今回は悪意について解説をしたいと思います悪意とは他者を記述つけて害を与えるためなら自分自身が害を被ってもいい他人に損をさせるために自分が損をしても構わないといった誰も得をしないえ誰も勝者に
ならない全員が敗者になるそういった行為をしてしまうその思い行為を悪意と呼びます私たちはこうした社会全体にして一見損を被るようなこの行為悪意がなぜえそのように悪意を持つように私たちは進化し
そしてこの社会全体を考えた場合に果たしてこの悪意というものは取り除かれるべきえ感情なのかそれとももしかすると何かプラスの面があるのかあこういった観点から悪意についてえ解説をしてみたい
と思いますプロ野球選手教育者エンジニアスタートアップ企業家コンサルタントそしてエグゼクティブコーチとして他方面に渡る経験を持つ私がこのポッドキャストで皆さんにお届けするのは人生の様々な
局面で直面する挑戦に対処し自己実現を果たすための具体的なアドバイスや[音楽]インサイトログインま理た的な行動や自分の利益のために行動するま利己的な行動
ですねえこれらは経済的な観点からしてもま他社を助けることによってま社会がうまく機能しお互いがお互いを助け合うことでえ高循環になっていくという観点からもこの辺りは合理的に行いとして説明
がつきやすく納得しやすいと思いますでま利己的な面にしてもま生存していくためにえ他社よりも事故自分たちの仲間や自分自身に対してより多くの利益を求めることによってそれをそれぞれがフェアな状態で
あればあ競争が起こりますのでえそうした意味でえ社会全体がより豊かになっていくそしてえ事故もえ利益を得られますのでえそういった意味では生存に有利になるこういったのも説明がつくと思いますしかしえ
他者を傷つけるあるいは他者の損を生じさせるために自分自身や自分たちの仲間が損をしてもいいといういうこういった図式というのはなかなか納得ができないなぜそんなことが起こるのか非常に馬鹿げて
いるといったように感じやすいと思いますしかし実は私たちの社会はこうした悪意というものが至るところに発生していてそれは決して精神異常者やあま考えが浅はかな愚かな人間が行っているわけではなくてえ
とても頭のいい知的な人間ですらあそしてえ精神が鮮明な人間ですらこの悪意という行動を取りがちですなですのでこれら悪意の行動というものは一見社会に対してま損を与える社会全体を衰退させるような風に
思いがちですが実は長期的な目で考えるとこの悪意というものも実はメリットがあるということがあげられると思います最終的にはま今日のこのポドキャストのエピソードの中ではまメリットやあとは
それらをどう向き合えばいいか悪意の使い方ですねで悪意にはまマイナスの面の方が非常に多いんですがまプラスの面も一部ありますですのでこの今日のエピソードではなるべく社会に対してマイナスになる
ような悪意を封じるようにして減らすようにしてえ逆にえ長期的にえプラスになる悪意これをま積極的にえ使い分けていく使っていくというそうした観点で最終的には締めくくりたいと思いますでまずこの
悪意がなぜ悪意が起こるのかでま具体的に悪意が起こっているシーンをまず理解してもらうためにえ具体的なエピソードをちょっとあげてみたいと思いますがあ第2次対戦中にヒトラーは列車の用途を2つの
中からどっちにえその列車を使わせるかということを判断しないといけないという風に迫られたえタイミングがありました1つは東部で殺害するユダヤ人を位相に使うためにその列車を使うとでもう1つは当時
は第2次対戦中ソレンと戦っていて選挙が思わしくなかった状態でしたのでえそのソレンと戦うためにドイツ軍に必要な武器や燃料物資の輸送に列車を使うという選択がありました合理的に考えれば戦争でえ
そうした自分たちのの自軍を守るためそしてえ軍隊の兵士たちを守るために武器の輸送の方を優先するのが合理的ですがヒトラーはユダヤ人の輸送のためにその列車をホロコーストに向かわせましたえ
これは悪意の典型例で自分たちが損をしてでもユダヤ人を出だしにするといったことを考えたわけですです結果的にはそれによって甚大な被害を被ることにえなったわけですけれどもこれらは誰も浮かばれ
なきこととしてえプラスになっていないメリットが生じていないという典型例ですねこの悪意というもの私たち多くの人間はこの悪意というものがあ自分も含めですが他者にえ最も持って欲しくない特性だと
思います悪意まみれの人間あるいは常に悪意を持っている人というものを身近に置いておくというのは危険だと感じると思いますし社会全体においても最もいらない特性じゃないかという風にえ考えると
思います私たちは基本的に利己的な行動を取るという風に特にえ経済学の観点からそういう風に判断されていました私たちは自己の利益のために行動するとなので利益になることに対してえ行動するけれども
利益にならないことに関しては行動しないといった風にえずっと捉えられていたわけですけれどもま近年あの行動経済学含めそうではないと人間は利益ののためのに行動するわけではなくその逆ですね損を
するような行動も取ることが多いといったことが分かっていますでまこれの典型例はあの最後通帳ゲームというこれはですねま有名なあのゲームなのでもうすでにご存知の方も多いかもしれませんがゲームの
ルールを言いますとえ10ドルを渡されてでえペアを組まされますでそのペアを組んでえ片方が金額を決められますえどっちにえいくら渡すかということを決める権利が片方だけありますそしてもう片方はそれを
受け取るか拒否するかの2つの選択肢をえ決めることができますえ受け取らないと拒否をした場合はその両者共にお金を受け取ることができないというえゲームですねこの場合は合理的に考えれば
受け取る側は相手が何ドルとして決めようがま元々もらえるはずがなかったものがまもらえるということなので1ドルでももらえれば得なわけですねまそれこそ0ドルでも元々0$だったのでえもらえなく
てもま別に何も損はしていないということになりますなので1ドル以上であれば受け取るという返事をすればこれはもう両者ともに特をするわけですねなのでえ受け取る側も合理的に考えれば1ドル以上
であれば受け取るという判断をするだろうとですがあ実際にはですねえまほとんどの場合はあま公平にえ両者ともにえ5ドルずつという風ににえ半々であるペアが多いんですけれどもまそれでも偏りがどんどん
出てきてえ片方がより多く提供するというような判断をしていく中でえま拒否をするラインというのがありますこれは2ドル以下の提案をされた場合は受け取る側が拒否をするということがあこの最後通帳
ゲームには出てきますでこれは自分よりも相手が特をしているという状態ここに不幸閉管を感じてえそしてえこれを拒否するといったことが起こりますがこの2ドル以下というこのラインも私たち含めたま文明的
な生活をしている人間だから起こるのかという観点からもいろんな民族いろんな部族でこの実験をしてみましたでそうなるとま一部ですがこれはあのAmazonの盆地に暮らす先住民のマゲが族ですかねえVの
部族が低額のオファーであっても気にせず受け取ったと拒否をせずに受け取ったとしかしそれ以外のま民族も私たちのような生活をしていないえま部族の人たちももっとひどく真ん中の半々でなかった時点
でも拒否してしまうという部族もありましたなのでこれは私たちが先進的な文明的な今のこうした現代社会に生きているからというわけではなくどうも生来的に私たちがあ対局しているものやあるいは何らかの
遺伝的な要素が関係してくるんじゃないかということでえこのサコ通帳ゲームといういうものが有名になりいろんなところでえ研究の対象としてえ引用されたりえ実験が何度も再現されたりえしていますでこの
拒否権を持ったことによってえま受け取る側の心理ですねえここをまなぜそういう心理になったのかということがいくつか考えられるものというのがありますでま単に不公平だからということでえまフェア
であって欲しいというだけではなくてこれはえキャンセルカルチャーにもちょっと繋がるんですけれども自分が拒否権を持っているということこれは相手が受け取る金額に対してえ相手が受け取る金額含め
その拒否権というものは全てをまリセットできてしまうという権利になるわけですね自分が拒否をすればえ自分もそ自分も0だが相手も0にできるということはこれは絶大なる大きな権力なわけですねでこれは
相手がま大きな資産や権力を持っていた場合であればなおさらそれを自分の一存で0にできてしまうということはもし相手が資産化で100億の資産を持っているそれを自分の意思で0にできてしまうというの
であればそれと同程度の報いがあって当然だとその拒否権の権力の見積もりを非常に大きな見積もりとして換算してしまう自分がキャンセルできる力というものが絶大になる力があると感じてしまうにも関わらず
それに見合っただけの報酬それに見合っただけの評価を下していないということに対してえ不満を持つなのでそれと同等の報いがあればあま許してあげると受け取ってあげるとしかしえそれをま過小にえ
小さく評価するのであればその無意を受けてもらうという形でえ拒否権を発動させるわけですねこれはあの昨今のキャンセルカルチャーでも自分たちがあ対象とする相手がま非常に大きな権力を持っていると
かあ資産を持っている相手富や目星を持っている相手に対してえ自分たちがその相手の持っている今まで積み上げてきたものを全部暴いて過去の出現だとか何らかの社会的に
うめたいと思われるような行動や噂こういったものを拡散させることによってえ彼らの権力やあそういった今まで気付きあげた富や明星をキャンセルできてしまう無効化できてしまうというような流れを作って
しまうわけですねでしかしここは拒否権を持っているからといってえ相手の気づきあげてきた富や明星と評価がイコールなわけではないわけですねえその富や明星を得たは当然そこに対して大きなリスクや
そしてそれを積み上げるまでの努力や苦労というものを犠牲を払ってそれだけのものを手に入れているはずなんですがあその拒否権を得た人というものは相手の荒しえ何か過去の出現だとかあるいは知られたく
ない後ろめたいようなことこれはもう別に架空のことでもいい最悪の場合捏造したものまフェイクニュースですねえ等でも構わないので攻撃できる弱点えもこれは核のものであったとしてもそういったものを
見つけ出して捏造したりしても拡散してしまえば多くの人がその悪意に加担することによってま同時た発的にえそうした拡散や評判を下げるといったようなことによってえ無効化してしまおうという流れが
作れるわけですねたった1人が拒否権を持っているわけではなくてインターネットの世界だとそれらに同調していくいいねをしたりシェアをしたりえそこにさらに自分の意見を付け加えたりしていくことによっ
て増幅していくわけですので1人が拒否権を持ってるというよりはその悪意を持った小さな個人がそう束になってえ相対としてえそれらの拒否権というものが発動できるという仕組みになっていくとなので
1人1人はキャンセルしようとまで思ってなかったとこんな風に相手を追い込む追い詰めてしまうというところにまでなるとも思っていなかったけれどもみんながガーっとこう集まってあれよあれよといつ
の間にかキャンセルできてしまったすると次なる標的をまた探すていうというその快感の連鎖にはまっていくわけですねなので1番初めに残ったようなキャンセルというものはあまグ的偶然的であったとして
もそれに味を占めてしまうとじゃ次から次へとまた対象を探すはめになるわけですねでそそれが行き過ぎた場合ですねえそれによって自殺に追い込まれた人とかあるいは権力者ではない特にそんなに大きな権力を
持っているわけではない人に対してまでえそうした流れを作ったことによって生きすぎた報復行きすぎた罰を与えたという風に逆に社会の方があやりすぎだだろうという風にえ意見を持つような状況になった
場合ははそのキャンセルカルチャーは行き過ぎでありそしてえそれらのキャンセルカルチャーもちょっと問題じゃないかという風にえ社会が捉えるようになったという形でえままた今は新しいま別の流れと
かが出てきてますがまそうした不公平に対してえ人が取る行動自分たちが特をするわけでもないのにえ他者を損をさせるために積極的に自分が損をしてコストを払ってでもそこに参加していくというそういった
心理というものが私たちは実は昔からあそうした性質があり問題視されていますでえっと狩猟採集の時代から私たちは平等主義でありそして特にえ狩猟採集小さな人数の部族であればあ誰かが特別に力を
持っていて例えばカがうまいとか足が早いとかといったあ自らの能力によってえまより多く餌を取ったりしたものはそれらを公平にま分け与えるといったようなま平等主義がベースとなってますがそこでま自慢
をしたりとか支配的な態度要はこれは暴力だとかでえその部族の中で支配的な態度を取った場合は排除されていきますでこの場合多くの場合は暴力によって排除されていきます私たち人間はえまチンパンジだと
かオラウタ含めた他の取と違って道具を使いますので1人1人の暴力がえいくら個人では強いと言っても集団でえ暴力を振った場合は個人はとてもじゃないんですが勝てませんま特に道具を使いますのでえ
簡単に殺傷できてしまいますなので暴力や支配的な態度ま自慢をするだとか他者を見下すといったような態度によって支配をしようと思うような傾向が少しでもあった場合はあま嫌われるわけですねえそして
その部から追い出されてしまうということになりますなので狩猟祭祀の時代はそうした平等主義というものが重要であって協力をしていくためにもえ特殊な能力を持ってえそのえ人間を部内に置いておけば
たくさんの獲物を取ってきたりそしててえより有利になるかもしれないけれどもこの部内でのの平等の方を優先するという特性がありますなので私たちは社会全体にとってみてえ利益になるかもしれないことを
平等でないという理由で排斥したりすることもあるわけですねなのでこれは今の社会における問題点にもつがっていきます本当にえ理不尽だなと思うような結末を生むような残虐なエピソードとかもこうし
た背景がありますが配偶者のことに憎んでいる場合に配偶者に対して嫌な思いをさせるために子供を殺してしまうという事件これもえ社会ではまだまだたくさんあります過去にもたくさんありましたでこれは
もう他者に対する嫌がらせを優先しているわけですでこれは痛ましい事件ですのでこういうものは決して許されるべきものではないとは思いますがさらにですがえ他者に対する嫌がらせを実現するために自殺を
するということもありえます相手が損をするそれを先したがために結果的に誰も特をしないというそういった典型的な事件がありますえ昨今ま選挙活動等でえ嫌いな候補者をま落とすためにライバルの候補者
に投票するといったような行動によって自分たちが支持しないえ候補者が落選をするこれを喜ぶといったような心理も起こりますがまこれも悪意の投票ということで投票行為を通じてえ相手の候補者に
嫌がらせをするといったようなことですがこれが実はあ悪意によって行われていることなんですけれども本人たちは正義だと思ってやっているとある種の正義中毒になっているわけですねでえここは不公平を
感じると相手を非人間化できるという特性これも合ってこれらのこの正義中毒というに発射をかけます相手に人間性を感じなくなるということですねこれはえ人間は不公平を感じるとその不公平を出している
相手に対してえま非人狼的な行為を行うことも容易になるという特性がありますでこれは怒りというメカニズムが実は関連していてこの悪意が出てきた時にそれを正義という風にえ錯覚しますまあの正義とこの
悪意というものは実は同じ領域なんですねえなのでそれは本人にとって見れば正義ですのでその正義という感覚の中に悪意というものが含まれている状態ですなのでえ正義から来るものなのか悪意から来るもの
なのかというものは実は感情的感覚的な同じところですので本人はそれを正義という風に捉えるわけですでここには実は怒りというものも含まれていてこの怒りがベースになることによって相手を非人間化
化してえ相手を攻撃することができるとこれがひどくなると殺戮行為になったりえあるいは相手の人権を無視した行動行為というものを言動というものをしてしまうことが可能になるとなので両親が痛まない
ということによってえより過激な行動に出ることができるわけですねでえこれをどのようにして緩和すればいいかとなるとこの怒りを抑制すると実はこの正義心とかあとは悪意というものがえ発動しにくく
なるという研究がありますでこの怒りを抑制するためにはあのいいろんな方法がありますま瞑想するとかあるいはセロトニンを増やすですねえこのセロトニンというのはトリプトファンと
いうまアミノ酸から作られますのでたくさんタンパク質を取って内野シというサプリメンを取ることによってこのセロトニンというものが体内でですね合成されてえ脳内のセロトニンを増やせる作用
があるのでまずたくさんあの肉を食べましょうあるいはタンパ質たくさん取りましょうというアドバイスも1つ手ですがこの怒りに基づく様々なこの正義だとか悪意えこういった感覚はあまりにも過激に
なりすぎると危険なわけですねでじゃあこの悪意ですが正義とも結びつきやすくそして本人は正義だと思う場合が多いのでじゃどうすればいいかとなりますとこの最後通帳ゲームで2ドル以下だと拒否を
するというこの現象は実はこの最後通帳というこの最後という言葉が示すとおり1回切りのゲームなのでこうなるんですねこれをもし複数回やったらどうなるかとなると実は答えが変わってきます1回切りでは
なくて何回か繰り返しますよという風に初めに伝えると実はあこのゲームで支払う側は偏って払うのではなくてより公平に払おうとするような傾向が出てきますそして受け取る側も受け取る側でえその
受け取る金額があ相手が少し多くても受け取るような動きというのが出てきますなので最後通常ゲームというのは1回切りであるからこのようになってしまうとなので繰り返し繰り返し行われますそういった
ことをお互いが理解していてその場合はお互いに対する信頼というものが必要になってくるといういうものを意識するようになりますそうなるとお互いはお互いの利益になることをやらないと信頼というものが
続かないのでえそういった部分を考えるとこの最後通帳ゲームの結果というものが変わってくるということになりますでえこの自分が他社よりもまよりえいいえ地位にえ立ちたいあるいはより多く特をしたい
とまいわゆる支配的な悪意ですねえがあこの世界だとま危険だということでえこの支配的悪意を持っている人というものはま多くの社会どんな環境に言っても嫌われる傾向にありますのでえほとんどの人はこの
支配的悪意を隠す傾向にありますなのでえここは気をつけなければならないのは不公平を是正しようとフェアにしようという風ににえ声を上げてで人を集めて活動をしたとしてもそのうちのまわずかな人は実は
支配的悪意を隠し持っていてえその是正されていく公平になっていくプロセスを飛び越えて今度は特権的な階級を求めるようになってくるということです今まではマイノリティでえそしてこの不公平な状態
を公平な状態にしろという風な社会活動を展開してえそれが認められてある一定の地位を得てえしかしそれは基本的には公平になることが目的だったはずなので他の人たちと同じ権利同じように扱われることが
本来の目的の活動のはずですねえしかしその流れの中でそうではなくてさらにもっと権利をくれとそれによって自分たちがより多く特をしたいといったあま欲望を隠し持っていてそれらを発動させようと
いう風にえ動く場合がありますこれがあの支配的悪意というものが隠れている状態ですねでこれはあのこの悪意というものの使い方にえ実は少しま特殊性がありましてま悪意というま罰を与えるですねえ相手に
対して罰を与えてで自分はその罰を行使するために犠牲を払ってもいい損をしてもいいコストを払ってもいいといったことなんですけれどもこれがあ何の意味があるのか何のメリットがあるのかと言いますと今
一時的に損をしてコストを払っても将来に向けて自分たちのことを警視させないために意味がありますなので長期的なことを考えるとこの悪意を持った行為というのは相手に対してもっとこっちをういなさいと
もっとフェアにしなさいというメッセージを相手に与えることができるわけですねなのでえこのま正義による行動でえ相手はあこちらのことを警視できなくなるという効果がありますので実は悪意というものは
一時的なコスト一時的に損をしてても長期的には特をする場合がある特をするような道を作れればいいということを希望しているということになりますなのでここが実はその正義というものの言い換えにもなる
わけですねえなのでこの正義のヒーローと悪の行為というもののま何が違うかと言いますとこの罰の与え方が違うわけです常に何かえ他者に対して罰を与え続けていればあ当然えその周辺の人たちというのはその
罰罰を恐れたりあるいは互いに罰を与え合うので社会全体衰退していきますよねなのでこの罰の発動のする時の条件が必要なわけですでえヒーローはなぜえこのバツを他者に他者にバツを与えているのに
ヒーロー足りえるのかというとヒーローは自分が損をしたから自分があ不公平に扱われたから罰を与に行ってるわけではなくて他者が損をしたから他者が傷つけられたからヒーローは他者のために罰を与えに
行ってるわけですねなのでヒーローは自分自身がコストを払って要は戦いに行くというその戦いによって傷つくかもしれないえそしてその戦いによってえ自分は損をするかもしれないといった状態でもえ他者
が損をしたこと他者が不公平に扱われたことに対してえ罰を与えに行くといった動きをするわけですねなのでえ自分が害された自分が損をした場合にえ罰を与えようとするこれは単なる報復ですのでえこれは
ヒーローとはみなされないわけですねそれ個人的な恨みを相手に晴らしているというだけなのでヒーローとは足りえないわけです真のヒーローことは自分が害されたわけではないしかしえ他者これはあの友人
だとか家族だとかだけではなく全量なる市民やこの社会の中で生きる人たちが傷つけられているえ不公平に扱われている害されているそれであの不公平をたすためにその不公平を生み出している相手に対し
て罰を与えに行くでその罰を与えたからといってヒーローが得することはないんですけれどもしかしこの不公平が是正されることを願ってえ罰を与えに行くというのがヒーローとなり得るわけですねなので自分
自身が害されたとしたらあ耐えるとしかし他者が害されたんであればその罰を与えに行くとこれがヒーローのメカニズムなわけですなので自分の個人的な恨みを晴らすためにえ他者を落とし入れますとかあ他者
を攻撃します罰しに行きますっていうのはこれはばしているわけではなくて単なる報復え恨みを晴らしているだけですねでこれは本当にえ社会的にはああまりえいい現象ではなく結局は恨みをお互いにえ報復
合戦をしてえ最終的には滅んでしまう仕組みになりますのでえこういう意味ではこの悪意の使い道としてはあ自分自身に対してではなくてえ社会全体だとか他者に対してえ受けた損害やああるいは不公平不
平等に対してえ罰を与えに行くとなのでヒーローは自分がけなされたり自分が馬鹿にされたり自分が損をしたことに対しては怒らない怒りを覚えないしかし他者や社会全体がそのように取り扱われた場合は
立ち上がってえ罰を与えに行く怒りを持って戦うという構図になるわけですでこのヒーローというものが今日本には欠けてますえこれは別のエピソードの中でも言いましたけれどもまカリスマがいないといっ
たことにも繋がりますがえ自分が害されてあるいは自分がその当事者でそして自分が仕たげられているから罰を与えに行くんだというのはこれは単なる報復ですのでえそれだとそのその報復合戦を引き起こす
だけで社会はあまり前進しませんでかつその報復は基本的に自分の手の届く範囲ま見える範囲でよく起こりますえ強大な大きな組織や体制に対しては実は怒りというものは発生しにくいんですねで報復も
それらのよく分からない実態があ掴めないほどの大きな体制を相手にしてえその報復行為というものはなかなか向かわないわけですとなると大抵の場合はその報復は身近にいる人例えば電車で隣に座った人とか
あるいはいつもバイトで顔を合わす人とかあるいはあ特殊な施設の密室状態の中でえいつも顔を見る人とかに対してその報復行為が向かうわけですなのでえこのいわゆるヒーローヒロイズムはその怒りの
保先は身近な小さな体勢に向かわせるのではなくてより大きなみんながあそのえ罰を与えることをためらうあるいは罰を与えることをイメージできないほどの大きな体制に対してその怒りを向けるべきですこれが
ヒーローのヒーローたる力のの使い道でカリスマが必要な理由ですね私たちはごくごく身近な相手目に見える範囲あるいは日頃せしている人たちえ手手の届く範囲の人たちに対して怒りの保先を
向けて報復するというのはごくごく簡単に起こりますしえ実際に多くの悲劇というものはそうした形でえ実行されていますしかしバルというそうした意識やそうした怒りというものはそうした身近な具体的な
人物や目の前にいる人たちに対して向けるのではなくてこの体制や仕組みに対してその罰を与えるというそうした怒りや正義感というものを向かわせる必要がありますなので個個人を個別に攻撃していくとか個
個人を個別に何らでその信用やあ築き上げてきた実績を既存させていくといったようなキャンセルカルチャーたるものはその一見件を見ればあこの政策や政府みたいなものを転覆させるような可能性はゼロでは
ありませんがえ個々人があ匿名性の中で相手に対してえ報復をするのに払う犠牲というものが本当に小さくえそれぞれがそれぞれほとんどコストを払うこともなく犠牲を払うこともなくそこに参加でき気軽
にえその報復やバツを与えるということに加担ができるのでまとてもコンビニエンスでえリーズナブルなんですけれどもしかしそれで本当にヒロイズムというものは生まれるのかというと実際には社会を
大きく変えるようなことはほとんどないと思いますそうではなく犠牲を払ってでもそうした大きな体制に対してちゃんとした公平というものを求めそしてその公平を実現するためにその大きな体制や大きな
組織に対してまコストを払わせる要は罰を与えるといった動きを先導できるヒーローというものが必要になりますなのでインターネットは安価に罰を与えられる装置になってしまいましたのでソーシャル
メディアは悪意を増加させます特に匿名のソーシャルメディアはそうですね匿名性をを持ってしまったSNSはブレーキが効きません自分たちが払ったコストや犠牲というものが自分たちにとってみると取るに
足らないコスト犠牲なので面と向かって目の前にいる人に対して反撃されるかもしれない上で相手にパスしようとするような思いとまるブレーキがこのインターネットの匿名性の世界では働きませんのでいくら
でも加速させてしまうわけですねでえそういう意味ではこのインターネットが出てそしてソーシャルメディアが出たことによって何が分かったのかえ社会は何が変わったのかと言いますと結局は人間は
道徳的偽善者であるということが分かったというだけですね私たちはいいことをしようとかこういう風にであろうとかという風にえ思うものの実際には偽善で自分たちのため事項の利益やあるいは他者を
ばしたいえという欲求をうちに隠した状態でそして表面的には道徳的な行為道徳的な発言をしているにしか過ぎないというのが炙り出された明らかになったということですね決してその道徳的偽善者であること
が悪いとは私は思わないですえそれであったとしてもその偽善でも構わないので道徳的であろうとあ道徳的に振る舞おうという表面の道徳的な面えだけでもいいえと思いますますえ最終的には事故の利益になる
ことにえ結びつくことを期待して活動するでもいいと思いますがあくまでもその他先は身近な人や隣にいる人手の届く範囲の人たちに対して向けてしまうといったあ行為に走るのではなくてえなるべくその怒りを
コントロールして身近な人や目に入ったものに対して怒りを感じるのではなくてえより遠いより大きな組織体制えというものに対して怒りを向けられるように怒りをロルしてそしてえそうした大きい対象に
対してえ怒りを向けようと思いますとできる限り合理的に考える必要がありますなのでこの最後通帳ゲームが教えてくれることというのは私たちは怒りや不不公平を原因とした怒りこれによってえ正義感や
あるいは悪意というものが出てくると合理的な判断すらしなくなるということにを意味してますでこの合理的な判断のみで私たちは生きているわけではありませんのでえ長期的にもしえこれらの関係が続くの
であれば確かに社会全体あるいはこの私たちが住んでいる周辺のこの環境をよくしていくということを考えれば一時的に損をする一時的なコストを払うということは理にかってますがそれを超えてまでえ損を
してても関わった人たちや社会に対してえ罰を与えようという風に動きすぎるのはあまりにも損失が大きいですのでその辺りは合理的に考えなければならないと思いますそういう意味で怒りは身内や近くに
ある人手が届きそうな人に向けるのではなくより大きな体制手の届かないような組織えそちらに対して向け続けるという怒りのコントロールですね怒りを消しましょうではありません怒りを必要な
ところに向けましょうということですねえ私たちは往々にして大きな対象に対しては怒りを持ちにくくそして身近な目の前にあるようなものに反応的に怒りというものをぶつけてしまいがちですですのでえ情と
して怒りを消しましょう怒りが起こらないようにしましょうといったようなみんなが修行層になってしまうような社会ではなく身近な人たちや目の前に見えるものに対しては修行層のように振る舞いえしかしこの
仕組み社会組織あるいは大きな支配力を持ったあ権力者に対しては怒りをいつでも発動できるような状態を持ちましょうとなので私たちはあ怒りをうちに秘めた羊でそしてえ身近な対象に対してはあ修行層の
ごとえ優しい慈悲の気持ちでお互い接し合うといった振る舞い方が求められるわけですそういう意味では怒りの使い方を教えてくれるカリスマそして怒りの具体的な発動を担ってくれるヒーローがあ今の日本
には必要ではないかなと思いますはい今日も長くなりましたが私の著作超える技術えまだ読んでない人はAmazonでポチって買って読んでえもらえればと思いますお疲れ様でし
たさ
