすればコントロールできるのかという観点で情報を探したり試したことがあるのではないでしょうか感情的になること自体の否定といったような文脈の中でマインドフルになりましょうとか感情に流されない生き方をしましょうとか

はたまたそれの逆張りで嫌われる勇気ということで感情的になって人から嫌われたっていいじゃないか失敗したっていいじゃないか 情熱を持とうといったような感情というものを肯定するといったようなそうした二極化が起こるわけですね

私がこれまでのエピソードの中で伝えてきたのは感情というものもある種の合理的な判断生命的な合理的な判断の結果として私たちはそのように進化したわけですので感情そのものの否定というよりも

それをどう道具として使うかそしてメタ認知というものも発達させることによってそれらもひっくるめて私たちがどう行動すればいいかというそのメカニズムをうまく乗りこなせるようにしましょうといったような視点で話してきましたですので感情的になってしまうことや感情そのものの否定ではなくて

この感情を持ち合わせた私たちのこの肉体や精神というこの乗り物をどううまく運転するか乗りこなしていくかということこれをメタ認知という私たち人間特有の能力を使ってうまくコントロールしていきましょうといったようなことをここまで通じて説明をしてきましたそこで重要なのは外部の視点ですね

外部というのこの肉体の外側にある視点肉体の外側から眺めている視点というものを持ちましょうというふうなアドバイスをしてきましたそしてその視点として私が今まで推薦をしてきた場所というのはこの背中の肩甲骨と肩甲骨の間の背骨付近そこよりも少し後ろ側

身体の外側にプロジェクター(投影機)があってそしてその投影機から投影されて私たちのこの前頭葉この額のあたりのちょっと前この付近にスクリーンがあってそこに投影されていてその投影されている映像を私たちは映画館の観客のように席に座ってただただ見ている

それに対していろいろ反応したりしているというこうした客観視した視点というものをまず意識しましょうなのでメタ認知というのはこうした自分の今のこの状態というものを客観視できるかどうか

そしてその客観視した姿(イメージ)というものを体感覚として体の身体感覚として持てるかどうかイメージがそこまで体の感覚が変化するほどにまでイメージができるかどうか私たちのこの体から入ってくる感覚自体もこれは客観的な外部から入ってくる入力ではなくて

脳がある程度作り出しています予測として作り出しているわけですねですので予測された入力をこの脳が再現しているにしか過ぎないのでなので実はこの体の身体感覚というものも変化させることができてしまいますその予測の度合いというもの変化させたり

そしてその予測であるということに気づけるということも可能になりますですのでそうなると体感覚が変化するわけですねこれをさらに利用してあらかじめ違った体感覚というものをイメージしておくというトレーニングここまで拡張することによってメタ認知のその強さ

これをさらに強力することによってIQを上げるこの世界をどう認識するかという認識の仕方を他者よりもより広くそして鋭敏にそして捉えるその視点というものを複数持つことができるといったようなテクニックですね私たちは非常に多くの情報というものを

この目や耳や様々な入力器官(センサー)から受け取って脳が処理しているわけですけれども大半が捨てているわけですこれは捨てた方が脳にとってみればリソースを節約できるので生存上有利なわけですけれどもしかしその捨てている情報の中や

頭の中で合成している情報というものもその仕組み自体を私たちが方法を変えてしまえばまた違う接続の仕方や合成の仕方そして入力から受け取ったものをどう処理するかという処理の取ってくる情報を変更したりすることによって今までと違う視点

それこそ他者と違う視点やこの世界全体を眺める時に本当のありのままの世界というものを多角的に見ていくといったことが可能になるわけですね特に私たちが生きているこの世界というのは本当は多様な世界で

どう捉えたところでその捉え方次第で全く違うストーリーになってしまうといったようなことが可能な世界ですなのでそれらを比喩的に暗喩的に言っているのが多宇宙世界というストーリーにすることによって私たちはそれに近しい疑似的なストーリーとして

それらを飲み込んで実体験としてストーリーを感じ取ることができるわけですけれども実際に多角的な様々な視点をイメージすることができればこの私たちの目の前で起こっている出来事それこそ他者との対話とかこれが1対1でもそうですし

一対多でもそうですでこのような私のように一方的に話すスタイルでこれを見ている方達がこの画面の向こう側でたくさんいるかもしれないといったような状態であってもそれを意識しながらそれをイメージしながら捉えることができれば

それこそ自分が何をしゃべるのかそして自分がどのような振る舞いをするのかこれ自体も変更がかけられるわけですねなのでこうしたことを実現するための体感覚としてのイメージこの方法を今回はお話ししたいと思います

前回のエピソードでは何かを実行しようと思った時例えばペンを取るという時に手をペンに動かすというこのすごく単純な動作なんですけれどもこのイメージをするときによく『引き寄せの法則』では

「願望を強く持てばあらゆるものが引き寄せられます」「あなたの願望が自分の方にやってきます」といったようなそういった比喩を使いますでこれをすごく単純な例に置き換えるとペンを取るときにペンに対してペンを自分の方に「来い来い来い来い」

というふうに願った強くイメージしたところでペンは来ないですよねそれに対して逆でペンが自分の手を引き寄せているとなので指がペンに引っ張られていくと考えると手は動くわけですねそれによってようやくペンが手に取れるわけです

これは今までの発想とは逆でペンに対して手を動かす手によってペンを動かすといったそうした自分が動くことによって世界が変わるというそういった順番で考えますが

発想は逆にしてこの世界に対して自分が動かされているそこに対して「引き寄せられている」という風に考えるとこの体の身体感覚というのは少しずつ変化していくわけですねこれが前回のエピソードで言いました私たちは「引き寄せられている」という風に考えると

行動だとか思考も変わってくる成功というもの自分が目指す目標というものがあってそこに自分が引っ張られているという風に考えると行動を起こす時や自分の視点や視野というものが今までと違うようになってくる

これによってまた少しずつ自分の行動が変わっていけば結果が変わりますのでそうなるとまた新しいヒントや気づきというものが得られる要はメタな視点を持つことによって多様な視点を持てるようになるということになります今回はそれをさらに拡張させて

この対象物に対して引っ張られているではなくて自分自体とあとこの環境自体が引っ張られているというイメージを持つための方法これを紹介したいと思いますまず端的に言いますと

自分の周辺にドームこれは球体のドームがありその球体のドームの内側に自分がいるこの外側にある球体ドームはその中にですね見えない糸が私たちの体に無数につけられておりそしてそのドームの膜

外側の膜が外側にこう引っ張られることによって私たちの体も引っ張られていくなのでこの手が上がるのは自分が手を上げようとしてあげたのではなくてそのドームの外側が向こう側に行ったことによってこの手が引っ張られていくといったような状態をイメージしてみてください

そしてこの球体はどんどんとこう大きく自分がイメージできるサイズでいいですので大きくなった場合はかなり遠いところから自分が引っ張られているというイメージもできると思いますなので私の子たちの体のあらゆるところに

この見えない糸がついているとなりますと少しこう引っ張られた状態軽い緊張状態ですねこれは引っ張られているというそのちょっとした引っかかりがイメージできるようになれば

私たちはこの球体の内側にいるしかし引っ張られているそうなると私たちのこの動きというのは自分自身でこの動きをしようと思ってるわけではなくてこの外側の球体が引っ張ったりあるいはへこんだりすることによって

私たちの体や手の動きというものが自然と引き出されていっているという風に考えてみてくださいこれを自分だけでやっている場合であれば体感覚変わるということだけで終わりですけれどもこれをこのドームの内側にあるものすべてが実はそのようになっているという風にイメージを広げてみてください

これは目の前にいる誰かと会話をしている時でもいいですけれども相手もこの自分の周りを取り囲むドームの内側の中からその糸によって引かれているというふうに捉えてみてくださいすると目の前にいる相手が動くのは相手の意思で動いているというよりもこの外側の球体が引っ張って相手を動かしている

それこそ喋ることとか頭の中で思考をしている考えこういったものも全て相手が全てコントロールしているわけではなくて実は外側のドームがコントロールしているとというようなイメージを持ってもらえれば目の前の人が例えば自分に気に食わないことを喋っていたり

あるいはつまらなさそうにしていたり感情的になったとしてもそれは相手そのものが問題なのではなくてこのドームがもたらしているものだという結構引いた視点広い視点で捉えることができるわけですね

となると目の前の人間だけではなくてこのここにある視界に入るものや視界に入らない背面だとかさらに遠くのビルの向こう側とかそれをこそドームを広げれば広げるほど物理的に自分の目に入るもの以外のものも

そのスコープの中に入るわけですけれどもそうしたものもドームの内側であればそれらに対して引っ張られているというふうに考えますとすると目の前のものに一点集中するのではなくて常に引いた視点によって物事を捉えられると

そうなると些細な変化だとか小さな変化も発見できるようになります相手が感情的になっているという風なそうしたシチュエーションであったとしてもその感情的になっている中でも

相手のわずかな表情の変化とか喋っている言葉そのものではなくてその喋っている発話している言葉の構造に注意が向いたりしますそうなるとその重心としての力点というものがどこにあるのかということも発見しやすくなりこの直接的な自分の視界に入る気になるポイントばかりに自分の注意が向くのではなくて

客観的に見ていくことによってこの全体としての構造というものを眺めることができるわけですねとなると相手がなぜそのような発話をしたのかというその発話そのものの内容だとか背景に気を取られるのではなくてこの一連の会話というこのコミュニケーションというものが

一体どのようなメカニズムで引き出されているのかといったような深い視点を持てることがありますこれは相手が話しているその相手そのものを捉えるだけではなくてこの相手が蓄積してきた歴史やそしてその相手が経験してきた過去の経験だとか

あとは相手の内面として感じているであろうことこれは感情的な部分もそうですし身体感覚としての感覚もそうですけれどもそういったものもメタな状態として捉えることができれば相手が感情的になっている理由が

相手の自覚している問題が原因だと相手が思っているそのように主張してきたとしてもそれだけをその原因として特定してその問題を潰しにいこうと解決しにいこうとするのではなくてもしかすると相手も感じ取れていない

相手も自覚できていないところに実は原因があったりするということに気づけたりもしますいわゆるそういった可能性を排除しない状態で様々な多角的な視点で目の前の問題というものを眺めてみるそれこそ問題でないところも眺めることによって

新しい発見・新しい気づきが持てるといったことができると思いますこの身体感覚変化することによって思考が変化するといったことがこれらのことを実際に実践としてイメージしてやってもらえれば身体感覚の変化が思考の変化を促すとそして思考が変化してくるとさらに身体感覚も変化すると

なので私たちの体とこの思考というものは実は密接に結びついていますのでそれらを基にして私たちが持っている潜在的な力それこそ想像力や観察力そしてそれに対する反応をする力こういったものが今までのあなたの持っている能力を

さらに1段さらに1段と引き上げてくれるきっかけになると思いますのでそうしたイメージそうした感覚というものを一度試してもらえれば面白いんじゃないかなと思います『予測』の力を使って楽に行動をするための

身体感覚のテクニックについて解説をしたいと思いますモチベーションが上がってから行動するではなく先に行動をしてその結果が現れそうな予感や期待をしたその際にモチベーションというものが上がるとなので先に行動をする方がモチベーションを上げるためには効果的で

そして私たちが本来求めているものというのはそうしたモチベーションそのものが実は求めているものでありそのモチベーションを得られるために成果や報酬というものが欲しいといった順番になっているという

その行動の第一歩そして行動を継続する上での重要な考え方や身体感覚こういったものをいかに楽にこれは脳への認知的な負荷とか身体的な神経的な負荷というものを

できる限り自然なそして最小限の労力によって動けるようにしていくそうした身体感覚を引き起こすための感覚どのようなイメージを体に対して持てばそのような楽な動きができるのかといったことを解説していきたいと思います

私たちの脳は常に予測をしているというのをこれまでのエピソードで話していきましたというのも私たちのこの指や目や耳から入ってくる入力刺激ですねこれは脳がそれをちゃんとセンサーとして感じ取れるのに

50ミリ秒(0.05秒)遅れて感知するわけですこれは当然指先に入ってきた感覚が神経を伝わって電気信号として脳にまで到達するとしてそれを脳が処理をするこれが何の入力なのかっていうものを判断するのにも

それぐらいの時間がかかってしまうわけですけれどもしかし私たちはこの世界をオンタイムで生きているという感覚がありますし実際に行動としてもこのリアルな世界に対応できるわけですねペンを持つ時にも落とさずつかむことができますしそして字を書くときもリアルタイムに書いているという感覚があるわけですね

もしこれが本当に50ミリ秒遅れているという感覚の世界に生きているのであればこの手や指は遅れますしそしてうまく掴み取ることもできないわけです動きと実際のこの現実への操作というものがずれていくわけですからなので私たちは常に50ミリ秒先の世界を脳で予測をして動いているわけです

意識の層というものはさらに遅れて500ミリ秒遅れてきますですので自分自身が何かをしようと思うこの意図や考えというものを脳が作り上げていくのに500ミリ秒(0.5秒)かかってしまうわけですねですので私たちは常に遅れた世界を実感していて

しかし世界は先行しているわけですなので私たちがこの世界をうまく生きていこうと思いますと脳は50ミリ秒先の世界を常に予測をしてそしてその予測が予測だという風にわからないように私たち自身を騙すわけですね

錯覚を引き起こしますなので私たちはこの世界をありのままに見ているわけではなくて50ミリ秒先の世界を脳がスクリーンとして勝手に作ってしまってしかしその予測が非常によくできていてほとんどの場合がうまく当たりますので

なので私たちはその予測の世界を生きていても問題なく生きていけるわけですしかしこの予測の力が弱い乳幼児生まれたばかりの赤ん坊などはこの予測をするというための十分な世界に対する情報というものを持っていない

経験がないのでなので指がうまく動かせないとか立てないとかこういったことが起こるわけですね筋肉をどう動かせばいいかというそのベースとなる予測ができるそのモデルというものがまだ脳の中に出来上がっていないということになります

そして成長していくにつれこれは脳が発達していくのもそうですけれども様々な経験を通じて自分の脳の中で出来上がる予測モデルというものがだんだんと良いモデルになっていくことによって

環境に対してどう予測をすればうまくいくのかということを学習していくわけですねですので初めて立ったばかりの幼児はすぐに転んでしまいますこれは自分の体をどう動かせばその場に立っていられるのかというその筋肉の予測筋肉を動かす際の予測というものが十分ではないので

なので実現できないわけですけれどもそれも何度も転んでいくうちにどうすれば転ばないで済むのかというこの予測というものを自分の中に作り上げることによって重心が動いた、そして筋肉にある刺激が入った

それによって足の筋肉のこの部分に力を入れて重心を引き戻す必要があるこういったようなことを感覚的に直感的に覚えていくわけですねそれによって自分の中の予測モデルというものを常に修正をして学習していくわけですなので私たちはあらゆることを学習しているのはこれは予測をするためでもあります

逆に言えば私たちは予測の世界で生きているのであって予測そのものが実はとても重要な領域になるということになります私たちはほとんどの世界の捉え方を予測の中で捉えてそして現実に起こったことが予測と違った場合にのみその予測を修正するといったことを繰り返すわけですね

こうすることによって脳は全ての入力を処理する必要はなくて予測と一致しなかったものだけを修正していくという形で脳を学習させていくこれは非常に効率の良い学習の仕方でなので学校の勉強でも間違ったところだけをを修正して直して反復していきましょうとやった方が学習効率が高いのも

予測が当たっている領域に関してはもう学習済みなので予測が外れたところの方に学習として修正をするということが脳にとってみて自然な動きだからです私たちが今生きているこの世界この環境の認識の仕方というのは予測の中で成り立っているということは

私たちにとってみて予測というのはごく自然な行為なわけですこれは人間だけではありませんあらゆる動物 筋肉を持って体を移動させようとする動物のほとんどは予測を使っています哺乳類等はこの脳によって予測をしてそして行動をする

移動するわけですねそれによって目的地に行ってどういう行動をすればいいかということも予測をして動いていくということを繰り返すわけですねですので私たちは動く生き物行動をする生き物と考えると

その行動には必ず予測が不可欠なわけですですので私たちが予測をするというのがごくごく自然な現象でそしてその予測というものはある種の幻想でリアルなものを脳の中で再現しているそしてその再現されたものを私たちはリアルだと思い込んでいる

なので予測をリアルだと思っているということになりますということはこの予測の力というのは非常に強力なので自分自身を欺けるぐらい強力なわけですねということはこの予測の力を最大限活用することによって体の動きとか認知的な思考

考えないといけないことも楽に考えることができるということが可能になりますではどのようなテクニックを使うのかですかですけれどもこれは前々回ぐらいのエピソードで言いました引き寄せられるという感覚で引き寄せられるという感覚があまりしっくりこないという人には

「吸い寄せられる感覚」という風に言い換えてもいいかなと思います対象物に対して自分が押していく作用をさせようとするのではなくて自分がその対象から吸い込まれる吸い寄せられるという風にイメージしてみてください

例えばペンを取るといった時に自分の手を動かしてペンを持ち上げるではなくてこのペンが自分の手を吸い寄せていくなので自分の手はこのペンに対して吸い込まれていくようなイメージですそしてこのペンが持ち上がるという時も

このペンそのものが持ち上がっていくことに対して手が勝手につられて持ち上がっていくという風にイメージするということですこれだと最小限の力最小限の筋肉の動き 神経の動きで取ることができます

そもそもこのペンは非常に軽くてそして日常的に使い慣れてる人であれば難なく触れるようなものですので例えとしてその差がよくわかりにくいと思いますがウォーキングで歩くという

シチュエーションでイメージしてみてもらえるとわかりやすいんじゃないかなと思います歩く際に「自分から前へ行く」と歩くことによって自分の体を前へ前へ前進させようという感覚これだと体への負担がありますこれは神経的にも体を前に動かすために必要な筋肉以外の筋肉も使ったり

あと認知的な負荷もかかりますこれを逆転させて目的地がもし駅であれば駅から自分の体が引き寄せられていくと吸い寄せられていっているという風にイメージしてもらえると体は自然と前へ前へ前へと進んでいき

足に対しての筋肉の負荷のかかり方もそれほど強くなく無駄な力が入らずに前へ進むことができますこれは人間が予測をするというこの行為そのものを利用している方法ですね人間は予測をしてそして実際に行動をしてその行動が予測と一致したかということを常にチェックしているわけです

このチェックがまあまあ労力がかかる仕組みでこのチェックそのものによって認知的なイメージと実際の行動によって行われた行為というもののズレがないかというのを見てズレがあったら修正していくということをやるわけですけれども本来歩くために必要な筋肉以外の筋肉を使ったりしていると

この認知的なエラーチェックというものを常にずーっとかけているので疲れてくるわけですねこれは認知的 脳としても疲れてきますし体も余分な筋肉を使っているので余分なエネルギーを使っているわけですね歩くために必要最低限のエネルギーだけを使えばいいというのをなかなかこの脳からそのような指令を出すのは難しいわけです

となると自分が予測をしているというこの予測自体を50ミリ秒先ではなくてもっと先に対して与えていけば ずっと自分の意識というものは予測をし続けている延長になるそうなると予測に対して今のこの状況が一致しているのかというそのチェック自体をかなり省略できるわけですね

すると脳への負荷も減りますし体を動かす時の力みもなくなってくることが感じられると思いますこの力みがなくなるというのが重要で体を動かしてやろう動かしてやろうとやると余分な神経回路や余分な認知的な負荷というのはかかるわけですね

いっぱいチェックしようとしなければいけませんのでそれがそうではなく自分の予測をどんどん先行させてその予測を自分が後から追いかけていくという感覚これはまさしく私たちの体に起こっていることと同じで自分の体が引き寄せられていくという風にイメージをすると

引き寄せられるということはそこに先行する自分の姿が少し前にあるわけですよねそこに自分の体が少し遅れてそこに引っ張られて動いていくことになりますので引き込まれる 引っ張られる引き寄せられるという風に考えると自分の体が少し遅れて動いてくる

しかしこれは実際に私たち脳で起こってることと同じですね私たちは遅れた世界しか認識できないとなると私たちが今認識しているこの動きというものは遅れているわけですなのでそういう意味でその予測をしているという感覚とその予測は実際には先行して予測をしているんだという

このメカニズムは私たちにとってみてもともと持っている自然なプロセスですのでそれを最大限活用して力みがなく、そして行動を起こす時に大きな何らかのきっかけを必要とせず成し遂げることが可能となります椅子から立ち上がる時に足に力を入れて

そして体を上に引き起こそうと立ち上がろうとするという感覚だと疲れてしまう力を込めないといけないので無駄な力が入るわけですけれどもそうではなく例えば天井に対して自分が引き込まれる吸い込まれるという風に立ち上がると

最低限の力で立ち上がることができますこれを少し応用すると立ち上がっている自分の姿というものを目の前にイメージしてその自分の姿に対して自分が引き込まれ立ち上がるという風にイメージをするとすると自分の体がスッと力みがなく楽に立ち上がることができます

なのでこれは私達が予測をするというこのごくごく自然な本能的にやっている仕組みを利用して力みがなくその目的を実現しようとする方法になりますこれは前回のモチベーションが上がってから行動しようと考えてしまう人の思考プロセスというのはまず行動するのは大変なことで

行動の第一歩を起こすのがすごく労力がかかるとなのでモチベーションが高ければこの1歩目をクリアできるはずだと逆に言うとモチベーションが必要なぐらい第一歩の行動が大変なんだとその人は思っているわけですなのでその一歩は実は大したことはないんですよという感覚を身につければ行動することはそんなに難しくないと

このいかに力みがなく楽に第一歩目の行動を取れるかどうかそしてそれをスムーズにその行動を継続し続けられるような思考プロセスにできるかどうかこれがいわゆる身体感覚というものを応用してそのような考え方体の使い方 思考の使い方というのをするわけですねこれが成功したいとか

例えば英語を習得してネイティブスピーカーのような流暢な会話がしたいとかで英語だけじゃなくフランス語ロシア語様々な多言語を習得していきたいそれらを理解できるようになりたい話せるようになりたいと思った時のその学習のプロセス中学習中の考え方も今の応用でいくわけです

自分がネイティブスピーカーのように聞いて話してということができる世界観の中に自分が引き込まれていく 吸い込まれていくというような感覚PodcastだとかYouTubeのような英語でしゃべっているものを聞くでもいいんですけれどもその喋っている彼らの言葉の中に自分が吸い込まれていくといったような感覚を持つと

非常に高い集中力を持って彼らの会話が聞き取れるようになってきますこれは私たちは自分たちが予想をしたものに対して集中しやすいという傾向がありますこれもあまり大きな余分なリソースを使わずに必要最低限の労力で集中しようという形でフォーカスが当たりますので

今までであれば「頑張って集中しよう」とやってたところがそうではなく自然に簡単に楽に集中ができるということが起こりますこれは「引き寄せられる」となると自分たちのフォーカスされるポイントがその対象物に対して一直線に向かうわけですねそれに対して自分の意識だとか体だとか様々なものがその引き寄せられるべく

対象に対して最小限の労力でそこに向かおうとする力みがなく余分な力のロスがなくそこに迎えるわけですこれを逆のそこに対して1点を当ててやろうとダーツのように自分の手を動かしてその目標物に当てようとしてしまうと

余分な力が発生したりこのファーストアクションの一投目のこの力を入れるというところが最も労力がかかってしまうこれは心理的な負荷もそうですけれども労力がかかってしまって疲れてしまうなのでそうなると次以降継続がしにくくなってしまう

気合を入れなければいけないとその気合いを入れることその行為自体にモチベーションが必要になってしまうということが起こるわけですねですの集中力というのは自分から対象物を狙うではなくて対象物に引き寄せられていくという風にイメージしてみてください

これは催眠の世界でもそうですしあとは集中力を養うトレーニングの時もそうです瞑想の時もそうですけれども私たちは自分でこの世界をコントロールしようとしているという発想を捨ててこの世界から自分はコントロールされていると

そのコントロールされようとしている対象に関しては私たちが選べるとなのでどのようにコントロールしてやろうかという細部のコントロールまでは気を払わなくて対象物だけを決めればあとはその対象物に自分たちが引き込まれていくなのでその途中過程は無意識が勝手に処理をする最小限の労力で処理をするので力を温存できる

そして本来出すべき力の多くをそこに費やすことができる余計なところにエネルギーを使ったり余計なところに力が入って動きを阻害したり思考を阻害したりということが起こりにくくなるということですね相手がしゃべっているその会話に

自分が引き込まれている自分が引き寄せられていくそしてその引き寄せられる対象は自分がネイティブスピーカーとしてその喋っている対象者と会話をしている

例えば英語の教材であれば英語のPodcastで喋っているそのスピーカーに対して自分がネイティブスピーカーとしてその人の会話とやり取りをしていくその姿に対して自分が引き込まれていく引き寄せられていくというふうに考えると

相手の会話がよく聞き取れてそしてそれが理解できるなんとなくでもいいので言っているその文脈だとか大まかな意味みたいなものはなんとなく構築できていくみたいなことが起こっていくわけですねこれが新しく言語を習得する際にも効果的で

その言葉の一つ一つの単語の意味だとか活用だとかあとは文法こういったものにそれほど正確でなくてもそれほどストイックでなくてもなんとなくの文脈やなんとなくの雰囲気ニュアンスで聞き取れるようになる何か理解が進んでいくようになる

これは相手の言葉のそれぞれの音だとか相手が伝えようとしているその息遣いだとか声色だとか背景だとかこういったものに自分が引き寄せられるそこに集中していくわけですねなのでそういった情報がうまく取れて無駄な力を使わずに

そこに自分のリソースというものをうまく投下することができるといったようなメカニズムで対応できるわけですね今日は「一発目の行動が一番大変なんです」と多分言われるだろうと思いましてじゃあいかにその一発目の行動

そしてそれを継続している行動これを楽な力みのないそして無駄なエネルギーをロスせずにそれを実現できるかこれはスポーツの世界でも語学の世界でもビジネスの世界でも

自分の持っている潜在能力としてのポテンシャルこれをロスせずにうまくやれるかですねなので自分ができないことができるようになるという本当に全くできないことができるようになるというものではありません本来できたはずのこと

本来であればそのポテンシャルを持っているできるのに今力みが入って余分な雑念があってエネルギーのリソースを無駄に消費していてうまくいかないとなっているこれらがこの力みのない状態になることによってできるようになる

なので急にできるようになったと思う人もいるかもしれませんがそれは元々できたんです元々できたのがうまくそれを使いこなせてなかったというだけですのでそれだけでもかなりのステップアップになりますので日頃「行動が大変だな」とか

「気合を入れないとうまくできない」というふうに悩んでいる人はぜひこの意識を試してもらえればいいんじゃないかなと思います武道の達人でも例えば突きで相手を突こうと思った場合に自分の力で相手を押し込んでやるという発想よりも

自分の手が相手の体を突き抜けてそして相手の向こう側壁でもいいですがに自分の手が引っ張られているとそしてそれによって相手の体も後ろに引っ張られるという風にして全て向こう側にある壁に引っ張られるんだという風に動かすと

最小限の労力で相手に力を伝えて相手自身もその動きに対し力みがないので虚を突かれるわけですねそうすると相手もその突きを正面から食らってしまうことになりそして後ろに吹き飛ぶといったことを起こせるわけですねなので何か大きな力に対して自分が引っ張られていく

導かれているという風に考える方が力みがないということですので行動は自ら起こす必要があるですけれどもその感覚としてはそうではなく大きな何か自分を成し遂げたいと思うような大きなストーリーに自分が導かれているんだというふうに考えると

物事はもう少し肩の力を抜いてうまく好転していくんじゃないかなと思います歯を食いしばって何かをやるということも限界を超えるという意味では大事ですので自分の本当の限界というものを力を100%発揮するんだというのでは力みをなくやった方がいいですでそうではなくその限界をさらに突破しないといけないと

成長をしないといけないという場合は歯を食いしばってやる必要がありますのでそこの組み合わせが必要になってきますが「モチベーションを上げるためにまず行動しましょうしかしその行動が大変だ」という人のために

いかに力みなく楽に行動を起こすことができるかといった身体感覚に対して解説をしてみましたぜひ皆さんの目標や夢に対して今までは自分から動くだったのがそうではなくその目標や目的に自分が引き寄せられる

吸い寄せられるという風に考えてみてもらえれば何か色々身体感覚の変化等が生まれて面白いんじゃないかなと思います身体感覚がなぜ認知機能に影響をするのかそして予測をしてしまうこの認知機能をうまく活用することによって面倒くさいという感覚や疲れというものをうまく克服して

行動量を増やすそのメカニズムの背景について解説をしたいと思います吸い寄せられる引き寄せられるこういった身体感覚のイメージを持つことによって行動を起こしやすくする

体を動きやすくするというこのテクニックについて解説をしましたこれは私たちが日常的に体を動かしたり何か考えたりする際に予測というものを常に日頃から行っている仕組みを利用することによって面倒くさい、とか 行動をする時に疲れたりするこういった感覚というものをできる限り緩和して

楽に動けるようにしていくそれによって行動量が増えていくというこのマインドの持ち方 身体感覚こういったものを前回解説しましたそしてなぜそれがうまくいくのか

このメカニズムについて補足説明的に解説をしてみたいと思いますここまでメタ認知というものと身体感覚こういったものを様々なイメージを具体的な例を出して解説をしてきましたこのメタ認知ですが

人類特有の特徴ということで他の動物はメタ認知というものは強くありません自分というものを認識できない自分というものを客観視した自分というものが持てないせいによって鏡に映った自分を自分だと思わない

自分だと捉えることができないいわゆる自分という存在を想像ができないこういったことによってメタ認知が弱い状態動物たちの特性を見てもわかると思います

私たちはこの目の前に写ってる世界全てが当たり前に現実の世界というふうに捉えてますけれどもこれは厳密には正確ではありません私たちはこの目やこういった皮膚や指先あとは自分自身の感情だとか

様々なものを外部からの入力を受け取ってそして処理をしてそして解釈をしてこのプロセスがこういったこの瞬間でもリアルタイムに起こっていますが常に入力に対しての処理というものは遅れてくるわけですこの指先の感覚や目から入ってきた光に関しても

脳が処理をしてそれを感知するのに0.05秒(50ミリ秒)遅れて感知します思考(考えるということ)に関してはさらに時間を要して500ミリ秒(0.5秒)かかるわけですねということは私たちはこの世界を知覚するのに常に遅れているわけです

遅れた情報を処理して知覚しているわけですけれどもしかし私たちはリアルタイムに生きているという感覚がありますよね実際にスポーツをしたりとかペンをとって文字を書いたりとかというのもリアルタイムに操作できているという感覚があるからこそ上手くいくわけであって

もし遅れているのであれば動きとこの自分の感覚というものがずれてしまってうまく動かせないわけですよねここに私たちの脳の特徴がありまして私たちは常に予測をしています50ミリ秒-500ミリ秒この間で予測をすることによって

先に脳がその予測した結果というものをまるで映画のスクリーンのようなところに投影を先にしてしまってそして実際の現実からのフィードバック指から入ってくる刺激だとか目から入ってきた光

ここにずれがあった時だけ修正をしていくということを行うわけですねなので私たちは慣れ親しんだことはそれこそその対象物を見なくてもできたりします目を開けて対象物を見てそして目を閉じて顔を別の方向に向けたとしてもそこにあるペンを持てたり歯を磨くということもその歯ブラシを別にじっと見なくても

ほとんど自動的に無意識のうちに歯磨きができたりするわけですねこれらはもう十分な予測のモデルというものが脳の中にすでにある習慣化されたものは特にそうですが十分に予測の精度がもう高いので

私たちはその予測だけを用いても十分に体を動かしたり思考したりすることができるということになりますそういうことは私たちはこの世界のありのままを見ているというよりも脳が予測をもとに作り出した映画のスクリーンを眺めているにしか過ぎない私たちは一生出れない映画館のスクリーンの前に座らされた観客で

そして私たちはそのスクリーンに映った映像を見てそれが現実だと思ってそこに対し何か働きかけをしようとしているにしか過ぎないと実際にはその映画のスクリーンの先にある映像は私たちの脳が事前に作ってしまったもの予測を流しているにしか過ぎないので

それに対し何か作用をさせようとしたところでほとんどの場合はうまくいかないということですね大事なのはその映画のスクリーンに投影をしている投影機の側こちらは私たちの潜在意識

私たちが意識的にはコントロールしにくい領域ほとんどが自動化されている勝手に処理をしてしまう領域ここから実は投影されているわけですね私たちはこの一生出れない映画館の中の観客という風に考えるとこの投影機の側が重要なのでそして

目の前にあるスクリーンに映っている映像自体が重要なのではないまずこの状態がまずイメージできるかどうかこれはイメージできるというのは身体感覚としてそのような状態をイメージできるかですねなので本当にここにスクリーンがあるように感じられる

そして背中に投影機があるというイメージができてそれが自分の体の身体感覚が変化してくるというこの状態にまで持ってこれたこうなるとメタ認知が効いている状態という風になります自分のことを客観視している状態ですね

これが自分という存在と自分が置かれているこの状態(シチュエーションだとかこの世界)というものをどれほど広くその範囲の中に含めることができるかそれによってこのメタ認知の広さというものもどんどんと拡大したり逆に狭めたりということもできるわけですけれども

しかしこの映画館の中のスクリーンの前に座っている観客である自分自身にまでその範囲を狭めてしまうとそうなるともうもはやメタ認知は効いていないことになります観客になってしまうわけですけれどもその観客であるあなたは自分のことを観客だということにも気づかない観客であることを忘れてしまうといった状態

これはメタ認知がほとんど効いていない状態になるわけですねしかし物事に集中している時や感情的になった時というのはとかくこういう状態になります自分という存在とこの客観的な周りの環境というものが消失してしまって自分が気になるところのみにフォーカスが当たって

そしてそれが自分というこの状態映画館の中で座らされてる観客ということがもうもはや全く意識できないわからなくなってしまうその映画のスクリーンのストーリーの中に没入してしまってまるで自分がその映画の中の登場人物かのように

完全な感情移入状態の移入をしてしまうということが起こった場合にはその状態もメタ認知が効いていない状態とも言えますそのあたりは注意が必要なのでそのメタ認知というものをまず発動させる

日常的にメタ認知というものを維持できる状態それをまず心がけてくださいこのメタ認知が効いている状態で身体感覚というものがいろいろ操作できるようになってくるこの身体感覚から入ってくる

この情報自体を疑うようになるということですこれは指だけでなく体すべてもそうですしあとは認知という意味で私たちの知覚できるもの見ている映像もそうですし自分の中で考えている考えこれらも実は私たちがこの脳がいろいろ生み出しているものとして

それらを眺めることができるこれはマインドフルネスの中でも言われますが瞑想中に自分自身の思考・言葉などが勝手に湧いてきてそしてどんどんとそれらが会話を勝手に始めてといったようなことが起こる

それをいかにその会話に加わらずにその会話をただただ受け流すただ眺めているこういったことをやりましょうというこれは瞑想のテクニックのうちの一つですけれど

マインドフルであるたった今この瞬間に自分がこの体が存在してそしてこの瞬間に何か自分が解釈をしている入力に対してそれを捉えているという感覚というものをより鋭敏に持つ

現在という状態に集中するといったことこれは自分自身がメタに捉えることによって自分自身の体の中で入ってくる入力などもそれらを観察はするんですけれどもそれに飲み込まれない

それを信用しないというそういったテクニックですね体から入ってくる入力音もそうですし目から入ってくる情報もそうですけれどもそれらの感覚に対して少し距離を置く

解釈をするものの、それと自分を同一視しない一体化してしまわないスクリーンに映っている映像を見てそれらを解釈することはあったとしてもそれは観客であるあなたではないという風に思えるかどうかですね

体から入ってものだとか目から入ってくる情報だとかこういったものを入力の刺激として考えた場合にそれと実際に自分というものは違うんだというふうに距離を置くことができるかどうかスクリーンと観客であるあなたの間には当然物理的な距離があるはずなので

そのようにして捉えることができるかどうかこれによって身体感覚というものこれらをある程度うまく解釈することができるわけですねここでようやく「面倒臭い」その行動を起こすことに億劫になってしまって

ついダラダラしてしまったり余計なものに気を取られて気づくと時間を大幅にロスしていた無駄なことに時間を費やしていたといったようなそのすぐに行動に移せない時「面倒臭い」というこの感覚

これが一体何なのかというところをここに絡めて少し解説をしますと私たちのこの体や脳というものはエネルギー消費を最小にするように本能的にプログラムされています野生の世界だと食べ物というものはなかなか手に入らないのでエネルギーはなるべく節約したいわけですね

なので余計な動き、余計な活動はなるべくしないように私たちは節約節約という形で体は進化してきています「面倒くさい」という感覚は 疲れるということを『予測』した時にその疲れることをしないために面倒くさいという感覚を持つんですねそうするとその行動を起こさなくなりますので

その分エネルギー消費を抑えることができるわけですということは私たちが面倒くさいと思うというのは一体何なのかというと「エネルギーを消費するだろう」ということを予測した時に起こるわけですでここでエネルギーを消費するであろうということっていうのは一体何かというと過去にエネルギーを大幅に消費するようなことがあったこととか

あとは一度もその行動を取ったことがないので予測が正確にできないと不確定な予測しかできないとなった場合に脳はその見積もりを過剰に見積もることになりますなぜならやってみてめちゃくちゃ労力がかかった

そういう状態になった場合にはエネルギーを大幅に消耗しますので脳は慣れ親しんだことでかつ予測がかなり正確にできること以外のことは基本的には疲れることだという風に判断するわけですそうなると日常的に慣れ親しんだことだとか

簡単なことに関しては面倒くさいと思わないけれどもそれ以外の労力がたくさんかかりそうエネルギーをたくさん消費させられそうと思うような過去にそのような経験をしたことあるいは脳にとってみて新しいことや複雑なこと

こういったものは「面倒くさい」というふうに感じるようにできていますということはエネルギー消費がそんなに大きくないという風に脳が思えばいいわけですねでここで「吸い寄せられる」とか「引き寄せられる」という体感覚を持つと「面倒くさい」という感覚が緩和されるというメカニズムに迫るんですが「吸い寄せられる」「引き寄せられる」ということは

自分から動くのではなくて引っ張られていく・引き寄せられると考えると体が使うエネルギーは少なそうに感じるわけですねそのような感覚を持つわけですするとエネルギー消費が少なそうだなという風な予測をした場合は

「面倒くさい」という感覚が弱まるわけですね体を動かすのに必要なエネルギーが少ないだろうと見積もるわけですとなると私たちが日常的に行っている動作というものは立ち上がるとか歩くとか何か物を取るとかこういった実は一つ一つの行動の運動というものは

もう私たちは長年何度も何度も繰り返しやってきていることなので大したエネルギー消費は本来ないはずなんですねしかし実は私たちのそういった面倒くさいと思う行為の大半というものは脳(認知)の方です脳が消費するエネルギーが多いと言った風なところで

私たちは予測をして体が使うエネルギーも脳が使うエネルギーもこれら全部エネルギーですからそのエネルギーの消費が多いという風に予測をしてしまった場合に「面倒くさい」なので「引き寄せられる」「吸い寄せられる」という風にイメージを体感覚として

体の身体感覚をイメージすると使うエネルギーが少ないだろうという風に脳が解釈をして動くことが簡単になるめんどくさいと思う感覚というものがかなり和らぐといったことが起こせるわけですねなので私たちは疲れてエネルギーが減ってくるということを

経験的に学んでいた場合はそれをベースにして疲れるだろうと予測をして面倒くさいと思ったり具体的なそうした経験がない場合だと未知の領域脳にはそのようなイメージができないのでなのでイメージができないことに関しても面倒くさいという

そのように処理するようになっていますエネルギーが減ることを予測した場合は私たちはネガティブなマインドになりますそれが怒りだったり悲しみだったりするわけですけれどもエネルギーが増えるということを予測した場合にはポジティブになります

それが楽しいとか嬉しいとかといったようなそういった感情というものにラベリングされるわけです私たちは情動というものを持っていますこの情動に関してはネガティブになるかポジティブになるかということは私たちのエネルギー収支の予測に基づいているわけですね

なので私たちは常にこの体のエネルギー収支というものをずーっとモニタリングしていてそして予測をしているわけですなのでここから先エネルギーが減りそうだエネルギーを消費しそうだと思うとネガティブな気分になり

そしてエネルギーが増えそうだあるいはエネルギー消費が抑えられそうだという風になるとポジティブな気分になるといった形でこの情動というものが私たちのこのエネルギー収支の予測を表しているわけですねなのでもし皆さんがイライラしてきたり悲しい気分になったり

どこかネガティブな気分になってきたら皆さんの脳は今からその先はエネルギーが減るというふうに予測しているという風に解釈してもらえれば行動の取り方 その対処の仕方は少し変わってくるかと思いますポジティブシンキングといって今現状に起こっていることをポジティブに言い換えましょうポジティブな見方をしましょう

という風にして解釈を変えるというのも一つの手なんですけれどもその際にポジティブになりきれないポジティブではないというふうにいくらこう言い換えをしたとしてもならない場合であればそれはエネルギー収支が減るという風に考えている(予測している)脳に対して

エネルギー収支としてそんなに減らないですよエネルギーはそんなに消費されないですよ逆にエネルギーがむしろ増えますよといった風な解釈ができるような捉え方という風に置き換えることによってその感じ方(情動)がネガティブからポジティブに転換することも可能です

しかしもう十分にエネルギーがない状態で本当にエネルギーが枯渇している場合には気分をポジティブにするのはその状態だとかなり難しいのでまずはエネルギーを投入するということで食べるなり睡眠をとるなりして

体にエネルギー収支としてエネルギーが使える量を増やすということを先に行ってくださいですのでお腹が空いてくると機嫌が悪くなるというのはごくごく野性的な本能的なメカニズムですのでまずは食べること

そして睡眠をとることこちらをまず優先してまずそこをコンスタントに安定的に行えるようにしておいてください私たちは行動する際に無意識の領域潜在意識というものは常に判断しています

計算をしているわけですねなのでこの「吸い寄せられる」というイメージは自分の認知とか体のエネルギーをあまり使わなくても行動できるという感覚を想起させるわけですねなので面倒くさいっていうのが起きにくくなるこの面倒くさいというのは疲れの予測であると

疲れを脳が予測して前取りするわけですねなのでまだ行動を起こしていないのに行動を起こしたら疲れるなというこの疲れという感覚を予測してしまうことによって今、面倒くさいのでやらない

エネルギーを温存しようという風になってしまうわけですねこの面倒くさいというのを克服する方法として「習慣化しましょう」というのをよくいろんな場所で聞くと思います習慣化することによって考えなくてもできるようになりますよ

という風によく言われると思いますがこれはこのメカニズムですね習慣化されたものを反復して何度も何度も行っていくことというのはどれぐらいの労力を費やすのかというのが見積もりが正確になってきますよね

なので見積もりが正確になるということはこれぐらいの労力これぐらいのエネルギーを使えばいいんだということを脳がある程度分かってきますのでそうなるとその領域に関して

行動を起こすと「これぐらい疲れるだろう」という見積もりがある程度わかりますのでなので面倒くさいという感覚が鈍るわけですね面倒くさいというのが少し抑えられるわけですしかし新しいことをするとか慣れてないことをするとなるとこれぐらい疲れるだろうという

その見積もりをより多く過剰に見積もることによって実際行ってみればかなり小さいにもかかわらずかなり大きいという風に事前に予測してしまうことによって面倒くさいとなってやりたくないという気分的にそれをやろうという風にならない

行動を起こしづらいということが起こるわけですねなのでそれを緩和するのに習慣化というメカニズムというのが効くということになりますなので潜在意識でやれるということは認知的負荷が小さいので私たちの脳がいちいち考えなくてもいいという意味においてもエネルギーを節約できる

「面倒臭い」という感覚が起こりにくいということになります脳のリソース消費が少ないこれが習慣化のメリットですね私たちはエネルギーを消費しないように進化してきています何重にもエネルギー消費を抑えるためのシステムというものがこの脳や体に備わってきています

これによって私たちは厳しい自然界を生き延びることができそして種として繁栄することができたわけですけれどもそれによって私たちは様々な特徴を得たわけですが他の霊長類から見て私たちの体としての特徴(違い)というものは私たち人間(ホモ=サピエンス)は太りやすいという

そうした特徴がありますこれはエネルギーをより多く蓄えてそしてエネルギーの消費をなるべくしないといったような体のメカニズムになったわけですねそれによって飢餓の状態を克服することができ

そして体を動かす時の動かす効率の良さこれらが獲得できたわけです私たちが直立歩行完全に二足で立つことができる直立できるというこの体勢をとると

立っている状態のその体に対する負担筋肉含めたエネルギーの消費というものをかなり軽減することができるわけですこれが他の霊長類だと直立歩行をすると骨格的に負担があるのでなのでその立っている状態が休むという状態にならないわけですねしかし私たちは骨格の進化によって立っているという状態

そして歩く(移動)の状態においてもエネルギーの消費を抑えた形にできるように進化したわけですエネルギーをなるべく消費しないようにしていくということで少ないエネルギーでも生存することができるようになったというのが私たちの強みでもあるんですけれども

しかし逆に今のこの現代だと飽食の時代ですしあとは運動がほとんど行われなくなってきたというこの背景を考えても歴史上私たちにとってみて不利な状況というものを作ってしまっているという皮肉もあります私たちはそういう特徴を持ってますのでエネルギーが減るか、エネルギーが増えるか

ここの予測が私たちの疲れとかめんどくさいというものを起こさせる原因になっています身体感覚として「疲れにくい」というような予測をするような身体感覚を用いることによって「面倒くさい」という感覚を減らすことができるという行動量を増やす時に一発目の第一歩や一つ目の手を打つ時に役に立つわけですね

その後継続していくということをしていく場合には1回目2回目3回目というふうに行動をしていくうちに脳はそこからもまた学習をしてこれはそんなに疲れることでもないなとっていう風になるとめんどくさいって感覚がだんだんと消えていきます

これが行動をし始めるとあとはもう考えなくてもどんどんとできるようになるやる気が出てから動くんではなくてまず行動をして、そうすれば勝手にどんどんとその行動を続けられるようになるのでモチベーションというものは後から上がりますよ

というこういったメカニズムに繋がるわけですねなので面倒くさいというのはこれは言い換えれば気のせいなわけですめんどくさいというのは疲れを予測しているので実際の疲れなのではなくて

予測ということはそのめんどくさいという感覚は脳が作り出した錯覚(気のせい)なわけですなので「吸い寄せられる」「引き寄せられる」というこの感覚を自分自身で信頼感覚で持った場合これも錯覚なわけですけれどもそれによってこの面倒くさいという

この感覚の錯覚自体を打ち消してしまうというなので錯覚に対して錯覚で打ち消すという方法ですねで私たちは物事に対して集中をする逆に注意を散漫にしていろんなことに気を散らしてしまうこの2つの中で私たちは脳の認知力というものを切り替えているわけですけれども

集中をする:一点に対して打ち込んでそこにフォーカスが当たる望遠鏡を覗いた時みたいにその対象の中は拡大はされるけれどもそれ以外のところは視界に入らないといった現象これは集中状態ですね

あとは注意力が散漫な状態1つのものに注意を向けているのではなくて次から次にいろんなものが気になってしまう2つの状態というものを切り替えて私たちは脳の使い分けというものをするわけですけれども

これはどちらかに脳を切り替えることによってこれも脳のエネルギーというものを抑えているわけですねこれは別のエピソードでも言いましたけれども私たちは実は限界だと思っている状態でも実際には40%程度しか使ってなくて

残りの60%程度はまだまだ実はやれるとエネルギーとしては残っているということがありますこれは車とかバイクでもそうですけれども実際に最高速度が出せるよりもずっと手前にリミッターを設置してそして実際にはそのスピードが出ないように

最大速度が出ないように制限してありますこれは最大速度を出すと車体に大きなダメージがありますので実際にはそれだけの速度を出せるけれども余裕をもってその手前でリミッターをかけておくということによってその車体の安全性や耐久性というものを高めておくわけですね

これは私たちの体もそうでエネルギーを全部使い切ってしまったら死んでしまいますのでそのかなり手前でリミッターがかかるようになっていますなので私たちは実際には疲れたなぁと思っていてもほとんどのエネルギーはまだ全然残っているわけですねかなり早めに疲れたなとか

もう限界だなぁと思うことによってかなり安全に私たちが生存できるようにという風に私たちの本能がそのように押さえつけるわけですですので私たちのリミッターというのはかなり手前にありますかなり低いラインにあります「疲れたな」「めんどくさいな」と思っているのは

リミッターをもっと下げることになりますので実際には行動するための認知リソースにしても体のエネルギーにしても十分あるにも関わらず行動ができない動けないというのは

リミッターがかなり低いところに出来てしまっているという現象になりますなのでいかにこのリミッターをもうちょっと先にするか全てのエネルギーを使って死んでしまうというのは今の現代社会では稀ですのでそこまでリミッターを高めて外すということはあんまり現実的ではありませんし

そのようなことほとんど起こらないのでリミッターをもう少し上に引き上げてみると100%までいかなくても80-90%ぐらいまでリミッターを上げれば私たちが持ってるポテンシャルというのは

もともとできることに関してそこまでの力が出せるということですのでそのテクニックとしてここまで言ってきました「吸い寄せられる」「引き寄せられる」というその自分の内側に対して意識を向けるのではなくてその対象に対して向けると

視野が広いけれどもそれは注意散漫である視野が狭い しかしそれは集中しているということであるこの2つの切り替えを行っている中で脳のリミッターがもっと高まった場合どうなるかというと広い視野を持ちながらもそれらに集中をしているという状態を作れるわけですね

細部まで見えていて細部まではっきりと分かっている視野が非常に広くて周りのものを全てに対して注意が払えるといったような状態が脳のリミッターを上げると見えてくるそのようなエネルギーの使い方ができるわけですね仕事をする際にもこの状態を応用して

どのようにして仕事を進めればいいかとなると皆さんデスクワークをもしされているのであればPCのキーボードに対して手が吸い寄せられるそして見ているモニター・ディスプレイの方に自分の体や意識というものがそこに吸い込まれていくそしてさらにそのディスプレイに映っているデータとか情報だとか

こういったものに対して集中するのではなくてそのデータが何を意味するかというその写っている情報の向こう側の世界向こう側の空間の広がりそちらの方に自分が吸い込まれていくと

このディスプレイに写っているデータだとか情報というものに対してただの数字の列挙ではなくて裏にある奥深い世界の中に自分が没入していくことによって理解の速さや物事の捉え方というものが広がっていくわけですねそのようにして私たちは自分の脳の中の持てる空間の認識だとか

状況の把握というものをその活度を上げられるわけですねエネルギーに対してどれぐらい脳が活動すればいいのかエネルギーを使ってもいいのかというそのリミッターを上げることによって脳がフルに活動することができれば

そのように捉えることができるわけですねこれがいわゆる身体感覚という風に私がここまで言ってきているのは私たちはこの体を用いて予測をしているのでなのでこの予測というのは本能的な予測なわけですねペンを持ってカレンダーやあるいはガントチャートに

プランみたいなこと書き出したとしてもそれは計画であって本能的な予測とは違う本能的な予測の方をいかに錯覚として引き起こせるかどうかこの場合に身体感覚というものを用いるとうまくいく紙の上での計画というものと

私がここまで使ってきた予測という脳の仕組み本能的に行っている脳の仕組み実際にはこの紙の上で書いた計画というものはそれに対して脳が何か本能的に潜在意識を使って何かやってくれるということはほとんどありませんなので紙にカレンダーにいくら期日を書いたり

ここまでにこれをやるんだという意気込みを書いたとしても身体感覚が伴わない場合は潜在意識は「それを実現しよう」「実行しよう」という風にはなかなかなりませんなので組み合わせとして自分の目的とか目標とかを計画として

カレンダーやガントチャートに書いた後にさらに身体イメージとしてその成功に対して自分の体が引き寄せられていく脳の認知機能というものが対象に対して吸い寄せられていくそして自分が行おうとする行動(第1歩目)の行動に対して

自分の体が吸い寄せられていくキーボードに指が吸い寄せられていくディスプレイに自分の脳が吸い寄せられていくこういった身体感覚を持つことによって予測の力というものを使う中で

本能的な予測を使うことによって自分がやろうとすることの行動のめんどくさいとか労力がかかるというこの一発目のアクションの認知的な負荷というものをかなり下げることができるということによって行動力が増えるそして集中力が増す

そして集中力も狭い集中ではなくて広い集中というものを引き出すことができるといったことで私たちの持っている体や脳すべて一つにつながってますので

それらのエネルギー消費の量というものを引き上げることができるというわけですねもう飢餓の時代ではなくエネルギーが1日で完全に枯渇してしまうというようなことでもしない限り簡単に私たちは餓死しませんにもかかわらず私たちの体というものはかなり手前でリミッターがかかってしまうことによって

消費しきれないほどのエネルギーをどんどん取ってしまって肥満になってしまったりそれによって不健康になってしまうということが起こるわけですねそして私たちのポテンシャルは開花しないままポテンシャルのままずっとリミッターが低いままで私たちは自分たちが成長する機会というものも

なかなか自分の手にできないといったことが起こってますのでエネルギーを十分にとってそして睡眠もちゃんとしてそしてその上でリミッターをさらに引き上げて持っている潜在能力というものを最大限に発揮できるように

身体的なものも認知的なものも両方発揮できるような身体感覚というものを利用してぜひ皆さんが望むような成果というものを手にしてもらえればいいんじゃないかなと思いますただこれはできないことができるようになるわけではありませんもしできたとしたらそれは元々できたからですねなのであなたのポテンシャルがあること

もうすでにあなたの脳ではその脳のリミッターを上げれば本来であればできることができるようになるだけでそれがリミッターがかかっていたので今までできなかった例えばバイリンガルになりたいとして英語をしゃべっている方の話を聞いていて

そこに「引き寄せられる」「吸い寄せられる」とすると聞き取れるようになりますよと言ったのはもともとその周波数を聞き取れる耳と脳のメカニズムを持っていたしかしそれがリミッターがかかっていて聞こえているのに聞こえていないと

脳がそのように解釈をうまくしなかったこれがリミッターがもう少し上がってもう少しはっきりと聞き取れるようになるということですねなので英語が全くわからない 英語に今まで触れたことがないという人が「引き寄せられる」「吸い寄せられる」というアドバイスを聞いてそのようにしたとしても

それでまるでネイティブのように英語のままそのまま聞き取れて解釈ができるんだといったという意味ではありません限界を突破するという意味ではありませんそもそも今皆さんが自分が限界だと思っているものがリミッターがかかっているところ

40%程度のことを皆さんが限界だと思っている自分の実力だと思っているこれを100%近くまで引き上げば本当はもっと色々できる本当はもっと皆さんの持ってるポテンシャルで

その能力というものはもっと本当はできているはず既にその能力を持っているしかしその限界というものを自分で低く設定してしまっている脳が無意識のうちにそのようにしているせいによってその能力が出せないそれを引き出すようにしましょうというだけですので

なので できないことができるようになる ではなくて元々できたことができるようになるというそういうことですので「引き寄せられる」「吸い寄せられる」と身体感覚を持つことによって楽に行動ができる

これはもともとできることそしてそれによって行動量が増える行動量が増えればトライして脳が学ぶ新しく学習するというその機会も増えますのでなので成長するスピードが上がるわけですね

これが身体感覚というものによって皆さんの潜在能力というものが発揮できてリミッターを引き上げて限界近くまで発揮するそれを何度も繰り返すことによって効率よくそして効果が高く学習し成長することができるということですね

できないことができるようになるではなくて皆さんが前進する成長していくそのスピードを上げるためにこの身体感覚というものを活用してもらえればいいんじゃないかなと思いますメタ認知の総集編いかがだったでしょうか

非常に長く動画の今まで出してきたものの長さ自体も一つ一つが30分を超えるような長いものばかりでしたので全てを通してみるというのはなかなかボリュームがあったかもしれませんが

皆さんが自身の生き方考え方それも認知能力や身体能力こういったものを最大限ポテンシャルを引き出してそして自分自身の人生をうまくコントロールできているような感覚やあとは未来に対してご自身の望む成功や手にしたい目標

これらを実現する手助けになればと思います私の著作『超える技術』まだ読んでない人はamazonでポチって買って読んでいただければと思いますそれ以外にもいくつか書籍を出してますので気に入ったものがあれば買って読んでいただければと思いますでは総集編長い尺でしたけれども全て見ていただきありがとうございましたもし気に入られましたら「チャンネル登録」「いいねボタン」「通知をオン」にしていただければと思います

本日もお疲れ様でした

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