「Excelで障害管理」から卒業できない理由
「障害が発生したらまずExcelの管理表に記入して、メールで関係者に連絡して……」
筆者がアジャイルコーチとして大企業のIT運用現場を訪れると、今でもこのような光景に出くわすことがあります。インシデント管理はExcel、変更管理はメール回覧、ナレッジはファイルサーバーの奥深くに散在。 IT部門自身が最もデジタル化から取り残されている という皮肉な現実が、多くの日本企業に存在しています。
この課題を根本から解決するプラットフォームとして、世界的に急速に普及しているのが ServiceNow です。
筆者はソフトウェア開発歴20年以上のキャリアの中で、SAPを中心とした基幹系システムだけでなく、IT運用管理の領域にも広く関わってきました。著書『大企業向けITソリューション百科事典』第15巻ではServiceNowを体系的に解説しています。本記事では、ServiceNowとは何か、なぜ今注目されているのかを、 実務者の視点から 分かりやすく解き明かします。
ServiceNowとは何か——「ITサービス管理」を超えたプラットフォーム
ServiceNowは、2004年にフレッド・ルディがカリフォルニアで創業したSaaS企業です。当初は ITサービスマネジメント(ITSM) のクラウドツールとして登場しましたが、現在では 企業全体のワークフローを自動化・統合するプラットフォーム へと大きく進化しています。
まず「ITSM」という言葉を押さえましょう。ITSMとは、IT部門が社内の従業員(内部顧客)にITサービスを提供する際の管理手法です。 ITIL(Information Technology Infrastructure Library) というフレームワークに基づき、以下のようなプロセスを標準化します。
インシデント管理 :障害やトラブルが発生した際に、迅速に復旧するプロセス
問題管理 :インシデントの根本原因を特定し、再発を防止するプロセス
変更管理 :システムへの変更をリスクを制御しながら実施するプロセス
サービスリクエスト管理 :PCの貸し出し、アカウント作成など定型的な依頼を処理するプロセス
構成管理(CMDB) :IT資産とその関係性を一元管理するデータベース
ServiceNowが画期的だったのは、これらのITSMプロセスを ひとつのクラウドプラットフォーム上で統合管理 できるようにしたことです。それまで別々のツール(チケット管理システム、Excel、メール、SharePoint)に分散していた情報を一元化し、 プロセス間の連携を自動化 しました。
ServiceNowの3つの製品領域
ServiceNowは現在、大きく3つの領域で製品を展開しています。
第1の領域:IT Workflows(IT業務の自動化)
ServiceNowの原点であり、最も成熟した領域です。
ITSM :インシデント管理、問題管理、変更管理、サービスカタログ
ITOM(IT Operations Management) :IT基盤の可視化、イベント管理、クラウドリソース管理
ITAM(IT Asset Management) :ソフトウェアライセンス管理、ハードウェア資産管理
SecOps(Security Operations) :セキュリティインシデントの管理、脆弱性管理
筆者が特に注目するのはCMDB(Configuration Management Database) です。CMDBは、サーバー、ネットワーク機器、アプリケーション、データベースなどすべてのIT資産と、それらの相互関係を管理するデータベースです。「このサーバーが止まったら、どの業務に影響が出るのか」を即座に把握できるこの機能は、 IT運用の意思決定を根本的に変えます 。
第2の領域:Employee Workflows(従業員体験の向上)
IT部門で培ったワークフロー基盤を 人事部門、総務部門、法務部門 などに拡張した領域です。
HR Service Delivery :入社手続き、異動手続き、各種証明書発行の自動化
Workplace Service Delivery :施設管理、会議室予約、郵便物管理
Legal Service Delivery :契約レビュー依頼、法務相談の管理
従業員がServiceNowのポータルから各種申請を行い、裏側のワークフローが自動的に関連部門に処理を回す。 「誰に何を頼めばいいのか分からない」という、大企業特有の非効率を解消 するアプローチです。
第3の領域:Customer Workflows(顧客サービスの強化)
ServiceNowのワークフロー基盤を外部顧客向けに展開した領域です。
Customer Service Management(CSM) :顧客からの問い合わせ対応の管理
Field Service Management :現場作業員の派遣・管理
Telecommunications Service Management :通信業界向けのサービス管理
この領域ではSalesforceのService Cloudと競合しますが、ServiceNowの強みは 「裏側のITシステムの状態を把握した上での顧客対応」 ができる点にあります。CMDBと連携し、「このお客様が使っているサービスの基盤サーバーに障害が発生している」という情報を、顧客対応の担当者がリアルタイムで把握できるのです。
ServiceNowが日本企業で急速に広がる3つの理由
ServiceNowはグローバルで急成長していますが、日本市場での伸びは特に顕著です。その背景にある3つの理由を、筆者の経験から分析します。
理由1:DX推進でIT部門の「見える化」が求められている
多くの日本企業がDXを推進する中で、 「IT部門自体のDX」 が課題として浮上しています。経営層から「IT運用にどれだけコストがかかっているのか」「インシデントの平均復旧時間は何時間か」と問われたとき、即座に答えられるIT部門はどれだけあるでしょうか。ServiceNowはこうした ITサービスのKPIをリアルタイムに可視化 する基盤を提供します。
理由2:「2027年問題」に伴うSAP移行プロジェクトの増加
SAP S/4HANAへの移行プロジェクトでは、変更管理、インシデント管理、リリース管理の仕組みが不可欠です。ServiceNowをプロジェクトの基盤として導入し、その後そのまま運用フェーズのITSMツールとして定着させるケースが増えています。 SAPとServiceNowは「ERP(業務の基幹システム)」と「ITSM(ITサービスの基幹システム)」として補完関係 にあるのです。
理由3:ローコード・ノーコード開発基盤としての可能性
ServiceNowの App Engine は、IT部門や業務部門がノーコード/ローコードで業務アプリケーションを構築できるプラットフォームです。ワークフロー、フォーム、承認プロセスをドラッグ&ドロップで作成でき、 「Excel回覧による業務」を短期間でアプリ化 できます。この手軽さが、IT部門だけでなくビジネスサイドからの支持も集めています。
ServiceNow導入で押さえるべき3つのポイント
ServiceNowの導入を検討する際に、筆者が必ずお伝えするポイントがあります。
ポイント1:「ITSMの業務プロセス改革」が先、ツール導入は後
ServiceNowを入れたからといって、自動的にIT運用が改善されるわけではありません。 まずITILベースのプロセスを設計し、そのプロセスをServiceNow上で実装する という順番が正しいのです。プロセスが未定義のままツールを入れると、「高機能なExcel」になってしまいます。
ポイント2:CMDBの構築は長期戦
CMDBは「入れたら終わり」ではなく、 「データを正確に保ち続ける」のが最大の課題 です。IT資産の追加・廃棄・変更を継続的にCMDBに反映する運用プロセスを確立しなければ、CMDBの信頼性は短期間で崩壊します。ディスカバリー(自動検出)ツールの活用と、運用プロセスの両輪で取り組む必要があります。
ポイント3:スモールスタートが成功の鍵
最初からすべてのITSMプロセスをServiceNowに載せようとするのは危険です。 まずインシデント管理とサービスリクエストの2つから始め、運用が定着してから変更管理や問題管理に拡張する 段階的アプローチが効果的です。
まとめ:IT部門の「基幹システム」を手に入れる
ERPが企業のバックオフィス業務の基幹システムであるように、 ServiceNowはIT部門の「基幹システム」 と言えます。
本記事のポイントを整理します。
ServiceNowは ITSM(ITサービス管理)から始まり、企業全体のワークフロー基盤に進化した クラウドプラットフォーム
3つの製品領域 :IT Workflows、Employee Workflows、Customer Workflows
CMDBによるIT資産の一元管理 が、運用の意思決定を根本的に変える
日本企業での普及背景は DXによるIT可視化の要請、SAP移行の増加、ローコード開発の需要
導入成功の鍵は 「プロセス設計が先、ツール導入は後」「CMDBは長期戦」「スモールスタート」
Excelとメールで回しているIT運用を変えたいと思ったなら、ServiceNowは最有力の選択肢です。しかし繰り返しますが、ツールだけでは変わりません。 プロセスと組織を変える覚悟 が、導入の前提条件です。
📚 関連書籍のご紹介
ServiceNowの製品体系、ITSM/ITOM/ITAM各モジュールの詳細、導入方法論、運用のベストプラクティスについてさらに詳しく知りたい方には、筆者の著書をおすすめします。
📕 『大企業向けITソリューション百科事典 第15巻:ServiceNow』(Amazon Kindle)
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著者プロフィール
大垣伸悟
ERP開発者 × SAPコンサルタント × アジャイルコーチ
ワークスアプリケーションズにてCOMPANY(国内シェアNo.1 ERP)の製品開発に従事した後、SAP S/4HANAコンサルタントとして大手自動車メーカー・食品メーカーの基幹システム移行を支援。現在はアジャイルコーチとして多数の大企業のDXを推進。
📕 著書:『大企業向けITソリューション百科事典』全17巻(Amazon Kindle)
🎥 YouTube:大垣伸悟
📝 note:gigathlete_inc
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